食事会の会話は、噂話と共にやってくる
「婚姻…?」
暫く黙り込んでいたエドが、私に視線を送りながら呟く。視線で真意を探られているが、どうにも答え辛い。と、言うか私も初耳なので答えられない。勝手に話を進められている事自体は別に困らないが、今まで聞いた話だとカラントから私に婚約の打診が来ていると言っていたのに、決定事項として話してしまって大丈夫なのだろうか…?
少し困惑しながらちらりとロセ様を見遣れば、にこやかに笑い掛けられる。ただ、私に対してはにこやかだが、他の方々に向けられている笑顔が同じ笑顔な筈なのに何となく、怖い。
「ええ。元々この国に来た時点で私と彼女は婚約しております。彼女が婚姻を結べる年になればすぐに、と言う約束でしたし、今もそのつもりで彼女の生家と準備を進めております。」
何か問題でも?と言わんばかりの態度にエドの顔がひくりと引き攣る。確かに婚約した時にそんな話をしていた気がする。正直今日の昼までもう忘れられていると思っていたので気持ちがついて行かない部分もあるが、先程きっちり連れて帰れる様にする、と言っていたのだからこの発言もその一環なのかも知れない。
だとすれば何か口を挟んでしまうのも良くないだろう、と結論付け、沈黙を貫く事にした。
「…それは、リアとも話し合った上でなんでしょうか?」
「と、言いますと?」
漸く口を開いたエドが、ロセ様を睨めつける様な目で見詰めながら問いかける。睨み付けられている筈のロセ様はそんな事気にも掛けないと言わんばかりに、笑みを崩さずエドを見詰め返した。
「正直な所、貴方はリアが此処に来てから1度だって連絡を取ってないでしょう。それなのに、今日訪れたばかりで婚姻を結ぶ為に連れ帰る、等リアの気持ちを無視して居るとしか思えない。」
「カラントの王太子殿は面白い事を仰るんですね。」
まだ続けようとしていたエドの言葉を、ロセ様がばっさりと遮る。遮られた方のエドは不快そうな顔をしているが、ロセ様は笑顔のままだ。
「カラントは恋愛結婚推奨なのかも知れないですが、政略結婚と言う言葉を聞いた事が無いとは仰らないでしょう?フィリアはクロージアの宰相の娘であり、私が婚約を結ぶに相応しいと当時判断されたから、婚約者となったのです。その事にカラントから口を出される言われは有りませんよ。」
「…それは、リアとは政略結婚だからリアの意思は関係無い、と言う事ですか。…国に既に愛妾とするべく人間を囲って居ると言う話は本当の様だ。」
ロセ様の言葉が気に入らない、と言う態度をありありと出すエドに、それでもロセ様は余裕の笑みを崩さない。その態度がわざと相手を煽っている様に見えて、もしかして、と思う。
「…一国の王太子ともあろうお方が発言には気を使った方が良いと存じますよ。…この場の発言1つで、国際問題にもなりかねない。私は今回クロージアの人間として、公に此方に訪れております。…その意味が分からない訳では無いでしょう?」
頭に血が上り始めて居たであろう所にロセ様が掛けた言葉に、エドが息を呑んで言葉を詰らせる。
わざわざ煽っておきながら冷水を浴びせるやり方に兄様を思い出し、ああ、きっと私がいない間に仲良くなったんだな、とどうでもいい事を頭の片隅で思った。
ロセ様の狙いは恐らく、エドからリリーシアに関する発言を誘いたかったのだろう。相手を挑発すればその分失言を引き出しやすい。ロセ様から見ればまだ子供の様なエドでは、思考を読むのも造作ない事なのかも知れない。
「…っ…俺は認めないからな、リア。…申し訳無い、気分が優れない為失礼する。」
それ以上口を開いて失言をする事を恐れたのか、そう言い置いてエドが退室して行く。その後ろ姿をぼんやり見送りながら視線をロセ様に移すと何故か苦笑いを浮かべられた。
『いろいろ説明不足で、ごめんね』
口の動きだけでそう言ったであろうロセ様が、机の下で私の手をきゅっ、と握る。その手の温度に、心の中に安堵感が広がって行く気がした。
そしてにこりと笑ってからそのまま私の手を離したロセ様が、今度は真っ青とも言える顔色の高官の方々に向かって笑顔を向けた。
「さて…王太子殿のお加減は心配ですが、私の兄から預かって来た案件もありますのでお話させて頂いても宜しいですか?」
そう言って笑ったロセ様の顔が本日1番と言える程生き生きして見えたのは、気の所為では無いはずだ。この後の会話を思って高官の方々にご愁傷さま、と思いながら、私は再び食事に集中する作業を再開したのだった。
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「本当に説明不足でごめんね、フィリア。」
脳内でレポートをした割に全く味の楽しめなかった食事を終えて、ロセ様と連れ立って廊下を歩く。目の前の侍女の方に会話が聞こえないように密かに防音魔法を使ったロセ様が、困り顔のまま謝罪してきた。
「少し驚きましたが…えっと、元々そう言うお話でしたし謝罪される様な事では有りませんわ。」
少し考えながらそう言って微笑んで見せたが、ロセ様はと言うと何故か何となく納得行かない様な表情を浮かべている。
「フィリア、どれに対して言ってる?」
「どれ…と言いますと…?婚姻に関してのお話なのでは無いのですか?」
首を傾げて疑問を口にすると、間髪入れず違うよ、と返答が来る。婚姻に関してじゃなければ何なのだ、と疑問が頭を過ぎるが、それが顔に出ていたのかロセ様が少し苦笑しながら言葉を続ける。
「…リリーの噂の事。」
「ああ…」
そう言われて、初めてリリーシアの事をエドが言ってたな、と思い出す。正直ロセ様が来てくれた事のインパクトが強くて忘れかけて居たが、確かに今日の昼間まではそれで凹んでいたのだ。
それを知っているエドがロセ様を揶揄する為に言ったのだろうが、今の私としてはそれすら割とどうでも良いと感じて居た。しかしロセ様は気にしているのだろう。困った顔のまま言葉を繋げる。
「リリーに関しては、兄上が城に招いたから正直俺には何故城に呼んだのか理由は分からないんだ。でも、フィリアが知っている頃と一緒で城内に居ると割と付きまとわれてたし、兄上が監視しろと言っている以上、距離を取ることが出来なくて。」
ロセ様の説明に、9年前のリリーシアの様子をぼんやりと思い出す。あの感じで一緒に居るのだとすれば、確かに噂になるだろう。
「その辺の内情を、フィリアにきちんと説明して無かったから不安に思ったんじゃ無いかと思って。」
「…今日の昼までは確かに気にしておりましたが…今はもう気にしておりませんわ。」
それは本当に正直な本心だったのだけれど、ロセ様は微妙な顔をしている。確かに今日のロセ様の台詞はかなり誤解を招く物だったとは思うし、あの言い方では私とは政略結婚です、と言っている様にしか取れなかった。然しながら私にはわざと誤解を誘っている様にしか見えなかったし、そうだとしたらリリーシアとの事を気にする必要は無い、としか思えなかったので問題無い。
「…フィリア、聞き分けが良すぎて逆に俺が不安なんだけど…怒ってないの?」
「怒って…は居ないですね。逆にあの調子で9年も付き纏われていたとしたら、ご愁傷さま、としか。」
少し考えながらそう言った私に、ロセ様は一瞬きょとん、とした顔をした後面白そうに笑った。
「…っ…ふふ、ご愁傷さま、って……もう、流石フィリアだなぁ。」
「そんなに笑われると心外なのですが…」
楽しそうなロセ様に、少し理不尽さを感じて文句を言うが、それすら楽しいのかロセ様の笑いが治まらない。
一頻り笑った後、ふ、と思い出したかの様にロセ様が言葉を発した。
「ああ、でも気にして無いと言う事は分かったけど、コレだけは言わせてね。」
その言葉になんだろう、と思いながら視線で先を促すと、少し真剣な顔になりロセ様が言葉を告げた。
「リリーとの噂は、嘘だから。俺はフィリアしか要らない。それは9年前から、変わってないから。」
しっかりと告げられた言葉に、今度は私から自然と笑みが漏れる。
「…知ってますよ。」
そう言って笑いかけた私の言葉に、ロセ様も一緒に、笑った。




