転生令嬢、9年間の答え合わせをする。
翌朝、朝食を取り終えた私の所に現れたのは、エドだった。
不機嫌そうな顔を隠そうともせず、憮然とした態度で目の前に座る。流石に朝からそんな顔で来られた事にこちらも顔を顰めたが、そんな事はお構いなしと言った風情で徐ろに口を開いた。
「なあ、何なのあいつ。」
「…あいつって、ロセ様の事?」
「それ以外誰が居るんだよ。何なんだ昨日のあの態度は。」
「そう言うエドだって、余り褒められた態度じゃ無かったと思うけど…?」
思った事を口にすれば、それを聞いたエドの顔が歪む。どうやら私に賛同して欲しかったようだが、私自身、昨日ロセ様から聞いたカラントの対応の真偽を問いたい所なのだ。有り体に言えば怒っているので、エドの望む様なにこやかな態度にはなれそうになかった。
「…何、もう既にあいつの味方な訳?リアだって信用出来ない、って言ってただろ?」
「私は信用出来ない、なんて言ってないわ。信じたい、って言ったのよ。」
「同じだろ?相手を信じられてないって意味では一緒だ。」
「全然違うわ。…エドの事も信じたいんだけどね…。」
信じたい、と言ったわたしの言葉にエドが訝しげな表情を浮かべる。
本当に分かっていないのか、それともポーカーフェイスなだけなのか。私の知るエドはそこまで器用では無かったと思うが、正直信じたいが信じられない、と言うのが現状だった。
「信じたい、って何だよ…。あいつが来たからもう俺は用済みって事か。10年近く一緒に居たのに、そんなに簡単に切り捨てられる様な奴だったのか、お前。」
怒気を孕んだ視線を向けられ、心臓がどきりと跳ねる。
本当にエドがカラントがクロージアに対して行っていた事を知っていたとしたら、もっと別の態度を取るのでは無いだろうか。そして、もし知らなかったとしたら私が婚約者が来たから急に態度を切り替えたと思われても当然だ。エドが私を騙していた訳では無いのかも知れない。そんな僅かな希望が顔を出し、無意識的のうちにその言葉が口から出ていた。
「ねえ、エド。3年程前に、私が落ち込んで居た時に避暑地に連れてってくれた事があったでしょう?その時にロセ様と兄様がこの城を訪れた事、知っていた?」
「ああ…昨日あいつが言ってたやつか。勿論知っては居たが、俺が知ったのは避暑地から戻った後だ。教えなくて悪かったとは思うが、目的がお前とは限らなかったし、会いたかった人間とすれ違いで逢えなかったなんて言ったらお前落ち込むだろ?だから言わなかった。」
「…その時に聞きたかったわ…。」
「言える訳無いだろう。避暑地に行く前、あれだけ落ち込んで部屋から出なかったお前がやっと少し回復した所だったんだ。そんな時に落ち込む事が分かってて言えるかよ。」
エドの口から出るのは、私を心配している言葉ばかりだ。それが本心なのか、建前なのかここまでの会話では測れない。
正直このまま信じてしまいたい気持ちではあるが、それはダメだ。流されてしまうのは楽だが、それでは誠意ある対応は出来なくなってしまう。もし、エドが本当に何も知らなくてただただ好意を向けてくれていたのだとしたら、私はそれにきちんと答えをださなければいけないのだ。
「…ねえ、エド。私が兄様やロセ様に手紙を書いていたこと、知ってるよね?」
「ああ。でも、それがどうしたんだ?」
「その手紙ね、ロセ様には1度も届いて無かったんだって。兄様にも、3年前からは届かなくなっていた。勿論、向こうからの手紙も同じ様な状況だったんだそうなの。」
そう口にした私の言葉に、エドが目を見開く。
「それは…どう言う事だ?お前があれだけ待っていた手紙が何処かで意図的に止められていた…?」
「ええ。…そうなってくると、3年前も避暑地に行ったタイミングが良すぎるの。1度も来ていなかったロセ様達がただ一度だけ訪れたタイミングで、それまで城に引きこもっていた私が居ない。それはもう、仕組まれていると思っても仕方ないんじゃないかしら?」
「……それで『信じたい』って事か…。」
本来エドは頭の悪い人間では無い。ここまでの話で私の言いたい事がきちんと伝わったのだろう。先程までの怒気は消え、今度は思案顔のまま黙り込んでしまった。
そのまま暫く黙り込んでいたエドだったが、何かに思い至ったのか、急に顔を上げて私の方を見詰めた。そして徐ろに口を開く。
「…あの時、余りにもお前が落ち込んでるから、何か良い案が無いかと色々周りに相談したんだ。そしたら、それを聞き付けた宰相だったか誰かが避暑地に行く事を提案してくれた。早く発った方が良いとあっという間に手配してくれて、数日後にはお前を連れて避暑地に向かったんだ。」
そう、確かにエドに言われてから城から発つまで3日くらいだったと思う。余りの手際の良さに驚いた事を覚えている。
エドの話を信用するとしたら、手紙が止まった3ヶ月前から準備されていたに違いない。いつクロージアから使者が来ても対応出来る様に。ロセ様や兄様本人が来たのは誤算だったかも知れないが、それでも避暑地への移動自体は滞り無く行われたのだろう。
「要するに、絡んでるのは昨日顔色を悪くされて居た高官の方々、宰相様、それと…」
「まあ確実に親父も、だろうな。」
「…エド自身は?」
ストレートに聞きたいことを口にすれば、エドの眼が一瞬揺らぐ。違う、ともそうだ、とも言い難い、そんな顔。
「…悪い、リア。多分、俺は知っていた。勿論全てじゃ無いが、それでも多分、考えれば分かる事だった。」
「エド…」
「最初…小さい頃は、純粋にお前が心配だった。親父にも仲良くしてやれって言われて、初めて見たお前は何故か哀しそうで。俺が面倒みなきゃ、って思った。」
まるで懺悔でもするかのように手を握りしめて、エドは言葉を吐き続ける。その紫紺の瞳が真っ直ぐ、射抜く様に私を見詰める。
「そのうちお前は婚約者と連絡が付かないって落ち込み始めただろ。傍で見てて腹が立った。コイツはこんなに寂しそうにしてるのに、なんで、って。それでも俺と居る時はたまにでも笑うから、だからそれなら、そんなに辛いなら俺と居ればいいんだ、って思ったんだ。」
「うん…」
「だから、何となく周りが後押ししている事を知っていながら、止めなかった。避暑地の時も、手紙の事も、知ろうと思えば多分、俺は知ることが出来たんだ。でも、婚約者に放置されて自国で良くない噂を流されているリアの事を、何処かで俺にとって都合が良いと思って放置してた。…リアが悲しんでる事を知っていたのに。」
エドは知ろうと思えば知れた、と言うけれど恐らく、わざわざ知ろうとしなければ分からない、状況だったのだろう。同じ様に見えてこの差は大きい。自分にとって都合のいい状況に居るのに、わざわざ疑問を掘り返す人間など、殆ど居ないだろう。
「…だから、ごめんリア。お前が9年も思い悩んだ原因は、殆ど俺の所為なんだと思う。」
本当はエドの所為などでは無いだろうに。
それでも彼は謝罪する。
どんな話でもきちんと聞いて、真っ直ぐ受け止めて判断する。エドの好ましい部分だ。彼の好意は私の中で愛にも恋にもならなかったけれど、それでもそんな高潔さを持った彼の事を、家族の様に大切な人だとは思う。
それでもわたしは彼の好意には、答えられない。
私に謝罪したまま黙ってしまった彼にどう言う顔をしていいのか分からず、少し溜息を吐き出してから、なんと言って彼に伝えようか、と頭の中で思案した。




