転生令嬢、思わぬ書簡に驚きを覚える。
「もう少しだけ、一緒に居ても大丈夫?」
私の私室まで連れ立って歩いてきたロセ様が、少し顔を覗き込んで私に問いかける。
特に断る理由も無かったので是と答え、部屋の中へとロセ様を促す。扉を閉めた瞬間、案内してくれた侍女の方が複雑な表情を浮かべている様な気がしたが、気付かない振りをした。
部屋に入り取り敢えず、とロセ様をソファに促した。侍女を呼んでお茶を用意して貰おうかと思ったが、ロセ様がそれは良いから座って、と隣の席を示してくる。その言葉に何か話があると言う事を察して、ロセ様の言葉に頷いて肯定し示された席に座った。
「あのね、フィリアにコレ見て欲しいんだ。」
そう言いながらロセ様が取り出したのは、丸められた2枚の紙だった。くるくると器用に帯を外し、私の手の上に紙を載せる。
「それ、兄上からフィリアへ。握りつぶされると悪いからを書簡の体を取った、って。そっちはまあ、落ち着いたら後で読んで。」
ちらりとみえた懐かしい兄様の文字に思わずそのまま読み進めそうになるが、後で、と言ったロセ様の手でサイドテーブルの上に避けられる。苦笑をしたロセ様が2枚目の紙を今度は少し慎重に開いた。
「こっちがメインね。」
そう言って2枚目の紙を手の上に載せる。なんだろう、と書類に目を向けると、クロージア王家の紋章の薄い透かしの上に書かれた文字と、下の方に明らかに違う筆跡でサインされた名前が見えた。その記名をよく見て、ぎょっとする。
「…陛下のサイン…??これ、何の書類ですか?」
「うん、確認してご覧。」
笑顔で促すロセ様に従い、細かい文字で書いてあった内容に目を通す。読み進めて行くと共にどんどんと眉間に皺が寄っていくのが、自分でも分かった。
「この書簡…何方宛の物なんですか…?」
「ん?そりゃこの国の王様に決まってるよね。」
「ですよね…」
ロセ様の軽い反応に、目眩がする。
本当にこの書簡を陛下に見せるつもりだろうか。
「ロセ様…この書簡、喧嘩売ってません…?」
「んー、まあ売ってるかもね。でもまあ、仕方ないんじゃない?」
「仕方ない…?」
この内容の何処が仕方ないのかが理解出来ず、眉間に皺を寄せたままロセ様に問いかけると苦笑された。いや、苦笑したいのはこっちだと思うのだが多分ロセ様には伝わらないんだろうなぁ、とぼんやり思う。
書簡の内容は端的に言えば『ウチの息子の嫁を勝手に嫁候補にすんな、結婚するから返せ。その為にはどんな事でも許可する』だ。多分元となる書類を作ったのは兄様だろう。オブラートに包んでいる様で包みきれてない言い回しで相手の非常識さを指摘しつつ、これ以上の譲歩は無い、と記してあるのだ。普通同盟国相手にここまで言わない。
顰めっ面で書簡を見ていた私に、ロセ様が苦笑しながら言葉を続けた。
「まあ、理由はしっかりあるんだよ。…そうだね、フィリアはこの9年、俺からの手紙が届かない事は気にしてくれていたんだよね?兄上のは…多分3年位前からかな。」
「ええ…それは勿論…。」
この9年、本当にロセ様から一切連絡が無かった。手紙を何通書いても返事が無く、そのうち諦めて自分からは出さなくなった。兄様から定期的に送られてくる手紙に、悩みながらもロセ様の事を聞かなかったのは返答を聞くのが怖かったからだ。
もう既に忘れられていたら、離別の言葉を告げられたら、そんな事を考えて過ごしているうちに、とうとう兄様からの手紙も届かなくなった。直前に書いた手紙に弱音を吐いていた事もあり、とうとう見捨てられてしまったのか、と思いそれ以上此方からは連絡が取れなくなってしまったのだ。
「それね、実際の所は俺からも兄上からも手紙は出してたんだ。俺に関しては…もう最初からフィリアと連絡を取らせたく無かったみたいで、フィリアからの手紙も一通だって俺の所には届かなかった。兄上もフィリアからの手紙が届かなくなってから随分と手を回したみたいだけど…それでも一向に成果が得られなかったんだ。」
言われた言葉に、思わず目を見開く。昼間少し聞いてはいたが、そこまで徹底しているとは思わなかった。此方から連絡が取れなかったのもそうだが、ロセ様達からも一切連絡が取れなくなっていたとは。
「フィリアは多分知らないと思うけど、俺と兄上でこの国を訪れた事もあるんだよ。3年前、兄上もフィリアに手紙を送っても届かなくなって、どうしたら逢えるか思案した結果、2人で此処に会いに来た。…それでもフィリアと会う事は出来なかったんだけどね。」
苦笑しながら言うロセ様を見ながら、3年前を思い出す。確か兄様から手紙が届かなくなって落ち込んでいた私を見たエドが、避暑地に連れて行ってくれた事があった。もしかして、あれも何か意図があっての事だったと言う事だろうか。
何だか、今まで嬉しく感じていた筈の思い出に裏が有った事を知ってしまい、落ち込んだ気分になってくる。しゅん、としてしまった私を慰める様に、ロセ様が頭を撫でてくれた。
「ごめん、落ち込ませちゃった?」
「少しだけ…でも、大丈夫です。」
心配そうなロセ様ににこりと笑い掛けてやると、頭を撫でながらロセ様が話を続ける。
「…うん、まあ公式訪問だったり書簡だったりをそんな風に対応されててね…父上が黙ってた所為かカラントの高官が思い上がってたのかは知らないけど、9年間煮え湯を飲まされ続けてたんだ。それで今回、フィリアを王太子の正妃として娶りたいって書簡が届いた事でこれ以上調子に乗らせる訳には行かない、って父上と兄上が2人で書簡と裁定件を持たせてくれたって訳。」
「そんな事が…。」
「俺としても9年もこんな対応をしてくれたお礼をしないと、気が済まないしね。後顧の憂いを絶つ為にも、きっちりお返ししてあげないと。」
きっちり、に妙に力が入ってるのは気の所為ではあるまい。にこやかに笑っている様に見えて目の笑っていない先程の笑顔を思い出し、何となくカラントの面々に同情的な気分になってしまった。少し遠い目をしてしまった私の顔を見て苦笑を浮かべたロセ様が、ああ、でも、と話を続ける。
「あの王太子はそこまで事情を分かってないかも知れないけどね。周りが後押ししてくれるからそれに乗っては居たんだろうけど、どうにも俺に対しての会話が周りの人間と食い違っている様に見える。」
「食い違っていると言うと…?」
「そうだね、まあ先程食事会に居た他の面々は確実にクロージアに対してどんな対応をして居たか理解している人間ばかりだろうね。いつ何を俺に言われるかビクビクしてた。」
思案しながら口にするロセ様に、いや、ビクビクしてた原因はそれだけじゃないと思うけど、と思いつつ口には出さないでおく。そんな心の声が伝わったのか、苦笑いのままロセ様が会話を続ける。
「でも、あの王太子はなんて言うか…純粋にフィリアの心配をしてる感じがしたんだよ。王太子として良いかどうかは別として、多分生来悪い人間では無いんだと思うよ。」
「エドは元々真っ直ぐな人なので…多分駆け引きとか腹芸には向かないタイブなのだと思います。」
「ふぅん…フィリアがそこまでよく知ってる事に少し妬けるけど、まあ…フィリアの近くに居た人間が悪人じゃなかっただけ、良いのかな。」
少し面白くない顔をしながらも、私の頭を撫でてそう言うロセ様に、思わずこちらも笑みが漏れる。
妬けるとは言いつつ逢えなかった間の心配をしてくれる事が嬉しい。
「取り敢えず、この父上からの書簡は正式に謁見の時間を取って貰ってるから、その時に手渡すつもりだよ。多分、フィリアも呼ばれると思うんだけど、悪いけどまた付き合ってくれる?」
「それは勿論…でも、あの、カラントからの婚姻の打診についてはどうするおつもりですか?」
「うん、まあそれに関してはちょっと考えてる事があって。断るのは決定だし巫山戯んなって感じだけど、今までの借りを一緒に返したいからね。」
そう言って笑うロセ様の顔が酷く楽しそうで、それ以上の突っ込みは辞めた。自分が考えている以上の状況に巻き込まれている気がするが、自国のトップが揃って決めた以上、もううだうだ言ってもしょうがあるまい。
楽しそうなロセ様を見ながら、ああ今日は本当に疲れたな、なんて頭の片隅で、思った。




