転生令嬢、お茶会について考察する。
あれから、少しお父様とお話して分かった事。
今現在私の年齢は7歳、冬に誕生日を迎えて8歳になるらしい。自分の誕生日が分かった事は僥倖だった。
お父様が退席されて、温くなった紅茶をサラに入れ直して貰ってから思考の海に潜る。
(ロセフィン様は一昨年学園に入学されたのだから、今年16歳…いえ、17歳かしら?)
この国には学園と呼ばれる教育施設がある。
皆が普通に魔力を持っているこの国では、平民、貴族を問わず14歳を迎えた春に学園に入学する事になり、そこで成人の20歳まで学ぶ。
勿論貴族と平民が通う場所は別の場所になるのだが、それでも国民全員が学べる状態にあるこの国の識字率は他国に比べてかなり高い。
その為平民であっても能力さえあれば国からのスカウトで官職に着く、なんて事も少なくないのだ。
それが分かっているので皆かなり真面目に勉強する。そして、真面目に勉強した結果優秀な人材が多く揃う、と言う好状態を維持しているのだ。
(……転生者、だったのかしらね。王様。)
この政策を行ったのは、何代か前の国王だ。
当時はかなりの無茶、無謀と諌められたらしいと家庭教師から聞いた。
しかし国王が自信満々にそれを推し進めた結果が、現在の状況だ。それが無茶だったかどうかなんて、火を見るより明らかである。
当時、他の誰が反対しようと、強硬に推し進めた。まるで結果が見えていたかの様に。
それだけの自信と根拠は、果たして何処から来た物だったのか。
そう考えると、王様は転生者で識字率が高い状態のメリットを良く理解していた、と考えた方がしっくりくるのだ。
しかし何代か前の国王が転生者だったとすると、案外他にも居るのかも知れない。
そこまで考えて、フィリアは頭をゆるりと動かしてため息を吐いた。
まだ記憶が混乱しているのか、どうにも思考が逸れがちだ。
今考えるべきが他にある事は、分かっている筈なのに。
ゆるゆると頭を振って、思考を切り替える。
(まずは、目先のお茶会からよね。)
そう頭の中で宣言すると、今回のお茶会の主役について思いを巡らせた。
ロセフィン様は武の英雄と言われるだけあり、その武力とカリスマ性で男性からの人気も高い。
然しそれとは別の意味で、更に女性からの視線も集めているのだ。
少し癖のある、艶やかな黒髪に長い睫毛。アメジストの瞳と薄い唇はいつも笑みを形執っており、その爽やかな笑顔に恋心を抱くご令嬢は少なくない。
その為、特に歳の近い婚約者にもなれるであろう立場のお姉様方に、公私問わずよく囲まれていた。
そんな人気のあるロセフィン様は、当然本来、婚約者が決まっていてもおかしくない年齢だ。
寧ろ立場上決まってない方がおかしい程。
内々に決まっているのか、候補すら立っていないのかは明らかにはされて居ないが、それでも超優良物件であるロセフィン様は現在公にはフリーの状態である。
見目麗しく、性格も良い武の英雄。
年頃の女性からすれば婚約者を狙うなと言う方が無理な話だろう。
そこに来て今回のお茶会。
恐らく、城の方での何らかの審査を通ったお姉様方が集められてお茶会と言う名のお見合いをするのだろう。
(でも、何で私もなのかしら……。)
ロセフィン様と私は、少なくとも9歳の年の差がある。
それこそ、同い年や数歳違いで同じ学園に通っているお嬢様方からも好みの女性を選びたい放題である筈のロセフィン様に、私の様な年齢の子供を当てがおうとする理由も思い当たらない。
(まあ、ロセフィン様も好き好んでロリコンの誹りを受けたくは無いだろうし…問題無いわよね。)
お父様もエスコートだけで仕事に戻ってしまわれるだろうし、必要以上にロセフィン様に近付けばきっと本命のお姉様方に睨まれてしまうだろう。
当日は挨拶だけして人数合わせは隅で大人しくしておこう。
前世で連れていかれた慣れない合コンと同じ様にして居れば問題無い。
そう自分を納得させて、僅かに気が楽になったフィリアはふと、ロセフィンと最後にお茶を飲んだ時をを思い出す。
初恋の様な物を感じていた、もう3年以上姿を見ていない相手。
あの時はまだロセフィン様も13歳で、お兄さんの様な、子供のような曖昧な時期だった。お城でお父様を待つ間、子守りを買って出てくれた優しい王子様。
お父様と離れたがらない私をおいで、と優しく抱き上げてくれて、柔らかな笑みを浮かべたまま中庭に案内してくれた。
そこでロセフィン様と2人で、お茶を飲んだのだ。
(超美形にそんなに優しくされればそりゃ皆、恋ぐらいしちゃうわよね)
きっとロセフィン様は天性の人たらしに違いない。
子供にも優しく、女性にも紳士的な完璧王子。
あの人に愛されれば、きっと幸せになれるのだろうと無条件に思わせてしまう。
だからこそ皆、その1つの椅子を争うのだ。
まあ、だからと言ってなる気も無い婚約者争いに巻き込まれるのはゴメンなのだけれども。
ふと、視線を上げるフィリアに、タイミングを測っていたであろうサラが、そろそろお休みになられませんと、と声を掛ける。
どうやら記憶が戻ろうが戻るまいが、自分の思考に潜ると反応が無くなる癖は変わらない様で、思わず苦笑を漏らした。
笑うフィリアを訝しげな表情で見詰めるサラに、そうね、と一声だけ掛けてベッドの中に潜り込んだ。
憂鬱だったお茶会だか少しは前向きに考えられるかも知れない。その点に安堵を覚えて目を閉じると、まもなく睡魔が襲って来る。
意識を手放す直前、あの彼の自分を呼ぶ甘い声が聞こえた、気がした。
※修正→主人公と王子の年齢差を7歳から9歳に変更しました。