再会は怒涛の勢いでやってくる。
「やあ、フィリア。久しぶりだね?」
私に視線を合わせるようにしゃがみ込みながら声を掛けてくるロセフィン様の声に、はっ、と意識を取り戻す。
膝を付くような体勢を取らせている事に僅かに青くなりながら、慌てて淑女の礼を取った。
「ロセフィン様におかれましてはごきげんうるわしゅう。本来ならこちらからごあいさつに伺うところをご足労させてしまったばかりか、この様な体勢をとらせてしまった事をおわびさせて頂きます。申し訳ございませんでした。」
内心、王族が簡単に膝を折るなよ!と悪態をつきつつ、それを悟らせない様に頭を下げれば頭上から再び楽しそうな笑い声が聞こえた。
「そんなに畏まらなくても、僕とフィリアの仲じゃないか。君の姿が見えて嬉しくなってしまってね、何か考え事をしてて気付かないみたいだから、少しイタズラをしてしまった。」
ゴメンね?と笑いながら語りかける姿に、思わず苦笑が漏れた。
王族の前で考え事をして気付かない、なんて本来であれば不敬極まりないが、それを逆に楽しむとは。相手に気を使わせない、優しい所は全く変わっていないらしい。
ちらりとロセフィン様を盗み見ると、ん?と笑いながらこちらを見ている。
最後に会った14歳の頃はまだまだ少年の様な顔をしていたが、この位の年頃は成長するのが早いらしい。
癖のある黒髪も、アメジストの瞳も変わらないのに、ただただ優しげな雰囲気だったあの頃より大分精悍になった顔付きに、不覚にも思わずドキドキしてしまう。
「ロセフィン様はお変わり無いようでなによりですわ。」
そう言って笑い掛ければ、ロセフィン様もにこやかに笑って下さった。
傍から見たらほぼ無表情に見えるであろう私の笑顔に、きちんと反応して下さる所は流石としか言い様が無い。
突然私の所に来てしまったロセフィン様を探る様に遠巻きに見ているお姉様方の視線が痛いが、どの道退席の挨拶をするつもりだったのだ。
このまま失礼させて頂こう。
そう思い口を開こうとした私だったが、先に口を開いたのはロセフィン様の方だった。
「で、どうしたの?こんな端っこで1人で居るなんて。お茶を飲みに来てくれたんなら、席の方に行こう?」
そう言いながら私の手を引こうとしたロセフィン様に、控えめに抵抗の意志を示すと、紫の瞳が僅かに反応した。
すっ、と細くなる視線に、心臓がドキリと跳ねる。
あれ?と一瞬何かが引っ掛かった。
私は、この瞳を何処かで知っている気がする。
しかしそれも一瞬で、「どうしたの?」と心配そうな声に変わり、首を傾げるロセフィン様に、慌てて頭を下げた。
「あ……申し訳ありません、ロセフィン様。私さきほど不注意でころんでしまいまして。お茶会にさんかさせて頂ける様な服装ではなくなってしまいましたので、ここで失礼させて頂こうとおもっていたのです。」
僅かに動揺した心を悟られない様に意識しながら言葉を紡げば、ロセフィン様はちらりとドレスに目を落とした。
「ホントだ、大分汚れちゃったね。転んじゃったの?」
「ええ、私ったら不注意で。すごく楽しみにしていたのですが、さすがにこの格好ではお茶をたのしめませんもの。」
残念です、と言う表情を浮かべると、ロセフィン様は一瞬顔を顰めた後、私の頭にぽん、と手を置いて苦笑を浮かべた。
「……本当に、フィリアは変わらないねぇ。」
私の目を見ながら紡ぎ出された言葉に疑問が浮かぶ。
変わらない、とは一体どう言う意味だろうか?
以前会った時、私は何かしたのだろうか?
内心次々と疑問が出てくるが、それよりも今は私に強い視線を向けているリリーシアの方が気になる。
突然の王子の行動に様子を伺っている他の令嬢方に比べて、いっそ潔いい程の睨みだ。王子が今後ろを向いたらどうなるんだろう、なんて場違いな考えが浮かんだ。
そんな事を考えている内に、痺れをきらしたリリーシアがこちらにやってくる。
すっ、と自然にロセフィン様の手を取り、綺麗な笑顔でにこりと微笑み掛けた。
「ロセ、どうしたの?この子は知り合い?」
ちらりと私を見ながら問いかけるが、顔はロセフィン様から逸らさない。
「リリー。……こちらはリンドノート公爵家のフィルリア嬢だよ。」
リリーシアの見事な擬態に内心拍手を送りつつロセフィン様を見上げると、取られた手を見ながらなんとも言えない微妙な表情で笑っている様に見えた。
何だろう、この微妙な笑顔。
少なくとも愛称で呼び合い、尚且つ王子を呼び捨てにしても怒られない程には仲が良い筈なのに。
それとも小さいとは言え、他の女と話していて彼女に嫉妬される事を懸念しているのだろうか?
ロセフィンの表情は気になるが、目の前で私達は仲睦まじいのよ!と言わんばかりにベタベタするリリーシアに、きっともう付き合う手前か、既に付き合っている仲なんだろうな、と勝手に結論付けた。
そうだとすれば余計に、これ以上ここに居てまた絡まれては堪らない。
2人が既に恋人同士なら尚の事、邪魔する気は無いです、と言う意思表示をすれば勝手に盛り上がってお茶会に戻ってくれるだろう。
そう思い再び腰を折ろうとした瞬間。
視界が反転した。
一瞬何が起こったのか判らず辺りを見渡すと、高くなった視線と共に随分と近くなったロセフィン様の顔が見える。
(これは…もしかして抱き上げられて居るの……?!)
余りの出来事に思考が追いついて行かず、何故抱き上げられているのかも理解出来ない。
ココで暴れるのは得策では無いが、どうして自分が抱き上げられて居るのか。
先程までリリーシアに握られていた筈の手は、フィリアが落ちないように、といつの間に背中に回されている。
混乱した視線を向ければ、今までリリーシアを見ていたロセフィンが、フィリアに視線を合わせにこりと笑った。
そしてリリーシアに視線を向け、笑顔のまま言葉を続ける。
「ごめんね、リリー。僕は転んで汚れてしまったフィリアが心配だから、送ってくるよ。……皆も私の為に集まって貰って申し訳無いが、お茶を楽しんで行って欲しい。」
前半はリリーシアに、後半はお姉様方に言い含めるように宣言すると、余りの出来事に皆が反応出来ずに居る中、ロセフィン様は私を抱き上げたままさっさと歩き出した。
中庭の出口に差し掛かった頃、やっと反応したリリーシアの「ロセ!」と言う咎める様な声が聞こえる。
その声には全く反応を示さないロセフィンの背中越しに、きゃあきゃあと騒ぎ始めるお姉様方の声とリリーシアの厳しい視線を受け、フィリアは頭を抱えたくなるのだった。