転生令嬢、ヒロインと王子について考察する。
ブックマーク、評価ありがとうございます!
嬉しいです!
「どなたかは存じあげませんが、私はフィルリア=アルフリア=リンドノートともうします。以後お見しりおきを。」
辛うじて体制を建て直し振り返ると、マナー講師に完璧だと言わしめた淑女の礼を取る。
相手のペースに乗ってやる気は無いのであくまで何も知らない子供を装い小首を傾げると、目の前の美少女は更に苦虫を噛み潰したような表情になった。
「何よ、私を知らないの?!リリーシア=ノエルよ、ヒロインの!あんたゲームとそれだけズレた姿してるんだから転生者か何かなんでしょ!?悪役令嬢の癖に何企んでるのよ!私のハッピーエンドを奪うつもり?!」
興奮して怒鳴り付ける姿は王子様に見られたら100年の恋も冷めるレベルだが、ハッピーエンドは良いのだろうか。
冷静にツッコミたくなったが情報垂れ流し状態の彼女と違って此方は手の内を見せるつもりは毛頭無い。
「……申し訳ありませんが、私、不べんきょうなものでリリーシアさまのおっしゃってる事がよく分かりません。何か失礼をしてしまったのでしょうか……?」
小首を傾げながら聞けば、健気な子供に聞こえる筈だ。
……例え表情が死んでいたとしても。
「何よその顔!氷の令嬢は幼い頃からこんなだって訳?てか、とぼけるんじゃ無いわよ!こっちはアンタの考えなんてお見通しなんだからね!」
お見通しなのであれば是非とも静かにして欲しい。切実に。向こうの方で牽制し合っていたお姉様方にまで睨まれて居るのが見えないのだろうか?このガラの悪さではどちらが悪役令嬢か分かったものでは無い。
しかし朝から全く予定通りに進まなかったが、ここまでとは。大事な情報がダラダラと垂れ流されている事に気付いては居るが、今はそれよりもどうやって壁の花に戻るか、だ。
仕方無く口を開こうとした時、中庭の入り口が急にざわざわと騒ぎ出す。
そちらに顔を向ければ、先程まで牽制し合っていたお姉様方が揃って猫なで声をあげて意中の人物を迎え入れる姿が見えた。
それと同時に再びどんっ!と言う衝撃が体を襲い、気を取られていた結果避けきれず尻餅を着いてしまった。
どろりとした土の感触に、ああこのドレスはもうダメだな、と密かに頭の片隅で思う。
「いい?!転生者だろうが悪役令嬢だろうが私の邪魔だけは絶っっ対させないんだからねっ!」
私を突き飛ばした張本人は一方的に捲し立てると、そのままさっさとロセフィン様の所に走り去ってしまう。
思った形では無かったが彼女が去って行った事で周りが静かになる。1人で起き上がりながら安堵とも憔悴とも取れるため息が口をついて出た。
(ヒロイン、悪役令嬢、ゲーム、転生者……)
キーワードの大安売りに、流石に此処が乙女ゲームの世界だと気付く。
リリーシアがヒロインで、私が悪役令嬢。恐らくロセフィン様が攻略対象者だ。学園の御学友、と言って居たのは、彼女の事なのかも知れない。
と言う事は今現在彼女はロセフィン様を攻略中で、邪魔になりそうな悪役令嬢である私を見付けた為牽制に来た、と言う事だろう。
それにしても随分と短慮なヒロインだ。
今ロセフィン様の前で微笑む彼女は桜色の髪にペールグリーンのドレス、キラキラとした笑顔は文句無い美少女っぷりだ。先程の形相を眺めて居なければ私だって騙されてしまいそうな程、清廉な雰囲気を携えている。
しかし、幾ら王子が居ないとは言えこれだけの数の令嬢の前でヒステリックに叫び、子供に難癖つけて居たのだ。彼女の今後の社交界での評判は推して知るべし、だろう。
そこまで考えてふと、気付く。
(まあ、どうでも良いのか。)
彼女の邪魔をする悪役令嬢と言う事は、逆に言えば邪魔さえしなければ問題無い。
確かにあのロセフィン様が彼女の様な性格の人間とくっつく事に思う所がない訳では無いが、あの程度の擬態に騙されてしまうのであればそれはロセフィン様がその程度だったと言う事だ。
王太子では無い以上彼女が将来国母になることはない訳だし、そうなれば後は当人同士の問題でしか無い。こちらが気にするのはお門違いと言うものだ。
(なんだ、じゃあ今後絡まなければ問題無いって事なのね。)
実際9歳も年の差がある以上、機会をわざわざ作らなければ絡む場も無い。
ただでさえ普段は学園の寮に居るのだ。
邪魔をしたくても出来ないだろう。
彼女の言ったズレた姿と言うのが気にはなるが、その為にわざわざ自分からトラブルに突っ込んで行くのは愚の骨頂。
好奇心は猫をも殺す、君子危うきに近寄らず、だ。
思っても居ない形で結論が出て心から安堵した。
お茶会前からすっかり汚れたドレスを見て少し憂鬱な気分にはなったが、こうなった以上長居をする必要も無い。逆にこのドレスは退席の理由には十分だろう。
あの集団に声を掛けに行くのは大分気が重いが、流石に本人が居るのに言伝の上での無断退席は出来ない。
大人しく腹を括って、声を掛けよう。
そしてすぐ退席すれば、問題無い。
そう思い顔を上げた瞬間、ごく至近距離で綺麗な紫色の瞳と視線がかち合った。
その瞬間、思考が停止する。
(……は?)
いつの間にそんなに近くに居たのか判らず、一瞬なにも考えられなくなり呆けた顔を見せると、その張本人はイタズラが成功した子供の様に楽しそうにクスクスと笑った。
(わあ、笑顔可愛いな……って違う!てか近い!!)
僅かに染まった私の頬を見てさらに楽しそうに笑うのは、先程まで御令嬢方に囲まれて居たお茶会の主役。
この国の第2王子、ロセフィン=ブルト=クロージア様だった。