デートの約束は、ときめきと共にやって来る。
「さて、フィリア。」
兄様が出て行った扉を見遣った後、ロセ様に見詰められる。
何だろう、と首を傾げれば、徐ろにロセ様が立ちあがり、先程まで兄様が座っていた席に座る。
2人しか居ないのに横並びになり、何となく気恥しい。
そしてそのまま、ぎゅうっ、と力を込めて抱きしめられる。
「…っ!ロセ様!?」
無言で抱き締められ、恥ずかしさの余り抗議するが聞き届けて貰えない。
「ダメ、フィリアを補充してんの。」
「補充って…」
困惑した顔を向けると、ロセ様の紫の瞳と眼が合う。相変わらずの、綺麗な色。
「本当は、今日手紙を送って逢いに行くつもりだったんだよ。…リリーのお陰で出来て無かったけど。」
拗ねた様に言われ、思わず苦笑した。
それでも全身で、逢いたかったと言われている様で、少し嬉しくなる。
私を抱き締めら続けているロセ様の頭に、そっ、と手を伸ばす。
その感触に、一瞬ロセ様が驚いた様な顔をするが、直ぐに笑顔に変わった。
いつもロセ様がしてくれる様に、癖のある黒髪を撫でる。
「…おかえりなさい、ロセ様。」
「ただいま、フィリア。」
微笑みながらそう口にすれば、ロセ様が嬉しそうに笑って答えた。
「…で、フィリア、何で兄上とあんなに仲良くなってるのさ。」
「何でと言われましても……」
暫くしてやっと離してくれたロセ様と横並びでお茶を飲んでいると、急に思い出したかの様に拗ねた様な声で言われ、苦笑する。
余りに気安い、と言う事だろうか。
確かに兄様が気にせず接してくるから忘れがちだが、あの方はこの国の王太子殿下だ。
気安いのは事実だが、それでも兄様が望めば、私は逆らう事は出来ないのだ。
「ルカ兄様に、星祭の事を教えて頂いたのです。事前に情報が無いと大変だろう、と。その際、少しお茶を飲ませて頂いたのですわ。」
言われた内容には納得しているのだろうが、それでも面白く無さそうな顔でふぅん、とロセ様が呟く。嘘は言っていない。他にも色々話した、と言う事実を省いただけで。
「まあ、兄上も気に掛けて下さってるんだろうけどさ。うちは男しか居ないし、兄上も今までそこ迄女性に優しいイメージが無かったからね。少し意外だよ。」
「…私がまだ、小さいからではないでしょうか?」
「それにしても、気に入られてるのは間違い無いね。フィリアは僕の物なのに…。」
「私は物ではありませんわ、ロセ様。」
どさくさに紛れて自分の物宣言をするロセ様に直ぐに突っ込みを入れたが、それを聞いたロセ様が、ふと思い至ったかの様ににやりと笑う。
「ふぅん、僕の、って所は否定しないでくれるんだ?」
「っ…!」
少し嬉しそうに笑いながら言われて、頬が赤くなる。そんな顔で笑われたら否定も肯定も出来ないじゃないか。
「ロセ様の意地悪。」
何と言っていいのか分からず、何とか言葉を絞り出してぷいっ、とそっぽを向けば、その様子が可笑しいのかロセ様が更に笑って私の頭を撫でる。未だ治まらない頬が、熱い。
「ごめんごめん。余りにもフィリアが可愛かったからさ。」
笑いながら話を戻そうか、と続けてくれるロセ様に、私も頷いて返す。
「星祭の公式的な予定は、まあ聞いたかも知れないけど座ってるだけなんだよね。ただ、今回フィリアはお披露目の意味もあるから少し大変かもね。」
「ルカ兄様にも言われました。拘束時間が割と長めだから覚悟しておく様に、と。」
「そうだね。まあ長いけど、宵闇の前には終わるから。」
だから、頑張って、と言いながらロセ様は頭を撫でる。
「大丈夫です。一応家庭教師の先生からもマナーについては太鼓判を頂いております。ロセ様の恥になる様な事にはならないと思います。」
そう宣言すると、ロセ様が一瞬きょとん、とした顔の後可笑しそうに笑う。
「いや、フィリアのマナーに関しては一切心配して無いよ。そこはそんなに気にしないで。」
クスクスと笑いながら私を撫でるロセ様に、じゃあ他に何を気にするのか、と視線で問い掛ける。
「フィリアは、ただ座っててくれればいいよ。僕の横で、星祭を楽しんで?」
ね?と言いながらロセ様が私を覗き込み、再び頭を撫でた。
この、子供扱いされてるのか愛でられてるのか分からない行為に、微妙に落ち着かない気分にさせられるのは内緒だ。
「ただ、どうしても帰る時間は遅くなっちゃうね。此方の都合で申し訳無いんだけど、その辺は…」
「あ、いえ。ロセ様。」
ロセ様の言葉を途中で遮って声を掛ける。どうやら、城に泊まる件はロセ様には伝わって無いらしい。ん?と首を傾げるロセ様に、説明の為口を開く。
「私、星祭の日はお城に滞在させて頂ける様なのです。ルカ兄様がそう取り計って下さると。なので、」
とそこ迄言ってロセ様を見遣れば、ぽかん、とした顔をしている。何かそんなに変な事を言ったのだろうか。
「兄上がそう提案したの?泊まっていく様にって。」
「ええ…遅くまで拘束して疲れるだろうから、と。…何か拙い事でもありましたでしょうか?」
父様も母様も許可して下さったので気にしてなかったが、何かマナー的に問題でもあったのだろうか。不安に思いロセ様を見遣れば、ああ、違うよ、大丈夫。とロセ様が笑う。
「いや、フィリアは分からないかも知れないけど、兄上は王族区に余り人を入れるのを良しとして無いんだ。確かに機密とか警護とかの観点上入れないに越したことはないからね。だから、泊まっていけ、なんて言うから驚いただけ。」
「それは…流石に王族区では無いのでは?一般区の方に客室もありますし、其方に泊めて頂ける、と言う事なのでは…」
「兄上が泊まれる様に取り計らうって言ったんでしょ?それであれは王族区の筈だよ。婚約者とか、他国の王族を泊める為の部屋とかは有るんだ。ただ、兄上が自身の婚約者を含めてそこに人を泊める許可を出したのは見た事が無い。」
そこ迄言って、本当に気に入られてるんだねぇ、と少し面白く無さそうにロセ様は苦笑した。
何だろう、ロセ様は余り城に泊まって欲しく無いのだろうか。
珍しく煮え切らないような表情のロセ様に、不安が頭を擡げる。もしかしたら、もう既にリリーシアと星祭の約束をしているのだろうか?
「…ロセ様は、余り泊まって欲しくないのですか?それであれば…」
「いや!違うから!」
ルカ兄様に言って辞退します、と続けようとしたが、ロセ様に強い調子で遮られる。
「泊まって欲しく無い訳じゃないよ、勘違いしないで。」
「ご迷惑になりませんか…?」
「全然迷惑じゃないよ。…だだ、フィリア。」
そう言いながら、真剣な眼を向けられる。
その、余り見ないロセ様の表情に、思わずドキリと心臓が跳ねた。
「…には」
「…?」
「…兄上には、夜、絶っっ対!近づいちゃダメだから!」
「……は?」
一瞬何を言われているのか分からずぽかん、と間抜けな表情を浮かべてしまう。…この人は何を言っているのだろうか…。
そんな私を後目に、ロセ様は堰を切ったように話し始める。
「ホントに!近付いちゃダメだから!何されるか分かんないよ?兄上から泊まれだなんて、ホントに何考えてるんだか…フィリアの泊まる部屋って僕の部屋に近いんだっけ?何かあったら直ぐに呼ぶんだよ?…ああ、それならいっそ僕の部屋に泊めてしまえば…」
「ちょ、ロセ様…!ストップ!ストップ!」
どんどん勢い付いて行くロセ様に思わずストップを掛ける。
どうやら心配してくれているようだったが、それは無駄な心配だと思う。だって兄様だし。私子供だし。寧ろロセ様の部屋に泊まる方が問題有る気がするが、気の所為だろうか。
私のストップを聞いて、はっ、と我に帰ったらしいロセ様だったが、それでも心配そうな視線を向けてくる。その様子に思わず苦笑が漏れた。
「ロセ様が心配する様な事は、何もありませんわ。ルカ兄様はリリーシア様の事で心配して下さってるだけですから。」
そう言って微笑んで見せれば、やっと少し落ち着いたのかロセ様が笑顔を見せてくれる。
「そっか。…まあ、その感じだと兄上からリリーの事聞いてるのかな?」
「えっと…」
少し言い淀んでから、慎重に言葉を選ぶ。
ゲームの話を兄様がどの程度ロセ様に伝えているのかは分からない。転生者の話はしていないと言っていたので、であればリリーシアを監視している、と言う部分だけの筈だ。
「ルカ兄様の命令で、リリーシア様をロセ様に監視させている、とは伺っております。なので、必要以上にロセ様がリリーシア様を構っていたとしても俺の所為だから、と。」
「そっか、そこまで聞いてたんだね。ホントに気に入られてる。」
苦笑を浮かべてロセ様が私の頭を撫でた。嫌な思いさせてるかも知れないけど、と言い置いてから話を続ける。
「兄上の命令の中で、リリーシアをなるべく好きにさせた上で監視する様に、と言われて居てね。この間のはまあ…好きにさせ過ぎてフィリアを傷付けちゃった。ゴメンね。」
「もう気にしておりませんわ。」
ロセ様の方が、大分引き摺って居るのだろう。安心させる様に笑って見せれば、ありがとう、とロセ様も笑ってくれた。
「まあ…そんな理由もあって、今まではリリーに好きにさせてたんだけど…でもフィリアと婚約したんだからこれからはある程度で断る事にするよ。フィリアを泣かせるのは嫌だし、この間の失態で嫌って程身に染みたからね。」
苦笑を浮かべて私の頭を撫でながら、ロセ様はだから、我慢しないで嫌なら教えてね。と私に笑った。
その笑顔に、胸がドキリと高鳴る。
「…あの、ロセ様。でしたら1つ、お願いがあるのです。」
「フィリアのお願いなら、何でも叶えるよ。言って?」
にこりと笑うロセ様に、覚悟を決めて、その言葉を唇に乗せる。
「あの…出来れば、でいいのですが…星祭の日、公式行事の後私にお時間を頂けないでしょうか?」
「え?」
予想外だったのか、きょとんとした表情を向けてくるロセ様に意識して微笑んで見せる。私の表情が、少しでも伝わる様に。
「2人で、星祭が見たいのです。私実は今まで星祭を余りきちんと見た事が無くて…ですから、ちゃんと見てみたい。ロセ様が宜しければなのですが…」
段々恥ずかしさが増してきて、最後の方はぼそぼそと喋る様になってしまったが、伝わっただろうか。
羞恥で染まっているであろう顔を向けながら、ロセ様を見れば目が合った瞬間、ロセ様が嬉しそうに破顔した。
「それはつまり、僕と、デート、してくれるって事?フィリア。」
「…えっと、…と言うか…はい……」
確かめるかの様に区切って言われて更に恥ずかしくなる。
それでも絞り出す様に肯定すれば、ロセ様は更に嬉しそうに笑う。
「分かった、約束。公式行事の後、君の部屋まで迎えに行くよ。一緒に星祭を見よう。」
「…ええ。お待ちしてます。」
嬉しそうに笑うロセ様に、私も嬉しくなる。
ふわふわとしたいい気分で微笑めば、ロセ様の顔が一瞬の後、赤く染まった。
その様子がなんだか可笑しくて、久しぶりに私も、心から笑った。




