思惑と計画は、ダンスと共にやってくる。
主役のエドを呼び込む騎士の声と共に、扉が開く。少し緊張した面持ちで足を踏み入れると、ホール中の視線が自分たちに集中するのを感じた。
私の緊張が伝わったのか、エスコートの為繋いでいた手を、エドが軽く握ってくれる。視線を合わせると大丈夫?と小声で問い掛けられたので、頷いて笑みを浮かべ返した。
今日の夜会で私に与えられた役割は、『何があっても動じずに笑顔で居る事』だ。
元々行方不明だった表情筋も、この9年間強制的に愛想笑いを鍛えられたお陰で公の場で意識して笑う事が出来るぐらいにはなった。エドとロセ様の計画の邪魔にならない位には役に立てるだろう。
まあ計画の全容と言うか、内容は教えて貰えなかったのだけれども、『合わせてくれれば問題無いから』と言っていたロセ様の言葉を信用するのなら何とかなるだろう。
エドに手を引かれながら王族席の近く、一段下がった位置の来賓席に座る。私に視線を送ってきたエドとお互い小さく頷きあった後、そのままエドは自席向かって行った。
既に定位置となっているこの場所の王族席を挟んだ対象位置に空席が1つ見えるので、恐らくそこがロセ様の席となるのだろう。元々来賓自体の紹介は無いので、もしかしたら既に会場の中に居るのかも知れない。視線だけで辺りを見回してみたが残念ながら会場内にロセ様を見つける事は出来なかった。
少し不安に思い、再び先程の空席を見ようとした時、王族席に居た陛下と視線が合う。終始機嫌良さそうに笑っていた陛下が、私と視線があった事に気付くとにこやかに手を振って下さった。
元々気の良いおじ様、と言った風情の陛下が裏で色々暗躍して居た事を知ってしまった身としては対応に困る所だが、それを表に出す訳にも行かず笑みを浮かべるに留めた。
曖昧に笑った私の横で、騎士の声が響く。
同時に挨拶の為立ち上がったエドや陛下を見て慌てて立ち上がると、頭を下げて礼を取り上から響く陛下とエドの挨拶を聞き続けた。
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「陛下、この度はエドワード様のお祝い、誠におめでとう御座います。」
夜会の音楽が鳴り始め、王族席へ挨拶へと赴いた私を陛下が笑顔で迎えた。その後ろでエドが苦笑いを浮かべながら私を見ている。
ニコニコとした笑顔のまま、楽にする様に、と私に声を掛けた閣下がエドと私を交互に見ながら話を始めた。
「フィルリア、そんな他人行儀にせずとも良い。エドワードとお主は1番近くで育って来たのだ。他の者よりも分かりあっている分感慨深かろう。」
「ええ。本当に、御立派になられたと思いますわ。」
「そうだろう。やはりお主以上にエドワードを理解してくれる者はおらんようだな。」
うんうん頷きながら機嫌良さそうに会話を進める陛下の後ろでエドの苦笑いがどんどん深くなる。
他国に婚約者が居る、その上本人もこの会場に居る女性に対して掛ける言葉では無いと思うのだが、やはり陛下の中ではロセ様と私の婚約破棄は決定されている事なのだろう。側近の方々が止める様子も無い所を見るとロセ様に聞かれても問題無いと思っているらしい。
ロセ様は『侮ってくれた』と言っていたが、正しくその通りだろう。その分ロセ様の中身やクロージアの結論を知っているエドの苦笑いからどんどん笑みが抜けて行って居るが、周りの人間がそれに気付かない辺りこの後の展開を考えるとご愁傷さま、と思わざるを得なかった。
「エドワード。そんな所に立って居ないでフィルリアと踊って来たらどうだ。諸外国のお歴々もお前の踊りを心待ちにしているだろう。」
機嫌良さそうに話を続けていた陛下だったが、不意に思い付いたかのようにそんな提案をする。
提案されたエドが一瞬苦笑いのまま固まるが、しかしすぐ気を取り直したのか、そうですね、と陛下に返事を返すと私の所まで降りて来て手を取った。
「フィルリア嬢、私と踊って頂けますか?」
手の甲にキスをして私の顔を笑顔で覗き込んで問われるが、実はその笑顔が強ばっている事に私以外は気付かない様だ。
然しこれでファーストダンスを踊って仕舞うと陛下の思惑通り国内外に婚約を匂わせてしまうと思うのだが、合わせろ、と言われて居るのだからここはダンスを受けて良いのだろうか。
少し首を傾げてエドを見ると、僅かばかり頷いて視線で肯定を促される。それであれば、と同じ様に頷いて返事を返した。
「私で宜しければ。」
「ありがとう、リア。…では、父上。御前失礼致します。」
エドはそう口にすると私の手を取り、陛に礼をする。
私もそれに習い礼を取ると、エドに手をとられながら王族席を後にした。笑みを貼り付けているエドに、階段を降りながらひそひそと小声で話し掛ける。
「このままダンスを踊ってしまって構わないの?」
「ああ。とは言っても1曲だけだな。…まあ、何だかんだ言っても俺の面子もあいつの面子も潰れない上手い方法だとは思うよ。…親父の思惑は潰されるから後が怖いけどな。」
笑顔のままため息でも吐きそうな声色で話すエドに器用だなぁ、と思いつつ少し意地悪な考えが浮かんで笑顔で問いかける。
「…ロセ様より怖いの?」
「あのなぁ、そう思ってたら今あいつの思惑に乗ってない。…ここぞとばかりに嫌な事言うなよ。」
少し眉を顰めたエドにごめんね、と軽く返す。でも、私だって怒っていたのに有耶無耶になってしまったのだ。この位の意趣返しは許して欲しい。エドはその私の様子に苦笑しながら、頭をぽん、と撫でた。
「さて、じゃあまあ踊るか。…お前と踊れるのも最後だろうしな。」
そう言って笑ったエドの顔が寂しそうに見えて、少し胸が痛む。
自分の気持ちよりも国の事や私に対する償いを優先してくれたエドの胸の内を思うとやるせない気分になるが、だからと言って何と声を掛けて良いのかも分からない。
そんな気分が顔に出ていたのか、苦笑を浮かべたエドに大丈夫だよ、と声を掛けられる。いつの間にか前の曲が終わっていて、そわそわとエドの入場を待っていた指揮者を見遣るとそのままダンスホールの中央に引っ張って行かれた。
エドが指揮者にアイコンタクトを送ると直ぐに次の曲が始まる。
ゆったりとしたワルツが始まると、笑顔を向けられてこちらも笑みを返す。そして、最後になるかも知れないエドとのダンスに集中する為に視線を合わせた。




