転生令嬢、夜会前の話し合いをする。
そうしてあっという間に、成人の儀はやってきた。当日は朝から忙しく、式典に参加しているらしいロセ様とも、勿論主役であるエドとも会うことが出来なかった。
こちらはこちらで朝から侍女の方々に囲まれて念入りに磨き上げられ、化粧を施され、全ての支度が終わったのはもう空が薄暗くなり掛けた頃だった。もう余り時間が無いらしくそのまま追い立てられる様に控えの間に向かう。
カツカツとヒールを鳴らしながら歩いた廊下の先の扉を開けると、そこに居たのは本日のエスコート役を務めてくれる事となった、エドだった。
「お疲れ、リア。今日はまた一段と気合いの入った格好だな。」
「エドワード殿下、本日は成人のお祝い、誠におめでとうございます。」
にこりと笑いながら片手を上げるエドに、綺麗なカーテーシーで礼を取る。この場では誰が見ているか分からないのだから、余り気安い態度は取れなかった。
「リア、大丈夫。此処は人払いしてある。楽にしてくれ。」
そう言われて顔を上げると、苦笑を浮かべたエドと視線がぶつかった。いつもの少しラフな感じの服とは違い今日は礼装である分、王族感が増している気がする。
「気を使ってくれてありがとう、エド。…後、成人おめでとう。」
にこりと笑いながらそう言うと、エドがありがとう、と言いながら笑い返してくれた。
横まで来たエドに手を取られ、促されるままソファーに座る。人払いしているとは言え話辛いのだろう。横に座ったエドが声を潜めて話し掛けた。
「…今日、あいつに式典で会ったんだけど…何て言うか凄いな。あそこまで擬態出来るなんて中身を知らなきゃ優しげな王子殿下にしか見えなかったわ。」
あの日、そのままエドとロセ様は何やら打ち合わせらしき物をして居て、今日のエスコート役がエドになった事もロセ様の思惑の1つらしかった。その後も話を進めるうちにどんどん嫌そうな顔になって行くエドに対して比例するかの様に笑みが深くなって行っていたロセ様の様子を思い出し、思わず目の前のエドをちらりと見遣る。
丁度同じ事を考えていたのか、物凄くげっそりとした顔をしたエドと目が合った。
「ロセ様のアレは、私がクロージアにいる頃から身に付いている物だから、ちょっとやそっとで外れる様な物じゃないわ。…まあ、元々の性格がそちらの方に近いのだけれどもね。」
小さな溜息と共に吐き出された言葉に、エドが驚愕の視線を向けてくる。
「…あれが、素に近い…?いやいや、無いだろ。」
本気で否定するエドに苦笑して、本当よ、と笑い掛ける。事実、私が幼い頃一緒にお茶会をしてくれたロセ様は、柔らかな笑みを浮かべる少年だった。9年前だって、大分腹黒さは有ったが今ほど裏表がはっきりしては居なかった気がする。
今のロセ様の性格は9年間の間に色々有った結果、ああなったのだろう。『完璧な王子』と噂されていた頃のロセ様を思い出し、少し感慨深い気分になった。
「元々ロセ様は、優しい柔和なイメージの方だったの。今のロセ様は…そうね、どちらかと言えば、クロージアの王太子様に似ているかも。」
「王太子…ってクロージアの王族はそんな奴ばっかかよ…。」
「私の知ってる限りなら、寧ろロセ様は優しい方だと思うわ。王太子であるルカ様の方が容赦無いもの。」
ここ3年の兄様の様子は分からないが、前世の下敷きがある分性格は熟知している。此処に来たのが兄様だったら、ロセ様のようにエドを抱き込んだりしないで、全員纏めて対処しているだろう。
そう言う意味で、カラントの人間は命拾いしたとも言える。
「…クロージア怖ぇ…。」
「そこに喧嘩売ってるのがこの国なのだけれどもね。」
げっそりと呟いたエドに、ぽつりと呟いてやると凄く嫌そうな顔をされた。恐らく、この間の書類の内容を思い出しているのだろう、少し顔色が悪くなっている。少し可哀想な気分になり、話題を変えてやる事にした。
「ところで、陛下の謁見はいつになったの?」
「明日午後からだな。…親父から、俺も同席する様に言われてる。」
「明日……。」
随分と詰められた予定に少し吃驚する。
今日夜会があって、夜遅くまで王族は参加するのだから少なくとも明後日以降だと思っていたが、閣下としては早期に決着を付けたいのだろうか。然しロセ様もそれは一緒だろう。
「と言う事は、どちらも此処で決着を付けるつもりなのでしょうね…。」
「だろうな。リアの婚約に関してはまず破棄して貰えなきゃ話も進められない。今日俺が成人の儀を行ったんだから、親父からしたら1日でも早く破棄させて再度婚約を結びたい筈だ。」
少し考え込む仕草をしたエドが、私に視線を向ける。確かに、成人をした王太子に婚約者が居ない、と言うのは珍しい筈だ。陛下が何故私に拘っているのかは分からないが、ロセ様が此処に来ている以上、事態を進めるこれ以上無いチャンスの筈だ。早々に済ませてしまいたい、と思っても仕方ないだろう。
この状況に思わず溜息を吐くと、それに反応したエドが大丈夫か?と声を掛けてくれる。実はそれ程気に病んでも居ないのだが、他の人はそうは思えないらしい。
本当を言えば、自分の事の筈なのだがどうにも蚊帳の外感が強い。私の知らない所で勝手に政治の駒にされている点は面白く無いが、それでも深刻に悩む事も無く、他人事の様な気分で居られるのはロセ様がきっちり連れて帰る、と明言して下さったからだろう。
その点を信用出来ていれば、後は不安になる事は無いのだ。
「ごめんね、気を使わせて。大丈夫だから。」
にこりと笑いながらそう告げると、エドが苦笑を浮かべる。どうにも信用されて無い気がするが、それ以上なんとも言い様がないので仕方がない。
「お前がそう言うならいいんだけどな。…まあ、俺も折角リアのエスコートが出来るのに、複雑な気分だよ。」
「ああ…エドはそうかもね。ロセ様がエスコートしろって仰ったのよね。」
「言われなくても、とは思うんだけど、今回ばかりは気が重い。アイツの要求が親父の思惑の真逆だからな…今から嫌になるよ。」
折角の主役なのに難題を押し付けられたエドが可哀想になるが、そもそもこれがこの先を穏便に済ます為の1番の方法だと言われてしまえば断る事も出来ない。エドに頑張って、と声を掛けると苦い表情のままがっくりと肩を落とした。
「…まあ、話を知ってしまった以上、しょうがないからな。腹を括るよ。」
「うん。協力するから、大丈夫よ。」
そう言って声を掛けると同時に、部屋の時計から夜会の時間を告げる音が鳴った。2人で顔を見合わせた後、エドに手を引かれて立ち上がる。
「…行くか。」
「ええ。宜しく御願いしますわ、エドワード様。」
対外仕様の言葉遣いで返事をすると、切り替えの速さにエドが苦笑を浮かべた。然しそれ以上のコメントは無く、そのままエドに連れられて部屋の外へ出る。
夜会会場へと続く廊下の煌びやかな照明に余計に緊張を煽られながら、入場の準備の為、廊下を進んだ。




