転生令嬢、9年振りの婚約者について考察する。
「何故…?」
漸く復帰した私の口から最初に出てきた言葉は、それだった。
「王太子の名代だとよ。」
「兄様の…?」
さらりと答えられた理由に、少し違和感を感じるのは気の所為だろうか。名代と言う事は此方に来れない理由でもあるのか。確かに兄様は立場上余り城から出なかったが、ここぞと言う場面で出て来ないのは、兄様らしくない。
「姉上が懐妊したんだと。それで王太子夫妻が来られなくなった代わりにお前の婚約者が来る事になったと、今朝親父から聞いた。」
「…そう、なの…」
何処までも理由が兄様らしくない気がするが、まあ、そんな物なのかも知れない。兄様とも最後に遣り取りがあったのはもう3年前だ。私の知る兄様と考え方に違いが出るには十分な月日と言えるだろう。
「……逢いたいんじゃないのか?」
もっと私が喜ぶと思っていたのか、エドは複雑そうな顔を向けてくる。
嬉しくない訳では、ない。……筈だ。
ただ、9年も会っていないのだ。ロセ様が私の事をどんな風に思っているか確信が持てなくて、正直怖い。もう私の事がなんてなんとも思っていなくて、噂通り私と婚約破棄す為に訪れるのだとしたら。
私の表情が不安そうに見えたのか、エドがぽん、と私の頭に手を置いて慰める様に撫でる。
私の事が心配だ、と見るからに分かる表情に、少し苦笑が漏れた。
エドは本当に真っ直ぐだ。
王太子としての重圧もあるだろうに、それを感じさせない明るさに私は何度も救われていた。9年前、頼れる人がサラしか居ない状況で不安を感じていた私を色んな所に連れ出したり遊んだりして面倒を見てくれたのは彼だった。正直最初は私は7歳とは言え前世の積み重ねがある分老成している自覚があったし、ただの9歳の子供だった彼と付き合う事に子供の面倒を見るような気分になっていたのは事実だ。
それでも、彼は私を構い続けた。彼から見たら年下の、可愛げのない私を飽きもせず笑いながら相手し続けてくれたのだ。
だから、そんな事があるから私も彼には甘い。毎朝行われている冗談の様な求婚も、本当の意味で拒絶出来てはいないのは、事実だった。
「逢いたくない訳では、ないの。寧ろどちらかと言われれば逢いたい。」
不安顔のままそう告げれば、ふぅん、と面白くなさそうな顔で返される。
「なあ、第二王子ってどんなやつ?」
「どんな…って言われると困るわ…。」
多分、対外的に見るロセ様と私の知るロセ様は少しズレている。そして今のロセ様の事は、私は何も知らない。
「…私の知ってるロセ様は、優しい人。でもちょっと嫉妬深くて、私の事を1番に考えてくれる人…。」
『君のためなら、星だって手に入れてあげるよ』
あの星空の下、微笑みながらそう言ったロセ様の
顔が思い出される。あの時確かに私を好きだと言って、抱き締めてくれた。少し私より高い体温も、まだ少し高さの残るテノールボイスも、何もかもが懐かしい。今思えば私はあの時既にロセ様の事が大好きだったのだ。
「…1番に考えてる奴なら、もっと連絡寄越すと思うけどな。」
ぼそり、と呟くように響いたエドの声に、僅かに顔が歪む。そんなの、エドに言われなくても理解してる。
「そんなの、言われなくても分かってるわ。…でも、信じていたいのよ…。」
それが私の本心だった。今の状態は、ゲームの強制力が働いている可能性も高い。昔兄様が言っていた様に、それがロセ様の意思だけで回避出来るかは分からない。それでも、私の為に動く、と言ってくれた彼を、私は9年間待ち続けているのだ。
「なあ、そんな薄情なヤツ辞めてさ、俺にしろよ。」
真剣な表情で言われ、心がドキリと音を立てる。何時もの巫山戯混じりの求婚とは違う本気の声に、僅かに戸惑った私を見て、エドは人好きのする笑顔で笑う。
「もう、9年も此処に居るんだし、ずっと居れば良いだろ。お前なら親父も反対しない。」
「…ごめんね、エド。私はあの方の婚約者だから。」
「もう、望まれてないとしてもか?」
「……うん。例え望まれて無くても、噂が本当だったとしても、私が好きなのはあの方だから。」
だから、ごめんね、と言った私の言葉に、エドは苦々し表情を浮かべた。エドはきっと、クロージアで囁かれている噂も知っている。ロセ様は城に本当に愛する令嬢を囲っていて、あの当時彼女を犠牲にしたくないから私と婚約して私をこの国に送ったと言う噂。本当は違う、と私自身は知っているけど、それをエドに納得させられるだけの材料は、今の私には存在しない。
落ち込んだ私を慰めるかのように頭を撫でていたエドは、1つ溜息を吐いてにっ、と笑った。
「…ま、いいさ。実際そいつに会ってみればどんな奴か分かるだろ。だだし、リア。」
「…何?」
「お前は冗談だと思ってるかも知れないが、俺は本気だ。親父にも伝えて、お前の国にも婚姻を望むと言う書簡を送ってある。だから、もしそいつが噂通りお前を蔑ろにする様であれば、俺はその場で直接お前と婚約解消する様に伝えるつもりだから。」
「は…?」
考えてもいなかった事を一気に言われて、思考が追いつかない。
本気?書簡を送ってる?婚約解消って誰と誰が?
次々と疑問が浮かび間抜けな声しか出ない私を、エドはニヤリと笑って見詰める。
「…覚悟しておけよ、リア。」
そう言ったエドの顔がやけに近い。そのまま紫紺の瞳が近付いて来たかと思うと、反応出来ずにいた私の唇に柔らかな感触が当たった。
「じゃあな、リア。愛してるぞ。」
そう言って素早く立ち上がったエドは、そのまま手をひらりと振って去って行く。
「…え、ちょ……は…?」
後に残された私の間抜けな声が書庫の中に、融けた。




