閑話 .その少女の兄は、過ぎた時を思う
自分が転生なんて、何の冗談かと思った。
自分で言うのも何だが俺は割とリアリストだと思う。心理学なんて学んでは居たが自分が死んだ後どうなるか、なんて考えた事も無かったし、寧ろ死んだらそれまでだと思って居た。
自分の前世を思い出したのは、10歳の頃だ。
既に次期王太子としての教育を施されて居た俺は、この国の王族に転生者と言われる、前世を覚えている人間が過去多く存在しており自分の父もその1人だと教えて貰った。
その勉強の一環で過去の功績、事業、知識など、機密書類をパラパラと捲りながら勉強をしている時、ふと、俺はコレを知っている、と不思議な感覚がした。
そしてその瞬間、前世の記憶と知識が、俺の中に流れ込んできたのだ。
正直、前世を思い出しても特に混乱は無かった。性格自体は昔の俺と今の俺はそう変わらないし、何しろ自分の親も含め血筋的にそう珍しい事でもない。
ああ、そうか。位にしか思わなかったと思う。
ただ、一瞬何とも言えない違和感を感じたが、すぐに忘れた。
2度目の違和感は、その何年か後。
「おはつにおめにかかります。リンドノートけがちょうじょ、フィルリア=アルフリア=リンドノートともうします。」
謁見の間で宰相であるリンドノート公に連れられて頭を下げる彼女。
その、名前を聞いた時違和感の正体に気付いた。
あの子は、悪役令嬢だ。
そしてこの世界は、ゲームと同様の世界だとも。
1度思い出してみれば、符合が重なる事ばかりだった。
この国の名前も、少し年下の弟の名前も、そして自分の名前も。
弟が学園に入って2年後、ゲームが始まる。
確かゲームのヒロインは男爵家の養子として、学園に入る。そして、恋と言う名の我儘と共に周りを巻き込んで行くのだ。
当時自分の彼女がそう言うゲームが大好きで、俺にもそれをよく勧めて来ていた。
勧められて見てはみたが、あの手のゲームの良さは、最後まで分からなかった。
傾国の美女、と言えば聞こえがいいが、見目麗しい身分の高い男性を選んで相手を振り回して行く姿。自分だったら絶対に相手にしたくない。
そこまで考えて、はたと気付く。
ゲーム通りの展開で、ヒロインがこの国の中枢に深く関わるようになったら。
俺は兎も角、弟と付き合って王族の一員にでもなる事があったとしたら。
そんな事になれば、確実にいい影響は及ぼさない。寧ろそれで優秀な人材が他国に流れでもしたら、国にとっての大損益じゃないのか。
そうなった時の影響を考えて、くらりと目眩がした。
ただ、一点だけ不思議だった。
悪役令嬢である彼女は、確か弟と同じ時期に学園に通っていた。それはそうだろう。あの手のゲームのお約束として、ヒロインを虐める描写がある。今の彼女の様な年齢差では、それは成り立たないのだ。
情報に齟齬がある以上、現状で判断は出来ない。
俺は、何も起こらない事を心の中で祈りながら、弟とその周辺を密かに探らせた。
弟が学園に通うようになって2年。
やはり、春にはヒロインである男爵令嬢が転入してきた、と報告が入った。
弟は生徒会に所属しており、やはり周辺の人員もゲームと同じ様だ。
やはり、回避出来ないのだろうか。
ため息を吐いたが、その一方で少しだけ、希望があると言う事が頭を掠める。
悪役令嬢、フィルリア=アルフリア=リンドノート
彼女の周辺だけが、ゲームとの齟齬を生み出し続けて居た。
聞こえてくる評判も、彼女自身の年齢も、そして弟であるロセとの関係性も。
そう考えながら、執務机の上に放り投げていた報告書に、ちらりと視線を送る。
数ヶ月前に、ロセ本人にヒロインの同行を探る様に指示を出した。大概はゲーム内容と変わらない報告だったが、今回は俺が直接見てみたいと指示を出した為夏休みに他の生徒会の人間と共に城に招く、と言う報告があった。
それとは別に、未だ婚約者の居ないアイツの為に開くお茶会にリンドノート公爵令嬢を招いて欲しいと言う内容が直筆で書かれた手紙が同封されている。
「……此処で絡んで来るのか。」
正直、これがどう転ぶのかは分からない。
何故ロセがリンドノート公爵令嬢に拘るのかも分からないし、まだ幼い彼女が実際ここで婚約者になるのかも予測出来ない。
噂で聞く限り、リンドノート公爵令嬢は聡明で思慮深く、物静かな人物らしい。7歳の少女らしくない、完璧な評判。
「……転生者、か?」
もしそうなのだとしたら。
噂通り聡明で、思慮深い人間なのだとしたら。
「……話してみる価値は、あるか……。」
実際に、自分の目で見て判断してみれば良い。
そこで手を組めるなら、ヒロインに対して現状の打開策が見付かるかも知れない。
お茶会の日の終了間際にでも顔を出せば、実際にどんな人物かは判断出来るだろう。
そう判断して、俺は予定を調整し始めた。
「……お茶会の日に会うつもりだったんだけどなぁ……。」
明るい日の下で、テーブルに肩肘を付きながら彼女を見遣る。
「……唐突に何のお話ですか、兄様。」
呆れながら帰ってくる言葉に、思わず苦笑を返す。目の前で座ってお茶を飲む人物。
あのお茶会の日、弟に連れ去られあっと言う間に婚約者に祭り上げられた少女。
フィルリア=アルフリア=リンドノート
そして、前世で俺の大事な従妹だった人物。
「……いや、フィリアがフィリアで良かったな、って話だよ。」
そう返せば意味が分からない、と言う視線を向けられる。そりゃ、そうだろう。俺だって説明無しにそんな台詞を言われたらこんな視線を投げ掛ける。
「いや、何でもない。忘れてくれ。」
苦笑してそう言えば、フィリアもしょうがないですね、と笑う。
「フィリアとお茶してるなんてロセにバレたら、また面倒臭いんだろうな、あいつ。」
くすくすと笑いながら零せば、フィリアが呆れた様にため息を吐いた。
「本当に、兄様のその好きな物を虐める性癖、何とかした方が良いと思いますよ。」
「性癖じゃねえ。と言うか虐めてるんじゃねえ、弄ってるんだよ。」
そう笑いながら言えば、やられてる方から見れば同じですよ、と辛辣な答えが返って来た。
ああ、俺はこの子とする、こんな会話が好きだった。
前世で、この子が死んだと聞いた時。
目の前が真っ暗になり、激しいショックを受けた。
つい数日前に会った筈だったのに、次に会った時は物言わぬ骸となっていた。
あの時の気持ちが、お前に理解出来るだろうか。
「兄様?」
ふと、黙り込んでいた俺に、フィリアが訝しそうに声を掛ける。表情が余り変わらない、と言うが長年付き合っていた俺から見れば、なんて事は無い。不安そうに揺れる瞳に笑い掛け、何でもねぇよ、とわざとぞんざいに返す。
そんな俺の様子を見て、安心したかの様にフィリアが、笑った。
願わくばこの大事な少女が傷付く未来が来ないように。
その為なら、俺は無条件でこの子の味方になろう。
然し王族全員に気に入られるとか、ある意味ヒロインより凄いな、なんて何でもない事を考えて。
俺も、フィリアに笑い返した。




