転生令嬢、9年の下敷きのえげつなさを知る。
「…全て私の一存です。陛下や殿下は全く預かり知らぬ事ですので、咎は私一人に。」
観念した、といった表情の宰相閣下が苦々しい表情でロセ様に視線を向け、そう口にした。
然しその様子をロセ様が気に食わない、と言った表情で見詰める。
「宰相閣下はその様に申しておりますが陛下、本当にこちらの件は預かり知らぬ物だったと?」
「宰相がそう申しておるのだからそうなのだろう。私は何も知らぬ。」
「そうですか…。では、その件の対処は後程宰相閣下に。ですが、陛下。」
ロセ様がそこで言葉を切り、陛下の顔を真っ直ぐ見詰める。一呼吸置いて、一瞬目を伏せた後陛下に向けて言葉を放つ。
「知らぬ存ぜぬで通せる話では無い事は理解しておられるか!これだけの長い間我が国を謀り、虚偽の報告、輸入物に対しての税の着服、その他にも数多くの貴族が我が国を愚弄し続けた。その事に関してどうお考えか!」
先程とは違う、怒りを顕にした表情でロセ様が陛下を糾弾する声が響く。
恐らく陛下自身が本当に知らない事も多かった筈だ。特に国境付近における虚偽報告や輸入出品に対しての税の着服等は、クロージア内部からの調査だからこそ気付いた部分だ。当然把握出来ては居なかっただろう。
それでも、同盟国から正式な苦情が来てしまった以上、国の長として何も知らない責任は無い、は通らない。
「……我が国としても非常に遺憾ではある。直ぐに正式な調査を入れ、クロージアから示された内容が事実だと分かればその件に関する補償も全て我が国で請け負うと約束しよう。」
最初の勢いは何処へ行ったのか、陛下が力無く声を出した。その姿に周りの貴族達がざわざわと色めき立つ。
そんな周りの様子を眺めていたロセ様が、思案顔で口を開いた。
「陛下、ご提案はその様にさせて頂きましょう。然し、カラントは今の体制で9年間も我が国を謀り続けて居たのです。このまま同盟を続けるには、些か信用が足りないとは思いませんか。」
「…それは同盟の破棄を望むと言う事か。」
「いえ、先程も申し上げましたがそれは本意では無いのです。然しこのままでは又同じ轍を踏まないとは言い難い。」
そこまで口にしたロセ様が、ちらりとエドを見遣る。その視線に気付いたエドに、緊張が走ったのが見て取れた。
「それでは、ロセフィン殿はどの様な責任の取り方を望まれておられるのですか…?」
それまで置物の様に固まっていた宰相閣下が、恐る恐ると言った様子で口を開く。それを視線の端に入れながらロセ様が笑みを浮かべた。
「そうですね…このまま同じ体制で同盟を続ける事は、我が国としては認める訳には行きません。ですので、新たな責任者を任命していだければと。」
「と、申しますと……」
「具体的には、我が国に対する全ての決定権を陛下から王太子殿下に移行して頂きたい。」
ロセ様の言葉に、集まっていた貴族の方々からどよめきが起こる。その様な、とかまだ早い、とか色々な声が辺りから聞こえて来るが、当のロセ様は笑みを浮かべたまま一切動じる事は無い。
「我が国とまだ同盟関係を続けたいと仰るのであれば、其方の誠意を見せて頂きたい。何も我が国から内政に干渉する人間を送ると言っている訳では無い。既に次期王となる事が決まっている王太子殿下に裁定権の移行を、と申しているだけです。そしてそれを受けて頂けるのであれば、書簡の件を不問にしても構わない。破格の申し出だと思いますが?」
「然しそれは……!」
「…何か?」
笑顔でそう言うロセ様に慌てて宰相閣下が異を唱えようとするが、それすら笑顔で制される。
異論は許さない、と言った態度のロセ様に、宰相閣下がぐっと言葉を詰まらせた。
「……ロセフィン殿。その提案を受け入れれば、今回の件全て不問にして頂けると言う事ですか?」
タイミングを測っていたのか、全員が口を噤んでしまっている中エドが徐ろに口を開く。その言葉にロセ様が笑みを深くした。
「全て、と言う訳には参りませんが、出来る限りの配慮はお約束しましょう。…元々私は父からここに来る前、同盟破棄も辞さないと言われて来た。然しここ数日王太子殿下とお話させて頂いた結果、貴君が我が国との窓口になって下さるのであればもう一度信用してみようと思えたのです。ですから、貴君以外の誰であろうが同意出来ません。有り体に言えば信用出来ない。」
笑いなから語るロセ様の言葉に、再度貴族の方々からどよめきが起こる。それはそうだろう、元々同盟破棄を前提に訪れたなんて言われれば誰だって驚く。
第一カラントはクロージアを舐めては居たが本来、国力自体はクロージアの方が上だ。王命でカラントとの取引の停止を命じられてしまえば困るのはカラントの方である。
何故カラントがここまで思い上がった対応を取っていたのかは分からないが、こうなってしまえばカラントは断る術を持たない。それが実質的な権力交代の1歩だったとしても、受け入れる他無いのだ。
「勿論、私の話を踏まえた上で同盟破棄を、と仰られるのであればそれはそれで結構。但しその場合は人材、物質全ての面においてクロージアはカラントから撤退させて頂く。この件に関して、クロージアは一切容赦しません。」
「そんな…!それではカラントは大打撃を受けてしまう…!既に物流面において生活に無くてはならない部分もあるのです!」
「それをこのままにしておけるかどうか、決めるのは貴方達でしょう。我が国は正直、どちらでも構わないのです。」
ロセ様の言葉に慌てた宰相閣下が悲痛な声を上げるが、そんなのはどうでもいいと言わんばかりにロセ様は答える。
成程、クロージアがここまで譲歩に譲歩を重ねた理由が見えた気がする。恐らく同盟が決まった時点で計画ずくだったのだろう。
9年間譲歩された甘い条件で広められた交易品は、既に庶民の生活にまで行き渡っていて、必要不可欠と言える程になっている。これを突然全て撤退するとなれば、民から不満の声が上がるだろう。そしてそれはそのうち暴動の火種になりかねない。それを回避する為には、如何に厳しい条件となろうとも、クロージアからの提案を受け入れざるを得ないのだ。
結局クロージアの一人勝ちの為にこの9年間下準備をされていたに過ぎない、という事か。
「……えげつない。」
ほんの小さな声だが、思わず口から本心が出てしまった。
横にいたロセ様には聞こえてしまったらしく思わず苦笑を浮かべた顔と視線が合うが、幸い他の人には聞こえて居なかった様だ。内心胸を撫で下ろし、再び二人揃って正面に視線を向ける。
すると思案顔のエドと視線が合い、そのエドがロセ様の表情を確認した後口を開いた。
「そこまで評価して頂けるのは光栄ですが、私はまだ若輩者です。急に全ての責任を、と仰られても、クロージアが求める程の行動が出来るかどうか…」
「それは勿論、最初から完璧など求めておりませんよ。我が国は変わろうと言う姿勢を見たいのです。そしてそれは、エドワード殿下でしか成し遂げられないであろうと判断した。それだけの事です。…勿論、クロージアとしても聞き届けて頂けるのであれば最大限、殿下の事を支援させて頂きますよ。」
舌の根も乾かぬうちに内政干渉も甚だしい台詞だと思うが、それに突っ込みを入れられる人物は今この場には居ない。
実際私の事などもうすっかり頭から抜けてしまっているのだろう。すっかり気落ちした陛下と宰相閣下の横でエド1人が口を引き結び、強い意志の篭った視線をロセ様に向けていた。
「そこまで仰って頂けるのであれば、私がクロージアに対する全責任を負わせて頂きましょう。…父上、それで宜しいですか。」
「……ロセフィン殿に納得して頂ける手段がそれしかないのであれば、致し方あるまい。我が国としてはクロージアとの同盟を破棄する訳には行かない。温情、感謝致そう。」
そう呟いた陛下に、ロセ様が笑みを浮かべて礼を摂る。
「此方こそ、提案を受け入れて頂いて感謝致します、陛下。…それでは、残りの話は我が国の文官達を交えまして正式に書面とさせて頂きましょう。」
そう言ってロセ様が酷く満足気に笑みを浮かべる。
その表情に、この後のカラントの行く末を考えると思わず心の中で合掌をしてしまうのであった。




