閑話.その時自国の王太子は何を思うか 2
俺の前の名前を聞いたロセが、苦々しい表情を浮かべる。それはそうだろう、コイツが前世で俺の事を内心苦手に思っていた事を俺は知っている。
フィリア―――雛と従兄弟だった俺の事を、時に敵意を持った瞳で見詰めていた男の名前を思い出す。
「そっちから自己紹介はして貰えなそうだからな。勝手に本題に入らせて貰うぞ。……ああ、因みに俺はお前の昔の名前を知っている。なあ、結城?」
結城 拓斗。雛の恋人で、俺達の幼馴染であり、死の原因を作った、人物。
睨みを効かせながら誤魔化しは聞かないぞ、と暗に脅しを掛けると、ロセは詰めていた息を吐き出し、少し感情の戻った瞳で俺を見詰めた。
「…兄上が紫苑さんだとは、思いませんでしたよ。道理でフィリアが懐く訳だ。」
苦々しく吐き出された声に、僅かに眉を顰める。道理で、と言う事はコイツはフィリアの中身が雛だと言う事を知っている。その上で婚約者に据えたと言う事か。
「いつから、フィリアが雛だと知っていた?」
「…本人に確認した訳じゃ無いんで厳密には知っている訳では無いですけどね。僕がフィリアを雛だと思ったのは、フィリアが3歳の頃ですよ。…謁見室で初めて会った時、その時点で彼女が雛だと感じたんです。」
「謁見室…ああ、あの時か…。」
俺自身がフィリアを見てゲームを思い出した時、コイツはフィリアを見て雛だと確信した。要するにあの挨拶の時が、色々な意味でのターニングポイントだったと言う事だ。
それにしても、と思う。
婚約を押し切った時にロセがフィリアに強い執着を持っている事は知っていた。それが何処から来るのか、とは思っていたが、まさか本当にフィリアの言っていた事が正解だとは思わなかった。
いや、思いたくなかった、だけなのかも知れないけど。
ただ、それでも俺は前世で拓斗が雛にした事の責任をロセに取らせる気は毛頭無かった。雛と拓斗の話は、言ってしまえば昔の話だ。本人達はどう思っているかは分からないが、その責任を今のロセに取らせる事はロセとしての人格を否定する事の様な気がしたのだ。コイツは、ロセフィンであって拓斗では無いのだから。
だから、あの時コイツになら任せて大丈夫だと、思った。フィリアがロセに対しての疑問を口にした時、前世がどうであれ、あの頃のコイツの態度ならフィリアにとって悪い事にはならないだろう、と判断したのだ。
然し、目の前に居るロセにフィリアを任せて大丈夫なのか。
今そう問われれば、俺は判断出来ない。
諦めの様な表情。本来のロセなら連絡が取れない時点で何としてでも会いに行っているだろうに、それをしない今目の前に居る男は自分の知っているロセとも結城とも違う人間に見えた。
強制力。
その言葉が頭を掠める。
俺自身は余り影響を感じないが、ロセに関しては特に顕著に影響が出ている気がする。フィリアが居た頃の夏休みのイベントも、今となっては取り返しがつかない程独り歩きしている失敗も、全て。本人の意思が絡んだ上で強制的にその行動に対しての結果を動かされるのだから、質が悪過ぎる。
そして1つ疑問に思う。ゲーム期間はロセの卒業と共に終わった筈だ。リリーシアは誰とも付き合う事も無く卒業を迎えて自宅に戻り、今は余りロセ自身が公の場に出てない事をいい事に、誤解を与える様な表現で周囲にロセとの仲を触れ回っているらしい。
何故そこまでロセに執着する理由は分からないが、それに関しては実は俺の知らないゲームの内容が、まだ有るのかも知れない。ヒロインの立場である、彼女しか分からない、何かが。
「…なあ。フィリアに会いに行きたいか?」
俺の言葉に、ロセが目を見張る。俺からそんな言葉が出てくるとは思わなかったのだろう。俺自身今のロセを連れてカラントに行く気は無いが、その決意があるのかどうか。それを俺は見極めなければならない。
「…会いに行きたく無い筈が、無いでしょう…!直ぐにだって、会いたい。会って抱きしめて、あんな事書く程不安にさせた事を謝って、今までの分も甘やかしてやりたい…!」
「…6年間自力で会いに行く気配も無かったのにか?」
叫ぶ様に感情を吐き出すロセに厳しい言葉を投げれば、ロセが目を見開いて唇を噛んだ。自力で会う、と言う選択肢が無かったとは言わせない。最初の4年間は学園に居た以上無理かも知れないが、残り2年は違う。長期の視察に出ている事はわかっているが、無理にだって会いに行こうと思えば、行けた筈だ。
「…結城。俺は前の時もお前に言った筈だ。簡単に手放せる様な存在なら手を出すな、とな。…今回のお前は、どっちだ?」
敢えて前世の名前で呼びかけ、睨め付ける様な視線を向けるとロセの顔がくしゃりと歪む。
「…っ…簡単になんて手放せる筈がない…!雛が俺の前から居なくなった時、死ぬ程後悔した!今世で俺の前に雛が戻って来てくれた以上、手放す選択肢なんて存在しない…!」
叫ぶ様に吐き出された言葉にコイツの本気が滲む。最近では余り見なくなって居た感情を吐露する姿に、フィリアを全力で囲い込んでいた頃の姿が重なった気がした。
「6年間結果として放置したのは、お前の怠慢だ。お前自身が出来なくても、何か方法は有った筈なんだ。それをしなかったお前は、普通に考えて6年も経てば愛想尽かされていて当たり前なんだよ。…それでも、お前はアイツを手放さないのか?」
「…当たり前だ。手放せる筈が無い。」
敢えて厳しい言葉を選んで投げ掛けたが、それでもコイツは揺るがない。ああ、これだ。本来のロセに感じていた、フィリアに焦がれて、求める姿。…この愚直に追い求める姿を、俺は見たかったのだ。
「分かった。…取り敢えずは、納得してやる。」
「…紫苑さん…?」
俺の言葉に、ロセが困惑した表情を浮かべる。その顔には俺が納得するなんて有り得ないと思っていた、という意識がありありと浮かんでいる。
「ただし、この6年間何をして何を思って、どう言う状況にあったのか、洗いざらい喋って貰うぞ。お前とフィリアの婚約維持の為に動くかどうかは、聞いてから決める。」
「…その程度で貴方の協力が得られるなら、喜んで話しますよ。正直、僕自身どうして、とか今の状態に至った経緯とか、きちんと把握しきれて無いんです。」
「…分かった。取り敢えず学園に居た頃の状況整理から始めるぞ。」
そうして、俺達は長い長い話を始めた。
ただ、その時は、予想すらしていなかったのだ。
此処からまた3年間。
俺すらフィリアと連絡が取れなくなるなんて、この時は全く考えてもいなかった。




