ダンスの借りはダンスと共に返って来る。
エドの隣に並ぶとロセ様の柔らかな笑顔に迎えられる。整った顔から向けられる甘さを含んだ視線に先程ロセ様を取り囲んでいた令嬢方から溜息が漏れているが、内心それどころでは無かった。
こんな瞳で見詰められるなんて、二人きりの時にしか無かったのに。愛しさを詰め込んだ様な視線を公の場で向けられる事にどぎまぎしてしまう。
エドのフィルリア嬢?と言う問いかけにはっ、と我に返り、ロセ様に向かって膝を折った。
「ロセフィン様、ご無沙汰しております。」
ロセ様から『公の場では久々に会った事にしておいてね』と言われた事を思い出し、その様に挨拶をするとフィリア、と声が掛かる。
その声がまた甘くて、思わず上げた顔が赤く染まっているのが自分でも分かった。隣のエドも思わず苦笑を浮かべている。
ロセ様1人が余裕の表情で、私とエドは翻弄されっぱなしだ。それでも王太子として失態を演じる訳には行かないエドの方が復帰が早かった。
コホン、と咳払いをしたエドが苦笑を浮かべながらロセ様に話し掛ける。
「あー…ロセフィン殿、フィルリア嬢をお借りして申し訳無かった。今日は失敗する訳には行かなかったので、踊り慣れている彼女とファーストダンスを踊れて助かりました。」
「いえ、我が婚約者殿は社交も以前から得意でしたから、お役に立てた様で何よりです。…フィリアも、良く頑張ったね。」
にこりと笑みを浮かべたロセ様が私の手を取って
引き寄せるられる。元々抵抗する気の無かった身体がそのままロセ様の横に引っ張られた。
そのまま引いた手の甲にキスを落とされ、更に甘く微笑まれると一気に周りから悲鳴が上がった。
悲鳴を上げたいのはこっちだ。そう思うがそれ以上に心がついて行かず心臓が煩く鳴る。しかしそれを表に出す訳には行かない。私の本日の使命は『笑顔でいる事』であって、決してロセ様に翻弄される姿を見せる事では無い筈だ。
そう思い直して心で気合いを入れ、ロセ様に向き直る。飲まれてはいけない、とは思うが、そんな私の様子を微笑ましそうに見ているロセ様と視線がぶつかると、決意がすぐに崩壊するのを感じた。
何故、これ程までに甘い視線で見てくるのか。
ずっとそんな瞳で見詰められて平静で居られる筈が無い。ただでさえロセ様のストレートな愛情表現に弱いのに、公の場であると言う事に更に羞恥を煽られる。耳まで真っ赤になった私を蕩ける様な視線で見詰めていたロセ様が、くすりと笑って口を開いた。
「フィリア、王太子殿と踊って直ぐで申し訳無いけど、私とも踊ってくれるかな?」
極めつけの様に手の甲にちゅ、と音を立てて口付けられた上に、わざわざ顔を覗き込んで問われる。ここまで来ると嫌がらせなんじゃないかと思いたくなるが、然し嫌がらせなんかでは無い事は承知していた。何とか喜んで、と一言口に出来たが、それ以上の言葉は出て来なかった。
そんな私の様子に満足そうな笑みを浮かべたロセ様は、私達の様子に苦笑を浮かべたエドに向き直ると笑顔のまま声を掛けた。
「それでは王太子殿下、私達はこれで失礼させて頂きます。」
「ええ。楽しんで来て下さい。…フィルリア嬢、あれだけ逢いたがって居たのだから、ロセフィン殿に存分に甘えて来るといい。」
にこりと笑いながら最後に余計な一言を告げたエドに思わず声を荒らげそうになるが、ぎゅっ、と握られた手にはっと我に返る。
何故こんなに私の羞恥が煽られて居るのかは理解できないが、それでも『何があっても笑顔で居る』が今日の私の役割だった。
何とか言葉を飲み込んで、笑みを浮かべてええ、とだけ返す。
後で覚えてろ、と心の中で思いながら、そのままロセ様に手を引かれてダンスホールの中央に戻った。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「フィリア、何考えてるのかは大体分かるけど、笑顔が崩れてるよ。」
「誰のせいですか…。」
再び中央でステップを踏みながら、先程のエドとロセ様の行為に頭を悩ましてると苦笑気味の声が掛かる。勿論あちらは鉄壁の笑顔が張り付いた状態で、表情は一切崩れる事は無い。確かに私の笑顔は剥がれて居たかも知れないが、主な原因を作ったのは自分の癖に何て言い草だ。
少しむっとした気分になり、上目遣いでロセ様を睨むと、そんな私の様子にステップに乗じて耳元に顔を近付け囁く様に言葉を掛けてくる。
「…出来れば笑ってて欲しいけど、そんな顔も可愛いよね。この場でキスしていい?」
言われた瞬間、羞恥でさっと顔が赤く染まったのが自分でも分かった。
何を言っているんだ、この人は。
驚愕の瞳を向けると、その様子が可笑しいのかロセ様はくすくすと笑う。
「だって、別にどっちでもいいんだよ。目的は俺とフィリアがお互いに恋愛感情を持っている事を周知する事だからね。満面の笑みで踊ってくれても、この場でキスして仲良さを見せ付けても、どちらでも構わない。」
どうせなら両方やっとく?と軽く聞かれて思わず顔をぶんぶんと振って否定する。冷静に笑顔を浮かべようと思って居たがそれどころでは無い。
ロセ様の行動がいちいち私に羞恥を植え付けて、何をするのが正解なのか分からなくなってきた。しかしそれと同時に、気付く。
だから『何があっても動じずに笑顔で居る事』だった訳だ。
と言う事は私のこの反応まで予想していたと言う事だろうか。そう思うと、笑顔でこちらを見るロセ様が途端に憎らしくなってくる。
「本当に、ロセ様のその性格なんとかした方が良いと思いますわ…。」
「ああ、それフィリアが良く兄上に言ってたよね。何か懐かしいな。」
真っ赤な顔で睨みつけても怖くも何とも無いのだろう。寧ろ楽しい、と言ったロセ様の笑顔にそれ以上の抵抗を諦めた。
それと同時に、心の中で1つ溜息を吐き、心を落ち着ける。一瞬目を閉じてから再び開けて、意識してにこりと微笑んだ。
目の前で気持ちを立て直した私を見て一瞬目を見張ったロセ様だったが、次の瞬間には楽しそうに残念、と口にした。
「慌ててるフィリアも可愛かったんだけどね。そこできっちり立て直して来る辺りは流石だなぁ。」
「いつまでも玩具に甘んじてるのは好みませんので。」
「玩具にしてるつもりは無いんだよ?…ただ、愛でているだけ。」
要するにそれはからかっているのと同義だろう。
笑顔のまま趣味が悪いですね、と告げれば否定はしないよ、と答えが返って来た。
本当に、良い性格をしている。
しかしそんな会話が何処か懐かしく、思わず本当に笑みが浮かんだ。ロセ様も同じ様で笑顔のまま楽しい?と声を掛けられる。
「そうですね、ロセ様と同じくらいには。」
「そっか、じゃあ相当楽しいんだね。」
くすくすと笑い合いながら踊る私達に視線が集中していた事に気が付いたのは、少し後だった。




