ヒロインはお茶会と共にやってくる。
ガタゴトと音を立てて走る馬車に、音の割には意外と揺れないんだな、とどうでもいい事に思考を逸らす。
あの後、マナーの復習をしたりお茶会のドレスを選んだりしながら日々を過ごすうちにいつの間にか当日になっていた。
いや、いつの間にかとは言うが実際は色々大変だったのだ。
最初は隅っこで静かにしているつもりだったので、ドレスもマナーもそこそこの状態でお茶会に挑むつもりだった。
しかしマナーに関しては幾ら添え物としての招待であったにしろ、公爵令嬢として完璧を期さなければならなかったし、ドレスだってあまり地味すぎても我が家の財政が疑われてしまう。
地味に過ごすと言う目標はあるが、かと言って思い切り手を抜く訳にもいかず。
そうして、何故かウキウキと盛り上がるお母様の手により呼ばれた家庭教師に復習という名の特訓を施され、それはもう全力で取り組ませて頂く羽目になった。それはもうここまでやる必要ある?と言うレベルで頑張った。
お陰様で完璧となったマナーを見て、何処に出しても恥ずかしくない、王族レベルだと感極まった先生の前でいや、目立たない程度で良いんだけどとは言えず、苦笑いを浮かべたのだ。
それでもドレスだけは目立たない様に、と思いクローゼットの中から選んだ紺色のドレスは今朝起きた時には影も形も見当たらず、その代わりに用意されていたチュールをたっぷりと使った薄いラベンダー色のドレスを見て顔を引き攣らせた私は、悪くない筈だ。
誰かの瞳の色を意識したと丸わかりのドレスにげっそりとしながら振り向いた先には、これまたウキウキとした笑顔を見せるお母様。
いや、だから目立たない程度で(以下略)とは言えず、いい笑顔で見守るお母様と嬉々として私を飾り立てるサラに囲まれ、ヘロヘロになりながら支度をこなしあれよあれよと言う間にお父様と共に送り出された。
お陰で完璧に飾り立てられた姿に目立ちたくない私は馬車の窓から現実逃避する羽目になり、今に至るのだ。
(ほんと、どうしてこうなった……)
自分の計画が尽く潰れ、ため息しか出てこない。
そんな私を隣で見ていたお父様が、笑いながら声を掛けて下さった。
「フィリア、大丈夫かい?久々のお城で緊張しているのかな?」
いや、全く違う理由ですとは言えず曖昧に笑みを返すと、お父様が頭を撫でて下さる。
理由は少しズレては居るが、心配して貰えるのは素直に嬉しい。
「大丈夫ですわ、お父さま。あまり馬車に乗りなれないもので、少しつかれてしまっただけです。」
安心して貰えるように精一杯笑って見せれば、お父様も笑いながら私の頭を撫でてくれた。
「フィリアが緊張するなんて珍しいね。でも今日は殿下の御学友も招待されている筈だし、殿下御本人からも友人達と一緒に気軽に楽しんで欲しいと言われているんだ。何も考えなくて良いから楽しんでおいで?」
地獄の特訓を知らないお父様が笑いながら仰った言葉に、少し意外だな、と内心首を傾げる。
今日のお茶会は、婚約者候補を招いての物では無かったと言う事だろうか?
いや、もしかしたら学園の御学友の中に意中の人物でも居るのかも知れない。
その彼女を招き、他のご令嬢を牽制すると共に婚約者候補として周知する狙いがあるのかも。
よく考えてみれば学園に一緒に通っている以上貴族ではあるだろうし、知識と教養、礼儀さえ足りて居ればあとはどうとでも出来る。
極端な話公爵家に養子に出した後に婚約すれば、誰も文句など言えないだろう。
兎も角、王子に既に意中の人物が居るのであれば、好都合である。
何せこのまま婚約してくれれば、暫くは死亡フラグの恐怖に怯えずに済むのだ。
ここは是非とも王子には頑張って頂きたい。
先程とは違う安堵の笑みを浮かべた私を見て、お父様も安心したのだろう。「良い子だね。」と言うと、また笑いながら頭を撫でて下さった。
そうこうしているうちに馬車が止まり、お父様と共に馬車を降りてお茶会会場である中庭に向かう。
入り組んだ執務棟を横目にいつもとは違う道を通れば、すぐに中庭が見えて来る。
入り口に居た騎士がお父様を見て頭を下げると、それを制しながら2人で会場に足を踏み入れた。
会場に入った瞬間、既にほぼお揃いであるお姉様方から訝しむ様な視線を向けられるが、気付かないふりでやり過ごす。
こんな敵にもならない小娘など放っておいて欲しい。切実に。
辺りを見回してみてもまだ王子が来ない所為か、ざわざわと浮足立つ様な空気が満ちて居て大分居心地が悪い。
お父様もその空気を感じ取って居るのであろう。
それでも仕事に行かなくてはいけない所為か、少し申し訳無さそうな表情を浮かべている。
「フィリア、私は執務室に行くが、大丈夫かい?
」
心配そうに声を掛けてくるお父様に、思わず苦笑が漏れた。今日はこのエスコートの所為でいつもより登城時間が遅くなっている。気にして下さるのは有難いが、お仕事に支障を来しては元も子も無い。
「だいじょうぶですわ、お父さま。」
「お仕事頑張って下さい」と付け加えて笑い掛ければ、安心したのだろう。「また終わる頃に迎えに来るからね。」と言いながら私の頭を撫でると、入り口に待機していた文官と共に去って行った。
本当に忙しいのだろうなぁ、とぼんやり思いながらそれを見送る。
それにしても、と思う。
数にして20人前後だろうか。色とりどりのドレスを身に纏ったお姉様方が、早くも席取りで牽制を始める様子が見て取れる。
とりあえず巻き込まれる前に移動しよう。
そんな光景を避けて人の波を縫う様にして進み、何とか端の方に辿り着くことに成功する。
ひと仕事やり終えた感に、ふ、と息を吐こうとした瞬間。
どんっ!と言う衝撃と共に自分の身体が前につんのめった。
それと同時に、頭の後ろから非難する様な声が響く。
「何でフィルリア=リンドノートがここに居るのよ!しかも何でちっちゃいの!?」
何事かと振り返って見れば、そこには本来はさぞ可愛らしい筈の顔を顰めた、桜色の髪を揺らす美少女が立っていた。
ヒロイン登場。