フラグは前置きなくやってくる。
主人公のセリフを全て平仮名からある程度漢字に修正しました。平仮名の長セリフって読みにくいよね…!
ノックと共に開かれた扉の先に居たのは、お父様だった。
私とは違う銀髪に、私と同じ青い目をした、歳を重ねても衰えない美貌。記憶の中にあるお父様と見比べるかの様に改めてまじまじと見つめて見るが、やはり子供が居る様には見えなかった。
30半ばを過ぎた今でも、社交界ではお嬢様方の熱い視線に見詰められて居るらしい、とはメイドのサラの意見である。
最もお父様は誰もが認める愛妻家で、夜会の間もお母様を一時も離さない為他の女性の付け入る隙は無い様ではあったが。
「やあ、フィリア。少し良いかい?」
美しい顔でにこりと笑いながら近付いて来たお父様が、私の横に座る。
「お茶の時間だったのかな?邪魔をしてごめんよ。」
「いいえ。お父さまが来てくださってうれしいですわ。」
私もにこりと笑って返したつもりだったが、ちらりと見た鏡の中の自分は余り笑っている様には見えなかった。
今世でも私の表情筋は行方不明らしい。
前世でした苦労を思い、心の中で密かにため息を吐く。
それでもお父様には笑った事が伝わったのであろう。更に相貌を崩し私をひょい、と膝の上に抱き上げた。
「フィリアにそう言って貰えると嬉しいよ。私のお姫様。」
甘い言葉に僅かに顔を赤くすると、それがまた楽しいと言わんばかりにお父様はクスクスと笑った。
「先日、少し話してあったと思うんだが今日正式に招待状が届いてね。フィリアに渡しておこうと思って持ってきたのさ。」
そう言いながらお父様が懐から出した手紙の封蝋には、王家の紋章が描かれていた。
そう言えば、と前世と今世ごちゃ混ぜになった記憶の中から先日お父様にお茶会の打診をされた事を思い出す。
第2王子の生誕祭を前に少数の令嬢を招いてお茶会を催すと言う話だった筈だ。
少数の令嬢、と言う点に少し引っかかりを覚えたが、宰相というお父様の立場上打診があれば断れない事は目に見えていた。
幸い第2王子とは幼い頃から面識がある。
婚約者候補かと言われれば歳が離れすぎているが、公爵家令嬢と言う立場上付かず離れずの距離で仲良くさせて頂いていた事も事実だった。
「ロセフィン様のお茶会でしたわね。もちろん、つつしんで参加させていただきます。」
私の言葉に安堵したのであろう。お父様が頷きながら私の手の中にぽん、と招待状を置いた。
「ロセフィン殿と会うのは久々だろう。きちんとエスコートしてあげるから、心配しなくて良いからね。」
私も久々にお会いするしね、と言いながらぱちんと音がしそうな位の見事なウインクをしたお父様は、私の頬を撫でた。
小さい頃から、私を甘やかしたい時のお父様の癖である。
「お父さまもロセフィン様にお会いするのはひさしいのですか?」
少し疑問に思いながらそう口にすると、お父様はそうだね、と言いながら答えてくれた。
「ロセフィン様は3年前の遠征に参加しておられただろう。その後戻ってきて直ぐに学園の方へ入学されたので、私もお会いする機会が無かったんだよ。」
3年前の遠征。
そのキーワードに、なるほど、とお父様に頷いて返す。
3年前、辺境で大規模な争いが起こった。
その時活躍されたのが、当時まだ14歳だったロセフィン様だった。
この国では第1王子は知の英雄、第2王子は武の英雄と言われている。
次期王太子である第1王子のルカ様は殆ど城から出る事は無い。
その代わり第2王子であるロセフィン様はその多大な魔力とカリスマ性で騎士団の要として戦に出向いている。勿論、魔力だけではなく今では騎士団長すら及ばないと言われる程の剣の腕で何かあれば誰よりも前線で指揮を執っておられるのだと聞いた事があった。
「それでは、今回はがくえんから戻ってこられるのですか?」
「ああ。生誕祭の為に戻って来るそうだ。学園も夏休みに入るしね。」
「なるほど、それはお姉様方がお喜びになられますね。」
そうぽつりと零すと、お父様は少し吃驚した様な瞳で私を見詰めた。
何かおかしな事を言っただろうか?
そう思い首を傾げれば、お父様が苦笑を零した。
「フィリアはロセフィン様にお会い出来て嬉しくないのかい?」
「ああ…いえ、うれしくない訳ではありませんわ。ただ、今回のお茶会はこんやくしゃこうほのお姉様方がよばれているのではないかと思ったのです。他の公爵家のごれいじょうが呼ばれて私が呼ばれないのは要らぬあつれきを生みかねませんので、けいしきじょう私も呼ばれたのかと。」
そう説明すれば、お父様の苦笑がますます深くなる。
「私のお姫様が形式上で呼ばれる訳が無いだろう?ロセフィン様とは公では無いにしろ面識も有る訳だし、しっかりと招待を受けているから安心して?」
ね?と言いながら私の頬を撫でるお父様に、形だけ頷きながら心の中で今度は私が苦笑する。
どうやらお父様は私が人数合わせで招待されている事を憂いてると思っているらしい。
正直、行かなくて良いなら行きたくないんだけどな。なんて心の中だけで思う。
確かにロセフィン様は、小さな私もレディとして扱ってくれる、素敵な方だ。にこにこと笑いながらお茶を飲む姿は武の英雄、なんて呼ばれてる様には思えない位で。仄かな初恋、に近い感情を持っていたと思う。
ただ、それは前世を思い出す前の私の感情だ。
今、前世を思い出してしまった私にはどう考えても王子様のお茶会なんてフラグにしか思えない。
死亡フラグなのかどうかもよく分からないけれど、君子危うきに近寄らず、の精神で全力で回避したい案件だ。
(それに……。)
先程思い出してしまった記憶に、またズキリと胸が痛む。
前世で大好きだった彼。
あの時私は、苦しい位の、恋をしていた。
その感情を思い出してしまった今の私には、王子様に恋心を抱く事が出来ない。もう会う事も出来ないと分かって居ながら、その思いを捨てられないのだ。
(まあ……どの道お父様の立場上難しいわよね。当日病気になる位しか回避の方法がなさそう。)
しかし残念な事に私は表情筋は死んでいるが、他は健康優良児だった。当日病気での回避はほぼ不可能だろう。
そんな事を考えながらもお父様にはありがとうございます、楽しみです。と答えるに留める。
しかし、私は知らなかったのだ。
この時点で数数え切れない程のフラグが乱立して居ることも。
そのフラグをへし折る所か、無抵抗で翻弄されてしまうと言う事も。
本当に、私は知らなかった。




