閑話.そしてこれからの俺と、彼女の話 2
「それでは、こちらの部屋をお使い下さいませ。」
「ええ、ありがとう。」
対外的な笑みでにこりと微笑んで見せれば、案内をしてきてくれた侍女が僅かに頬を染めながら頭を下げて退席して行った。
その様子を見遣りながら室内に誰も居なくなった事を確認して、溜息を吐く。
「流石に一筋縄では行かない、か…。」
ぽつりと言葉を漏らしながら自分の首元を緩める。自分の城とは違う空気は、着慣れている筈の正装すら気詰まりを感じさせた。
「さて…どうするかな…。」
まるで出歩くのを警戒して押し込められる様に入れられた部屋で、暫し思案する。
報せてあった予定より若干早く着くように計算して訪れたカラントの王宮は、矢張り自分の事を歓迎してはいない様だった。謁見室で挨拶をした時、カラントの国王は流石のポーカーフェイスだったが宰相の顔が若干ひくりと引きつって居た事を思い出す。
あの顔を見るに、多分俺とフィリアを会わせない様にしていた計画がまだ達成される前に俺が訪れてしまったのだろう。
と、言う事はフィリアは間違い無く城の中にはいる筈だ。
宰相にも侍女にもフィリアの事を聞いてみたが、はぐらかす様な返答しか帰って来なかった。予想はしていたが近くにいる筈なのに思った以上に得られないフィリアの情報に、苛立ちを覚える。
侍女の方は先程の反応からもう少し関係を詰めて聞いてみれば答えてくれるかも知れないが、それをフィリアに知られたくは無い。戦略上どうしても必要な事以外で、これ以上フィリアに誤解を与える様な行動をするのは御免だ。
「少し探ってみるか…。」
他国の城内を彷徨く気は無いが、フィリアが此処に居るかぐらいは確認したい。幸い昔フィリアに魔力を通した時にフィリア自身の魔力にも触れている。あの頃より成長しては居るが、恐らく間違える事も無いだろう。
元々兄上とは違い、俺の魔力は戦闘に特化した物の方が憶えやすい傾向にある。隠密の魔法や魔力による索敵、転移の範囲の広さ等がその一環だ。恐らくクロージア王家の特徴なのだろうが、多大な魔力がある為通常では考えられない様な範囲で行動を起こせる。
ソファに座り込み、目を閉じて周囲を探る。
周囲に感覚を張り巡らせると、近くの部屋から順に様々な人の気配を探る。男性、女性、若い、老年、と頭の中で種別を分けて行く。少しずつ範囲を広げ、漏れない様に。少しずつ少しずつ広げて行く範囲に、フィリアの気配はまだ無い。それでも焦らず次に、次に。
そんな事を繰り返して、暫く経った時。
不意に、酷く乱れた魔力の気配がした。
動揺、焦り、悲しみが入り交じった、ぐちゃぐちゃの感情が流れてくる様な、そんな魔力。そして、その魔力は探し続けていた物。
「……フィリア…?」
思わず目を見開いて窓の外を見遣る。乱れた魔力の源は、この部屋の対極とも言っていい場所から感じた。部屋の位置といい、気配といい、間違い無くフィリア本人だろう。
だが、しかし。
「…っ…何かあったのか…?」
こんなに魔力が乱れるなんて、余程の動揺か身体的に何かあったか、だ。どちらにしろ此処で悠長に待ってる場合では無い。
本当は、フィリアに会う前に根回しを終わらせて安心させる状況を作ってから会うつもりだったのだけれど、そんな事どうでも良い。触れられる距離に居るのに、こんな状態でフィリアを放置する事の方が有り得ない。
「…何にせよ間に合えよ…!」
そう言い捨てて立ち上がると同時に魔力を発動させる。城内での転移は確実に感知されるだろうが、知った事か。
一瞬すらもどかしく思いながら、淡い光に包まれた瞬間、目的の魔力を目指して転移を発動させた。
すとん、と降り立ったのは目的の部屋のベランダ。
取り敢えず気配を探ると中にはフィリアしか居ない事が分かり、ほ、と少し詰めていた息を吐き出す。フィリアが何者かに襲われていると言う最悪の自体では無かった事に少なからず安堵しながら、そっと窓辺から中を伺う。
既に暗くなって来た室内には、フィリアの嗚咽の声が響いていた。
約9年振りに見た、フィリアの姿。
それなのにそれが涙を流しながらしゃくりあげている姿で、思わずきしりと胸が痛む。思わず顔を歪めたまま声を掛けようとした時、中からフィリアの声が聞こえた。
「ずっと居てくれるって…言ったのに…っ…」
しゃくりあげながら漏らされる声がか細くて、自分の記憶の中の強気なフィリアが塗り替えられて行く。もう、9年だ。こんなにも長く彼女は自分を求めてくれていたのに、何故もっとがむしゃらにフィリアを求めなかったのだろう。それよりも何故、9年前に俺はフィリアを無理にでも引き留め無かったのか。
今更な考えばかりが頭の中をぐるぐると駆け回り、前世で雛を失った時の様な、苦い思いが胸の中に広がる。
「…ロセ様の…うそつき…っ…」
そうして、暗くなってしまった部屋にその声が響いた、その瞬間。
「……嘘は吐かない主義だって、俺、何度も言わなかった?」
何か考える前に、言葉が口を付いて出ていた。
俺の声を聞いた瞬間、びくりと肩を震わせたフィリアが目を見開いたままゆるりとこちらに視線を向ける。
その涙に濡れた瞳に胸が痛みながら、出来うる限り優しく微笑んで近付く。どこかぼんやりとした風情で俺の事を見詰めながら、ゆめ?とフィリアが口にした。
「…違うよ。」
フィリアの心情を苦く思いながら微笑み、座り込んで居たフィリアに視線を合わせて抱き締める。ふわりと香る花の香りに内心懐かしさを感じながら、随分と背の伸びたフィリアの頬に顔を寄せた。
「…ロセ様…?」
お互いの体温を近くで感じてもまだ信じられない、と言った風情のフィリアに、安心する様に微笑みかけながら言葉を繋ぐ。
「…うん。お待たせ、フィリア。」
俺のその言葉を聞いた瞬間。
腕の中のフィリアが、涙で顔を濡らしたまま顔を歪めて、抱き着いてきた。




