転生令嬢、緊張と謁見の意味を考察する。
ロセ様と暫く控えの間で待っていると、少し緊張した面持ちと共にエドが姿を表した。
私の部屋を出て行った時とは全く違う表情に、これからの謁見がエドにとってどれ程の意味を持つのかがよく分かり、こちらも緊張が表に出そうになる。
「悪い、遅くなった。余り時間が無いから手短に話すぞ。」
「分かった。…取り敢えず、コレに書いてある中に対象の名前は、あるか?」
「…ああ、こいつとこいつ。後は…ここには乗ってないが宰相だな。」
「宰相はどの道噛んでるのは目に見えてるからな、リストには乗せなかったんだ。他は何も言って来てないのか?」
「今の所は、だな。実際お前らが入室してきた段階で何か言って来ないとは断言出来ない。」
「…まあ、それはいいさ。どの道全員分頭に入ってる。先に攻める人間が分かるだけでも大分違うからな。」
目の前でさくさくと進んで行く話を邪魔しないように大人しく聞く事に徹する。ここで口を挟んでも邪魔になるだけだと判断したからだが、恐らく間違って居ないだろう。
ロセ様はきっと私が矢面に立つことを望んでいない。
ここに来て過剰とも言える程守られている気がするが、兄様の手紙から察するにその理由もきっとそのうち教えて貰える事の中に含まれているのだろう。それであればそれまで私は彼の思惑通りに動く事に徹するだけだ。
少しでも彼が動きやすい様に。支えられる様に。
今の私が出来るのは、きっとそれだけだ。
「了解、じゃあ後は本番だけだな。」
少し考え込んでいる間に、相談は終わっていたらしい。
ロセ様の声に顔を上げると、もう既にエドがドアに向かって歩き始める所だった。
そのまま謁見室へ戻ろうとしたエドが、少し躊躇しながら私を見る。その行為の意味が分からず首を傾げると、1つ溜息を吐いた後息を吸い込み、ドアを開けて声を上げた。
「…っ…いいか!?お前なんか認めない!リアの隣に相応しいのは俺だからな!」
こちらを見ながら唐突にそう叫んだ後、顔を真っ赤にしながらバタン!と勢い良くドアを閉めて出て行った。
後には笑いを噛み殺しているロセ様と、何のことやら分からず呆然とした私が残される。
「…えっと、今のは一体……」
呆然と呟くと、噛み殺した笑いを浮かべたロセ様が楽しそうに口を開く。
「うん、謁見室からこちらに来る為にあいつがでっち上げた理由がね、俺に文句を言いに行ってくる、って事だったから。だから捨て台詞だけ吐いてそれっぽく取り繕って行ったって訳。」
「はあ…。」
確かに謁見室から出て来る理由は必要だっただろうが、此処で叫んだところで謁見室まで届く訳でも無い。周りに周知する為にしろ、そこまでこの行為が必要だった様には感じないのだが。
そう思ってちらりとロセ様を見遣ると、愉快そうに笑う姿が目に入る。
「……ロセ様、あまり人の事を玩具にするのは良くないと思いますわ。」
呆れを含んだ顔でそう言ってやると、楽しそうな顔のまま笑い掛けられる。
「いや、流石に本当にやるかどうかは分かんなかったんだけどね。確かにフィリアが言う様に素直だなぁ、あいつ。」
「素直なのは今までの会話でも理解していたでしょうに。あんまり構い過ぎると嫌われますわよ?」
「まあ、今も別に好かれてないだろうし、それは別に良いかな。フィリアの寝起き姿を見た罪は重いんだよ。」
「…まだそこに拘ってらしたんですか…?」
本気かどうかは分からないが未だ今朝の事に拘っていた、と言うロセ様に呆れた顔を返しながら、内心そうは言ってもエドの事を気に入ってるんだろうなぁ、と思う。
ロセ様は気に入らない人間にここまで絡むタイプの人間では無い。エドは今後も、ロセ様に弄られながら更にこれから付き合わざるを得ない兄様にも弄られるであろう事がありありと想像ついた。
「…ロセ様?」
「ん?何?」
「兄様に似てきましたわね。」
楽しそうに笑うロセ様に笑顔でそう言ってやると、一気に嫌そうな表情に変わる。その変化が面白くてくすくすと笑いを漏らすと、私の笑いに更に苦虫をかみ潰した様な顔を向けられた。
「えぇー…兄上に似てきた…?いや、それはちょっと嫌だなぁ…。」
本気で嫌そうな顔をするロセ様に、更に笑いが漏れる。
「そんなにお嫌なのですか…?」
「いや、そりゃそうでしょ。フィリアだって兄上に似てるって言われたら嫌じゃない?」
「私は似ておりませんので、分かりかねますわ。」
「えぇー…」
心底嫌そうな顔で言うロセ様に、にこりと笑いながら返すとなんとも言えない声が返ってくる。
その様子にまたくすくすと笑うと、そんな私を見ていたロセ様が苦笑を浮かべながらぽんぽん、と頭を撫でた。
「まあ、フィリアが楽しそうならそれで良いや。…少しは緊張は解れた?」
「え?」
笑いながら言われたその言葉に、一連の行動が私とエドの緊張を解す為の行動だった事を理解する。
その為に利用される形になったエドは可哀想ではあるが、2人ともすっかりしてやられた様だ。エドの方は分からないが、私自身今の行動で緊張が吹き飛んでしまったのは事実だ。
「……どの部分から計算してらしたんですか…?」
笑みを浮かべてこちらを見るロセ様に少し悔しい気分になりながら問い掛けると、さあ?と言う何とも憎らしい答えが返って来た。すました顔で笑うその姿が、余計に悔しさを増長させる。
「……勝てませんね。」
悔しいながらも素直にそう口にすると、その答えが可笑しかったのか再び笑いながら頭を撫でられた。
その手の温かさに子供扱いされている気分にもなるが、それ以上に安心した気分になるという事は、ロセ様には内緒だ。
そして、それが自分でも思った以上に嬉しいと言う事も。
そんな風に考えながら、頭を撫でてくれるロセ様の顔を見ながらふと、思う。
私達の事ばかり気にしているが、ロセ様だって緊張してない筈は無いだろう。兄様の名代、しかも全裁定権と言う国王と同じ権限を持って来ているのだ。言わばロセ様の決断で、同盟の破棄どころか戦争が起こってもおかしくは無い。
そんな重荷を一切感じさせない姿に、一体どれだけの物を抱え込んでいるのか。
目の前のロセ様の笑顔が急に切ないものの様に感じて、思わず撫でてくれていたその手を取った。フィリア?と不思議そうな声で問いかけられたが、その声に返答を返さないまま、そっとその手に唇を寄せる。
人の事ばかり気にしてしまうこの人に、少しでも気持ちを返せる様に。
ちゅ、とわざと音を立てて口付けを落とし、にこりと微笑んでロセ様の顔を見遣る。私の行動に物凄く驚いた顔を見せるロセ様が何だか可愛く見えて、いつもと立場が逆だな、なんて頭の中で思う。
「ロセ様、緊張は解れました?」
笑いながらそう口にすると、小さな声でやられた、とロセ様が呟く。思った以上に照れているのかその顔が紅く変わり、その姿に自然と笑みが漏れた。
「本当にもう…素直に勝たせてくれないよね、フィリアって。」
「やられっぱなしは性にあいませんので。」
にこりと笑みを浮かべてそう返せば、それが楽しいのか、ロセ様が笑いながら勝てないな、と声を出した。
先程と見事に逆転してしまった立場に、こちらもくすくすと声を出して笑う。
2人で一頻り笑い終わった頃、控えめなノックの音が響いた。謁見の間へ案内する為の騎士が声を掛けてくると同時に、二人揃って立ち上がる。
「さて、行きますか?俺の婚約者殿。」
「…ええ。宜しく御願いしますわ、私の婚約者様。」
そう言って笑ったロセ様の言葉に懐かしさを感じながら同じ様に返す。
そうしてもう一度2人で笑いあった後、部屋の扉を開き謁見室へと、向かった。




