転生令嬢は考察する。
連続投稿です!
本日中に後何話か投稿したいです。
大人しく紅茶を飲み終わった頃には少し状況を整理する気力が出てきて、思わず安堵の溜息を漏らす。
まあ、考えた所でどうにもならないのかも知れないけれど。
そんな少し諦めに似た感情を持て余しつつ、自分の記憶を振り返った。
今現在の私は、リンドノート公爵家の一人娘である。生まれてから今まで、我儘で周囲を困らせたり人を蔑んだりした記憶は、特に無い。
良くある転生物では今までの自分の行いを払拭すべく奮闘する、だとか仲の良くない兄弟との絆を作るべく努力する、だとかそんな展開が多かったと思う。
だがしかし、私は特に問題の無い子供だったのだ。
家族仲も良好、元々貴族間では珍しい恋愛結婚であるお父様とお母様も仲が良い。使用人との関係だって、特出して述べる様な事は無い。寧ろ元来の両親の性格の所為だろうか、公爵家であるにも関わらずうちは使用人との距離がすこぶる近い。もう気安いと言っていいレベルだ。
加えて私自身も特に婚約者が居る訳でも無く、勉強が出来ない訳でも無い。マナーだって、家庭教師には褒められるレベルで出来ている。この点は記憶の無かった頃の自分を褒めてやりたい。
公爵家である以上王室との距離はそれなりに近いが、だからと言って今現在婚約者候補になっている訳でも無い。第1王子は既に年内に婚姻の儀が執り行われる事が決まっているし、その下の第2王子だって私とは9つ歳が離れている。
他の公爵家に私よりも歳が近い令嬢が何人かいる以上、婚約者候補に上がる事も無いだろう。
「……あら?もしかして思いだしたところで何のもんだいもなかったりするのかしら?」
思わず口をついて言葉が出たが、口に出してみればそれが真実であるかの様に思われた。……まあ、その声が多少舌っ足らずな所は許して欲しい。所詮ただの幼女である。
「でも……」
そう。『でも』なのだ。
実は私は異世界転生、という物を小説や漫画では読んでいたのだが、然しその反面、乙女ゲームなるものは一切嗜んだ事が無かった。
前世の家庭事情もさることながら、あまり興味が湧かなかった、と言うのが実際の所で、そのお陰で本当に一切触れた事が無い。辛うじて高校の頃の友人との会話の中でその存在を認識していた、というゲームシステムすら分からないレベルだ。
そこまで思い出して、ふと前世の自分に思いを馳せる。
自分が幾つまで生きたのか、どうやって死んだのか等は一切思い出せない。なるほど、そこはテンプレっぽい。
思い出せる最後の記憶は、大学生になりたての頃だろうか。
自分と、横にいつも居た彼と、―――友人。
そこまで思い出して、胸がチクりと傷む。
これ以上考え続けているとどんどんと思考が引き摺られて行きそうで、頭をふるりと振って記憶を1度頭の片隅に追いやった。
「……まあ、実際かんがえた所でどうにもならないのよね。」
所詮前世の話である以上、考えた所で本当にどうにもならない。それであれば何か建設的な事に思考に切り替えた方が、得策だろう。
そう。今考えるべき事は、この世界の事だ。
ただの転生なら、まあ良い。前世記憶があろうが無かろうがあまり気にする必要は無いのだから。然し、ここが何かしらの小説や漫画、果ては乙女ゲーム等と言った世界で、自分が何らかの役付としての転生だったとしたら。
この世界が何らかの世界だったとしたら、自分が宰相の娘である以上、何らかの役割があると思った方が正しいと思う。そしてそれは、何らかのフラグによって悪い展開に巻き込まれて行く可能性の方が、限りなく高い。
小説にしろ漫画にしろゲームにしろ、その行き着く先は大抵ろくなものでは無いと思って良いだろう。
そこまで考えて体がぶるりと震えた。
それはまるで、覚えて居ない筈の死ぬ瞬間の恐怖だけがしっかりと蘇って来る様で、どんどんと自分の顔色が悪くなっていくのを感じた。
とは言え、自分の記憶上にフィルリア、と言う名前の主人公や悪役令嬢と言ったキャラクターは居ない。
前世では図書館、ネット小説など文章と名の着く物はジャンルに問わずかなり読んではいたが、それも全て知っている訳では無い。ましてやゲームだとするとお手上げだ。
どうにかしてここが何の世界か、またはただの転生なのかだけでも調べられたら良いのだが、現状それは期待薄だろう。
情報無く死亡フラグに突っ込むのはゴメンだ、とは思いつつもそれに対して何かいい案が浮かぶ訳でも無い。
「……なるようにしか、ならないかしらね……」
幾ら死亡フラグを恐れようとも、この世界について考察しようとも、所詮は机上の空論でしか無い。思い当たる事が無い以上、これ以上の考察は無意味だろう。
閉じた思考に憂いげなため息を吐いた瞬間、軽やかなノックの音が部屋に響いた。
「……どうぞ。」
内心ノックの音に驚きはしたが、思ったよりも平静な声が出せた。そんな私の声に反応して開いた扉の先に居たのは、30代位の自分と同じ瞳の色をした、美丈夫だった。