閑話.その時自国の王太子は何を思うか 7
「ああ、わざわざ悪かったね。」
「いえ、兄上のお呼び出しでしたら幾らでも。」
にこりとしたわざとらしい笑みを浮かべたロセに、この狸め、と思いながらも今日は部屋の中に文官が居る事を考え此方も対外的な笑みを浮かべて返す。
ロセと話をして2週間。
色々と根回しを済ませ、公的にロセを呼び出す。そして2週間ぶりに見たロセは、酷くすっきりした様な顔をしていて、その顔に俺は少し安堵した。
「お前に来て貰ったのは、少しお願いがあってね。聞いてくれるかな?」
執務机の上に指を組みながら、意識してにこりと笑いかけると俺の言葉に頷きながらもロセの頬か一瞬ひくりと引き攣る。俺以外には分からない様だが、修行が足らねぇな、なんて思いながら話を進めた。
「カラントから、王太子の成人の議へ私とティアを招待して下さると連絡があってね。私もティアも是非に、と思っていたんだが…実はまだ公には出来ないが、ティアの懐妊が確認されたんだ。」
「…それは…おめでとうございます、兄上。」
さらりとした妊娠の報告にロセは一瞬息を飲んだが、直ぐに笑顔を立て直した。その笑顔と立て直した時間を見てまあ、及第点だな、と思う。
「ありがとう。それでね、ロセ。私達の名代として、カラントに行って貰えないだろうか?フィルリア嬢とももう随分と会ってないだろうし、こちらの事は気にせず、少し時間を取ってあげるからゆっくりしてきたらいい。」
笑顔のまま告げた俺に、ロセは笑顔のまま鋭い視線を向けてくる。内心、器用だなぁ、と思いながらも此方も笑顔を崩さない。
「…分かりました。私で良いのであれば、兄上の名代、務めさせて頂きます。…しっかり御挨拶させて頂いて来ますので、御安心下さい。」
「ああ、宜しく頼むよ。」
にっこり笑って礼をするロセを見て、此方も笑みを返す。どうやらこちらの意図が正確に伝わった様で何よりだ。
そのまま退室して行くロセに目配せをし、あいつが密かに頷いたのを見て俺も仕事に戻った。
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「で?どう言うつもりですか、兄上。」
「昼間言った通りだが、何か問題あるか?」
日が落ちて、執務室に俺一人になった頃、音もなく現れたロセに笑みを返してやれば、今度は嫌な顔をされた。先程の顔とは大違いの顔に、思わず苦笑が漏れる。
「お前な、少しはそう言う顔隠す努力をしろよ。外交に行くやつのする顔じゃねぇぞ。」
「今更公の場でも無いのに兄上に愛想を返さなきゃいけない意味が一切分かりません。その場になればそれなりにやりますよ。それより、フィリアの事です。」
それより、で済まされてしまったが確かにロセの言う通りだ。そりゃそうだ、と軽く返して話を進めた。
「まあ…さっき言った通りだよ。例のカラントからの書簡に俺とティアを招待する旨が書かれてたんだがな、至極残念だがティアの懐妊で俺達は行く事が出来なくなった。だから、代わりに、お前に行って貰う、って事だ。」
代わりに、を強調して告げれば今度はロセが苦笑する。しかしその笑みをの中にも獰猛な雰囲気が見え隠れしている事に、思わず此方も笑いが漏れる。
「名代、って事は何かあれば責任は兄上って事で良いんですかね?」
「国1つ滅ぼしました、って責任じゃなけりゃな。」
「流石にあれは冗談ですよ。何年も覚えてるなんて流石兄上は聡明であられる。」
「…お前のその調子が戻って来た様で何よりだよ。」
苦笑しながらそう言ってやれば、ロセもまた苦笑を浮かべた。
自分の事は理解しているだろうし、口は出さなかったがここ2年は特に軽口を叩く姿なんて殆ど見られなかった。リリーシアの監視を外れた事でこの2週間色々と動き回って居る事は既に報告を受けていたが、それが良い効果を産んでいるのだろう。フィリアと別れてから付き纏っていた影の様な雰囲気が大分薄れている事に、密かに安堵する。
「まあ…冗談はさて置き、責任、だったな。コレやるよ。」
そう言いながらロセに二通の親書を投げてやる。訝しげに受け取ったロセが中身を見て目を見開いた。
「これは…此方は兎も角、こっちは良く手に入りましたね…。」
「その為に下準備に2年掛けたんだ。…舐めるなよ。」
素直に感嘆の声を出すロセにそう返してやりながら、にやりと笑う。
親書の中身は一通は俺とティアの名前でロセが名代である言う証明の為の物。そしてもう一通は父の名前でのフィリアとロセの婚姻を承認する旨の物だ。それに伴い帰国を促す内容まで付随させてある。
この2年間、ただ黙って見ていた訳では無い。
議会の承認や父への根回し、条件の取り付けに尽力した結果、カラントからもしフィリアを娶りたいと連絡が来た時点で、ロセとの婚姻の為に連れ戻す為の書類にサインする事を納得させた。元々父は転生者を国外に嫁がせる事を良しとしてなかった。その点を付いてフィリアが転生者である事を明かし、父と1対1で対話し話を進めて行ったのだ。
正直、元来の父の性格上、何故ここまでカラントに譲歩しているのかが分からなかった。舐められてるのも分かっていただろうに放置している理由を問うた時に、父は笑って言った。
『俺は最終的に勝つ為にあの国と今の遣り取りをしてる』と。
そこにはフィリアの意思もロセの意思も混在しない、純粋に国の王としての言葉だった。
元々この国に他国の王族を政略結婚として迎え入れる事は歴史上稀だ。それはそうだろう。他の国との政略としての利益よりも転生者の知識が他国に漏れるリスクの方が高い。
そんな中、俺がかなり無理矢理ティアを娶った事でカラントに対して少なからず負い目が生まれた。議会がロセの婚約者をカラントに送ると決めた時反対しなかったのは、カラントに対してこれ以上のアドバンテージを与えたく無かったからだったそうだ。母はフィリアが行くと決まった時随分と反対したそうだが、結局フィリアの意思と父の思惑が重なりカラントへ送る事となった。
正直、その話を聞いた時目眩がした。前にも自分の責任を感じたが、その時の比では無かった。結局、俺のした事が巡り巡ってフィリアとロセに降り掛かっていたのだと、痛感する羽目になった。
それでも、現状を嘆いても何も変わらない。
俺の行動の身代わりになった2人の為に、俺の力で出来る事は全てやった。そうして2年間下準備と根回しを進め、この時を待っていたのだ。
「父上から伝言だ。『元々譲歩は10年まで、と決めて居た。これ以上は無意味だ。あの国への全ての権利をくれてやるからやられた分やり返して来い』だそうだ。」
にやりと笑ったままそう言ってやれば、一瞬ロセが目を見開いた後獰猛な笑みを浮かべた。
「…言質は取りましたよ、兄上。」
「まあ…言っても無駄だろうが程々にな。くれぐれも滅ぼすなよ。…後、コレもやるよ。」
そう言いながらもう一通、書類をロセに投げる。
ぱらりと捲りながら目を細めたロセは、今後の動き方を考えて居るのだろう。獰猛な雰囲気を隠さず中身を読み込む姿に、ああ、もう大丈夫だろうな、と心の中で安堵した。
俺が渡せる駒は全てロセに渡した。
此処から先はロセの仕事だ。
次に会う時は、2人一緒の姿が見られるだろうか。
その時を心から楽しみに思いながら、俺はロセの姿を眺めた。




