転生令嬢、朝から喧騒に悩まされる。
「お前、リアが困ってるだろ!迷惑かけてんじゃねえよ!」
「朝からキャンキャン吠えてんじゃねぇよ、犬か。大体何でお前がこんな所まで来てるんだよ、空気読めよ。」
「犬じゃねぇよ!いちいち腹立つな、お前…!リアは朝に弱いのに何無理させてるんだよ、そんな事位わかんないのか?!……ああ、分かる訳無いのか、そりゃそうだよな。小さい頃しか知らない名前だけの婚約者だった訳だもんな?」
「あ?何だその俺の方がフィリアの事知ってますアピール。うぜぇ。そんなのお前らの国の所為だろうが。…やっぱ1回、国諸共滅んでおくか?」
「何だと、逆に返り討ちにしてやるよ!何が武の英雄だふざけんな…!」
「ああ?返り討ちに出来るかどうか試してやるよ、後で文句言ってんじゃねぇぞ。」
「……あの…本当に、他所でやって頂けません…?」
目の前で行われている高レベルの人間による低レベルな争いに思わず遠い目になる。
あの後2人を一旦追い出し何とか着替える事に成功はした。
だが再び戻って来た2人による着地点の見えない罵倒の応酬にうんざりとした気分になりながら、現在は不本意ながら傍観を決め込んでいる状態だ。
たまに口を挟んでは見るが2人とも私の話など全く聞いてもいない。思わず今日既に何度目かも分からない溜息が漏れた。
…何故この人達は朝からこんなに元気なんだろう。と言うか迷惑と言うなら仮にも乙女の寝所にノックをしたとはいえ乗り込んでくる人間もどうなんだ。いや、王太子なんだから誰も止められないのか。その辺は是非とも私のプライバシーの為に周りの人間に頑張って欲しかったが。
頭の中では煩いほど文句が浮かぶが、それを口に出す気力も起きない。未だぎゃあぎゃあ騒ぐ2人を見ながら、朝食用に用意して貰ったパンをちぎって口に放り込む。
どうせ止めた所で聞きはしないのだ、もう放っておくに限る。
口の中のパンが無くなった所で紅茶を啜り、そのまま肘をついてぼんやりと思考を巡らせた。
エドが怒鳴り込んで来たという事は、城内には上手く話が広まったと見て良いのだろう。思った以上に早かったが、やはりその辺は女性の集団だなぁ、と納得する。
お城の侍女とはいえ、いやお城の侍女だからこそ娯楽が少ない分こう言った噂話が広まるのは早いのだろう。侍女長やお偉方は口外しないだろうが、その下の人間は別だ。まるで伝言ゲームの様に尾ひれや背びれがついて噂が広まる様子がありありと想像ついた。
後は謁見の時間までにどの程度どの様に広まるか、だが。
そこまで考えてちらりとロセ様に視線を送る。
ただ噂を広めるだけならエドに協力をして貰った方が早かったと思うのだが、この様子を察するにエドにはこの話は伝えて無かったらしい。
何故だろう、と思いじーっとロセ様を見詰めると、ようやく私の視線に気付いたらしく未だ騒いでいるエドをあしらいながらどうしたの?と問い掛けられた。
「あの…何故エドにこの話をしなかったのですか?」
「ああ、どうせ何も知らなくても聞いたら騒ぐでしょ、こいつ。だったら大根芝居されるより騒いで貰った方が効果的だから。」
さらりと告げられた言葉は中々酷いが、実際その通りの行動だったので納得してしまった。
そんな私とロセ様の会話を、未だ真実を知らないエドが不思議そうに眺めた後、徐ろに口を開く。
「……もしかして、泊まったって噂は嘘だったりするか?」
「誰も一言も本当だなんて言ってねぇよ、阿呆。」
「お前に聞いてないんだよ!本っっ当に性格悪いな!お前!」
折角話が進みそうだったのに、また売り言葉に買い言葉で喧嘩が始まる。
何故、一言口を開く度に言い争いになるのか。
そろそろ止めるのも面倒だが、止めないと話が進まないのは目に見えている。しかたない、と思い溜息を吐きながら、気が進まないながら仲裁の為に口を開いた。
「いい加減にして頂けます?それ以上続ける様なら御二方共退席を。お帰りはあちらですわ。」
にこりと笑みを浮かべながら入口の扉を指差してそう言ってやると、目の前の男性2人がぴしりと固まる。
大体、朝早くから起こされて弄られてわざと誤解される様に動かされて怒鳴りこまれて、こちらだって腹立ちを覚えない訳ではないのだ。それを飲み込んで付き合って居るのに、これ以上騒がれてはたまらない。
私の静かな苛立ちが伝わったのか、2人はお互いに顔を見合わせた後、ごめんなさい、と謝罪の言葉を口にしてこちらに向き直った。王族2人の謝罪なんて滅多に見れるものでは無いが、余り嬉しくない。
「で、お泊まりの件なら嘘よ。その様に噂が広まるよう芝居を打ったの。」
「は?何でそんな事…」
「…お前の国のお偉方に既成事実が有ったと言う偏見を植え付ける為だよ、その位察しろよ阿呆。」
私の言葉に疑問を口にしたエドに、ロセ様が面白くなさそうな顔で答えた。しかしいちいち喧嘩を売るスタイルは直らないらしい。
「お前本っ当にいちいち腹立つな…!」
「うるせえよ、大体フィリアの夜着姿まで見やがってそこまで早急な怒鳴りこみなんか求めてねえんだよ空気読めよ。」
「…もしかしてそんな下らない理由で朝から怒鳴り合いしてたのですか…?」
不機嫌そうな顔でエドを睨めつけているロセ様に、焼きもちが嬉しいとかそんな事の前に呆れが口から出た。
「下らなくないし、大事な事だから。自分の婚約者のそんな姿他の男に見せたい奴なんて居ないでしょ。」
下らない、と言った私の言葉が面白くなかったらしく、不機嫌そうな顔でロセ様が私を見る。そう言われても不可抗力だし、と思うのだが、ロセ様はそうは思わないらしい。
「無防備なのも可愛いんだけどね、少し危機感は持った方がいいと思うよ?」
「あー、それには同意だな。リアはしっかりしてる割にそう言う所抜けてるから、危機感は持った方がいいと思うぞ。」
少し呆れ気味に口を開いたロセ様に、うんうんと頷きながらエドが同意する。
さっきまで喧嘩してた癖にそう言う所だけ結託するのか。…もうこの2人は、一周回って逆に仲良しなんじゃないだろうか。と言うか何故か私が責められる状態になっていて物凄く釈然としない。
釈然としないが、これ以上この話を続けても誰も幸せにならない気がして、少し苛立ちながらも話を戻す。
「私の危機感の話は今はどうでも良いのです。それよりもこの噂を広める事によって今日の謁見で文句を言ってくる人間が出てくる事について、でしょう?」
「ああ…成程な。そう言う事か。確かに既成事実を匂わせるには十分だな…。そうなると、異を唱えてくる人物を先に把握出来た方が良いのか?」
「まあ、先に把握出来るに越した事は無いだろうな。それが分かればより効果的な手が打てる。」
「ああ、じゃあ…」
少し思案しながらそう口にしたロセ様に、エドが段取りの相談を始める。元々真面目な2人だ。こうなってしまえば余計な喧嘩は起きないだろう。
後は大人しく2人の相談が終わるのを待とう。
そう思いながら少し視線を外して、既に冷めきってしまった紅茶を飲み干した。




