閑話.そしてこれからの俺と、彼女の話 4
「所で、ロセ様は何故此処に…?」
屋上から戻ってきて漸くソファに腰を落ち着けると、徐ろにフィリアが疑問を口にした。
その不思議そうな顔を見て、ああ、と思い至る。
クロージア自体の話をほぼ遮断されていたフィリアは、俺が今回来る事だって知らなかったかも知れない。もし知っていたとしても予定より少し早く着いたのだ。驚いて当然だろう。
「元々成人の議に招待されてたからね、今日此方に着いた所だったんだ。でもフィリアについて聞いてもはぐらかされるし、部屋も教えて貰えないから魔力を探ってた。」
「魔力、ですか?」
余り索敵をしたり隠密行動をする様な魔法に馴染みが無いのだろう。不思議そうな顔をするフィリアが可愛くて思わず笑みを零しながら、詳しく説明をしてあげる。
「そう。昔、フィリアに俺の魔法を掛けたのを覚えてる?」
俺の言葉に直ぐに思い至ったのだろう。こくん、と首を下げ肯定を示したフィリアを見ながら話を続ける。
「その時フィリアの魔力は把握してたからね。ただ、その時よりは成長してるし、少し感じが掴み辛かったんだけど……」
そこで言葉を切ってちらりとフィリアを見遣る。
先程の魔力の乱れは号泣する程感情が乱れていた事が原因なのは分かる。ただ、その理由が不明瞭だった。俺や兄上の事で心に鬱屈は溜まっていただろうが、こんなにタイミングよくその事で泣いている物だろうか。それに、先程の王太子との会話が気に掛かる。
首を傾げているフィリアをじっと見ながら、腫れてしまって居る目尻に手を伸ばして、撫でる。
「…フィリアさっき、本気で泣いただろ?魔力が凄く乱れてた。」
「泣くと乱れるのですか…?」
泣き顔を見られたのが恥ずかしかった様でそれを誤魔化す様に口を開くフィリアに、少し苦笑しながら説明を続ける。
「泣くと、と言うよりは感情が乱れると、だね。コントロールが効かなくなる感じとでも言えば良いのかな。激しく動揺した時とか、負の感情が強くなった時何かが特に乱れやすい。」
「そうなのですね…。それでこの部屋に…?」
「そう。本当はもっと手順を踏んでフィリアに会うつもりだったんだけど…何かあったのかと思って心配になって直ぐに飛んで来てしまった。…でも、無事で良かった。」
話の間ずっと撫でていた頬から、そっと手を離す。これ以上撫で続けてたら離してあげれなくなりそうだった。
「ご心配お掛けして申し訳ございませんでした…。……でも、来て下さって嬉しかった。」
そう言って笑い掛けてくれるフィリアが可愛くてしょうがない。9年も逢いたくて逢いたくて仕方無かった人が目の前で笑っている姿はもうそれだけで自然と笑みが浮かんだ。
しかし、と思いフィリアを覗き込む。綺麗な空色と目が合い、きょとんとした表情をされる。
「……でもフィリア。何でこんなに泣いていたの?俺の所為だけじゃないでしょ、さっきの様子を見る限り。」
そう言った俺の言葉に、う、と少し息を呑む。その様子に、嫌な感が働く。何か言い淀んでいるフィリアに先を促す様に声を掛けた。
「フィリア?」
それでも尚言葉を探すフィリアの目をじっと見詰めながら教えて?と問いかけると、少し顔を赤くしたフィリアが観念したかのように言葉を吐き出した。
「えっと…少し切っ掛けがあって、それでもうロセ様や兄様の事が分からなくなってしまいまして…それで……」
「うん、それは御免。また後できっちり謝るから。でも、今はそれじゃないよね?」
確かにそれは1番の謝罪案件だが、今言い淀んでいるのはそれじゃないだろう。フィリアの言葉に被せるようにそう言えば、未だ言葉を探している様だった。それでも、誤魔化されない、と言う意志を込めてフィリアの顔をじっと見詰める。
「その切っ掛け、って何?」
いつまで経っても二の句を紡げないフィリアに、にこりと笑いながら先を促す。再度教えて?と声に出せば、やっと観念したであろうフィリアが、1つ溜息を吐いて言葉を吐き出した。
「……エドに、キスされたのです。」
言われた瞬間、脳が意味を知る事を拒絶して一瞬止まる。
その後、じわりと染み込んできたフィリアの言葉に、思わず低い声が出た。
「…は?あの王太子何してくれてるんだ?俺がフィリアに会うのを9年も邪魔した挙句自分はしっかり幼なじみポジションに収まったばかりか人の物奪おうとした挙句キスした、だと…?やっぱりこの国要らないんじゃないか…?いや、それよりも本人に落とし前付けさせる方が先か…。」
ぶつぶつと呟く俺の言葉が聞き取れないのか、先程まで俯いていたフィリアが此方を伺う様に顔を覗き込んでいるのが見える。それでも、口をついて出る言葉は止まらない。
「……あいつ、やっぱり殴っとくべきだったか。巫山戯やがって…。」
「…ロセ様?」
最後の言葉は聞き取れたらしいフィリアが困惑した声を上げたが、それでも文句が止まらない。
「大体、あいつフィリアに馴れ馴れしくしやがって気に食わない。愛称で呼んでるわフィリアからも呼ばれてるわ。」
「…えっと…ロセ様?」
何度か声を掛けてきたフィリアをちらりと見遣ると、何故か目を逸らされる。その様子が少し気に入らなくて、少し強引に顔を覗き込んだ。
フィリアが悪いとは微塵も思わないが、俺の気持ちも少しは理解して欲しい。
「…ねえ、フィリア。アイツと他に何かある?」
「え?いえ…他には特に…」
「本当?」
困惑した表情を浮かべるフィリアに、溜息が漏れる。これだけ露骨にアピールされているだろうに、自分がその対象だと思い至らないのは、どういう事なのか。
「…兄上の所に書簡が届いてね。カラントの第1王子がフィリアを正妃にしたい、と。」
そう言った瞬間、ぎくりと固まったフィリアに、ああ、それ自体は自覚してたんだな、と思う。まあここまで表立って行動しているのにその自覚すらされてなかったらいっそ相手が憐れになって来てしまう。いや、同情なんて絶対しないけど。
「勿論、兄上は突っぱねたけどね。それでも諦めて無いのは見て分かったよ。」
「そんな事…確かに毎日冗談での求婚はされてはいましたが…」
そう口に出された瞬間に、憐れに思う、と思った気持ちが綺麗さっぱり消えた。
毎日求婚?誰に?…フィリアに?
考えるだけでイライラが増してきて、意識しない程自然に低い声が漏れた。
「…ふぅん、毎日求婚、ね。本当に巫山戯た真似をしてくれる…。」
俺の出した声と共に目の前のフィリアがぶるりと震える。少し青ざめた表情に、自分の魔力が漏れ出している事に気付き慌てて魔力を抑えた。
「…っと、御免フィリア。少し辛かったね。」
「今のは…ロセ様の魔力、ですか?」
少し困惑した視線を向けられて、怖がらせたかな、と内心思い後悔する。それでも俺から視線を離さず見詰めてくれるフィリアに、困ったな、と思いながら苦笑いを浮かべた。
「…うん。うちの王家は元々魔力が高くてね。普通にしてても他の人よりは魔法が使えるんだけど…その中でも俺は氷の素養が高い。何時もは抑えてるんだけど、さっきフィリアに説明した様に感情が乱れると少し漏れてしまう時があるんだ。」
まあ、修行不足だね、と苦笑いのまま笑いかければ、フィリアは納得したかの様にひとつ頷いた。
その様子に、もう怖がっては居ないのだという事が伝わり、内心安堵しながら謝罪する。
「怖がらせちゃったね、御免。」
「それは大丈夫ですが、」
「それ。」
何時もの様に丁寧な言葉で俺と話そうとしたフィリアに、先程の王太子との会話を急に思い出し思わず言葉を遮った。先程までは意識しで無かったが、考えてみればあいつの方がフィリアと親しいかのような態度で、面白くない。
「それ、とは…?」
言葉を遮られて困惑した視線を向けてくるフィリアに、不満な態度を表に出したまま思いついた主張を口にした。
「その口調。あいつにはもっと砕けた口調で話して無かった?」
「ああ…それはまあ。ですが、それは子供の頃からの口調と言うか…」
「俺の所に居た時は今の口調だったのに?」
説明を聞けば聞くほど面白くない。大体元々今の口調だった筈のフィリアが、何故あんなに砕けた言葉を使っているのか。あいつが特別と言われている様でなんとも気分が良くない。
「…この国に来た後、エドは私を妹の様に扱ってくれたのです。その一環でまあ…色々と砕けて行ったと言うか、なんと言うか。」
ごにょごにょと良い淀みながら話すフィリアを見て、しまった、と思う。困らせるつもりなんて無かったのに、どうにもフィリアに逢えた事で感情のストッパーがかなり緩くなっている様だ。
困ったまま俯いてしまったフィリアにごめんね、と言う意志を込めて、頭を撫でた。
それでも、きっと言葉にしなきゃ伝わらないんだろうな、と思い直し、頭を撫でながら声を掛ける。
「…あのね、フィリア。俺は他の事に関しては、割と心が広い方だとは思うんだけど、フィリアに関しては凄く心が狭いんだ。俺が腑甲斐無い所為で9年も待たせた事は自覚してるし、その間に仲良くなるのは仕方無いとも思うけど、それでも面白くは無いんだよ。」
じっと目を見ながら一言一言きちんと伝わる様に丁寧に口に出せば、きちんと伝わったらしいフィリアが再び頬を染めた。その様子を微笑ましく思いながら更に言葉を繋げる。
「だから、できる事なら俺の事も呼び捨てにして欲しいし、口調だってもっと気安く話して欲しい。直ぐにとは言わないけど、そう思ってる、って事は理解して?」
最後に微笑み掛けて目を合わせると、頬を染めたままのフィリアが努力、します、と呟いて笑った。
「あ、あとね。」
今考えつきました、と言わんばかりの振りをして、声を出すと、きょとん、とした顔で見詰められる。その顔が可愛いな、なんて内心思いながら、徐々に顔を近づけて唇に口付けた。
空色の瞳が、限界まで見開く。
「…これに関しては許せないからね、上書き。」
わざとちゅ、と軽い音を響かせてもう一度唇を重ねると、フィリアの顔が真っ赤に変わる。その表情を満足に思いながら、そっと顔を離した。
驚いて居るような、ぼんやりしている様な顔のフィリアに微笑み掛けながら、さて、と顔を上げる。
「…さて、大分侮ってくれていたみたいだからね。第1王子にも、この国の王にも、きっちり借りを返してやらないと。」
そう言って先の展開を頭の中で計画しながら、フィリアに向かって、笑った。




