閑話.そしてこれからの俺と、彼女の話 1
カラントに出立する日。
部屋を出る直前に意外な事に兄上が俺の部屋を尋ねて来た。
「今からか?」
「ええ。…俺、言質は取りましたからね?責任はお願いしますよ。」
わざと笑顔でそう告げれば、兄上は、お前怖ぇよ、と笑った。その表情に否定の感情は見えない。要するに思いっきりやり返して良いと言う事だ。そんな兄上の様子に、知らず此方も笑みを返した。
「…なあ、ロセ。」
「何ですか?」
今までのトーンを少し下げて言い淀む兄上に、珍しいな、と思う。
「お前に1つ伝える事がある。…と言うか伝えるつもりだ。」
「…要領を得ない発言なんて珍しいですね。」
正直本気で珍しい、と思う。何時でも自信ありげで俺の上から物事を見ている兄上のこんな顔は中々見る事が無い。
もしかして、フィリアの事でこれ以上何か悪い報せでもあるのかと僅かに緊張して見遣れば、いや、そうじゃないんだ、と苦笑を浮かべられた。
「…リリーシアの事なんだが、お前等が戻って来たら監視の理由も含めて全部話してやるよ。後、王家の話もな。」
「リリー…?」
そこでリリーの名前が出るとは全く思って居なかったので内心驚く。
確かに学園に居た頃から理由も知らされずに監視に付かせれて居たが、正直上司とも言える兄上に理由を問い詰める気は起きなかったし、紫苑さんだと知った後もどうせ聞いても煙に巻かれるだけだと諦めて居たので、積極的に理由を問うことは無かった。ただ1度だけ自分に限界が来て聞いた3年前だって、結局詳しい話は教えて貰って居なかったのだから。
「正直、何度か話そうと思った事はあったんだ。でも、フィリアの居ないお前にこれ以上精神的負荷の掛かる話をする事が出来なかった。…今思えば話した方が良かったのかも知れないけどな。」
「兄上…。」
苦い笑いを浮かべた兄上に、ああ、この人は本当に心から俺達の事を心配してるんだ、と言う気持ちが、心にストン、と収まった。
正直、小さい頃から何でも出来るこの兄が苦手で、前世を思い出してからは、更に苦手になった。前世で彼女が慕っていた年上の従兄弟を思い出すからだった。そして実は兄上がその従兄弟本人だと知った時も、ああやっぱり、と思った。そしてこの兄とは一生相入れる事は無いだろう、とも。
そして、思い出す。前世で雛が荼毘に付された、あの日。
『…っ…お前が!お前が雛を殺したんだ!…本当に、何で手放した…!俺は言った筈だ。手放す位なら手を出すな、と。』
泣きながら彼に言われた言葉がぐるぐると頭の中を巡る。
余りに反応の無かった俺に、理不尽だ、と怒鳴りつけて来た幼馴染。あれ程までに憎んで居た俺を彼が赦す事は、転生した所で無いと思っていた。フィリアとの事だって、本当の意味で認める事は無いだろうと思って居たのだ。
それなのに何度か折れそうになった俺を立ち上がらせたのは、彼だ。
「…兄上、ありがとうございます。」
「何がだよ、珍しい。というか気持ち悪いな。」
色々な意味を込めて礼を言えば、余りに脈絡が無かった所為か気持ち悪がられた。
それでも今、それが正直な気持ちだった。
ぽん、と造作も無く投げて寄越された書類も親書も、文字通り2年間諦めずに根回しをしてくれた結果だろう。今回の訪問だって姉上の懐妊も理由の1つだろうが、恐らく元々俺を行かせるつもりで準備を進めてくれていた筈だ。
本当に、感謝してもし切れない。
「…戻って来たら兄上の所に1番に伺いますよ。…2人で。」
「いや、そこは父上じゃないと不味いだろ、普通に考えて。」
笑顔でそう告げれば、兄上が笑いながら返してくる。
確かに、と返して笑うと、そんな俺の顔を見て再び兄上が笑みを浮かべた。
「…ロセ。フィリアの事、頼んだぞ。」
「言われなくても。…散々侮ってくれましたからね、念入りにお礼して来ないと気が済まないですし。」
そう言って笑ってやれば、兄上も一緒に笑う。
そうして最後に、俺の分も頼むわ、と一言言って兄上は部屋を出て行った。
それを合図に、俺も気持ちを切り替える。
まだフィリアを取り戻した訳じゃない。スタート地点に立てただけだ。まだ逢えた訳でもないし、不安は尽きない。それでも。
「…やっと、逢える。」
ぽつり、と漏らして拳を握る。
本当は、フィリアに逢いたいのと同じ位に怖い気持ちもある。
兄上はフィリアは心変わりして無い筈だと言ってはいたが実際の所は分からない。リリーとの噂で愛想を尽かされてる可能性だって十分ある筈だ。それ以前に、不可抗力とは言え俺はフィリアの事を9年も無視し続けた結果となった。その間にあちらの王太子に心を奪われてるかも知れない。そうなった時、俺はフィリアを奪い返せるのだろうか。
それでも。
「…待ってて、フィリア。」
あの日した約束を信じていてくれると、願っている。
そうして俺は部屋の扉を閉めて、カラントへと出立した。




