婚約発表は異例の速さでやって来る。
あの後、迎えに来てくれたお父様がロセ様と何事かを話した後、ロセ様の私室を退席した。
ガタゴトと馬車に揺られ自宅に着いた頃にはすっかり疲労困憊だった。
色々情報過多な所為もあったのだろう。私はその後熱を出してしまったのだ。
最初は静かに寝ていたのだが、2日目、3日目と過ぎる内にロセ様からどんどんとお見舞いが届く。
最初それを見て婚約者の話は夢じゃなかったのか、と現実逃避していたが、段々部屋に増えていく花達に早く治さねばどんどんエスカレートして行くのが目に見えて、何故か追い詰められている様な気分になった。
幸い4日程で熱が下がった私は、お見舞いはもう結構です、いい加減にしろ、と言う言葉をオブラートに何重にも包んで書いた手紙を、ロセ様に送り付けた。
勿論、ロセ様ならこの手紙でも本心が伝わるだろう、と良く分かっている上での行動だった。
そうして、今日。
何故か拒否権の無いロセ様のお見舞いを受け、自室で2人きりで対面しているのだった。
お茶を置いて退席する際、いい笑顔で親指を立てて出ていったサラは後でお仕置きをせねばなるまい。
起きて移動しようとした私をロセ様が止めた為、ベッドの横に椅子を置いての対面となった。
「ロセフィン様、態々御足労頂きまして申し訳ございませんでした。お見舞いも、身に余る光栄でお心痛み入ります。」
「……ロセだってば。折角見舞いに来たのにつれないね、僕の婚約者殿は。」
先制パンチを食らわせたつもりが、逆にやられてしまった。恨みがましい目で見詰めれば、ロセ様がいつもの顔で笑う。
「……その話、本当に進めるつもりですか?」
「その話って、どの話?」
きょとん、とした顔に、コノヤロウと言う気持ちになるが、そこは飲み込む。こんな事で一々引っ掛かっていたら、ロセ様との会話は進まないのだ。
「婚約者候補の、お話です。」
あくまで候補を強調して言うと、ロセ様が可笑しそうに笑う。
「候補って言うか、婚約者だよフィリア。残念ながらもう既に公爵からは是を頂いて居るし、父上にも承認されてるから何を言っても覆らないよ。」
人が寝込んでいる間に随分なスピードで外堀が埋まっていたらしい。こんな所でまで有能さを発揮しなくて良いのに、とため息が漏れる。
……と言うかお父様、婚約の打診が来たなら本人にも是非確認を取ってからにして欲しかったのですが。
苦々しい顔をした私に、ロセ様がクスクスと笑う。
ホントによく笑う人だな。私とは大違いだ。
「……初耳な事が大分多いのですが、陛下とお父様はお認めになられたのですか。」
「うん、僕が君と話したその日の内にね。」
さらりと言われた言葉に更にげっそりする。
早いよ!怖いよ王子!どんなスピードなんだよ!
「本当に……私と婚約するつもりなのですね。」
「つもり、じゃなくてもう確定事項だってば。この婚約はもう、覆らないよ。……まあそれこそ、後で婚約破棄でもしない限りね。」
何て事はない、と言う雰囲気で笑いながら言われた言葉に、どきりと心臓が跳ねる。
リリーシアは、自分がヒロインで私は悪役令嬢だと言っていた。私が婚約者となる事で、ゲームのレールに乗る事にはならないのだろうか?あれ程避けたいと思っていた死亡フラグが目の前に迫っている様な気がして、目の前が暗くなる。
「……フィリア?どうしたの、大丈夫?」
僅かに青ざめた私に、ロセ様が訝しむような声を掛ける。然し私にそれを気にする余裕は残って居なかった。
恐る恐る様子を伺ってたロセ様が、先程の自信に溢れた声とは真逆の、不安そうな声を私に掛けてくる。
「僕、何か君が気にするような事を言ったかい?それとも……そんなに僕との婚約が、嫌?」
少し傷付いたかの様な声を出すロセ様に、はっと顔を上げた。
確かに強引に進められはしたが、別にロセ様自体が嫌いな訳では無い。
死亡フラグの恐怖と、前世の彼を思い出してしまうと、素直に頷けないだけだ。
「……いえ。もうそこ迄話が進んでいる事に少し驚いただけです。それと、私の様な子供と婚約など、ロセ様の評判に傷が付くのでは、と思ったのです。」
そう口にして微笑むが、上手く行かなかったらしい。ロセ様がくしゃりと顔を歪めて、私の頭を撫でて下さった。
「……ごめんね、強引に進めた自覚はあるんだ。確かにもっと年の近い令嬢も沢山居るし、他の人でも、と言われもしたよ。でもね、フィリア。僕は、君が良いんだよ。」
頭を撫でながら切なそうに口にするロセ様を見て、思わず私も切なくなる。
どんな種類かは分からないが、ロセ様は確かに私に愛情を向けて下さっている。それなのに、私は愛情を返せない。
だって、私の愛は彼の元に置いてきてしまったから。
「……ごめんなさい、ロセ様。」
思わず口をついて出た言葉に、ロセ様は笑って私の頭を撫でてくれる。
にこりと笑って、大丈夫だよ。と声を掛けて下さると、私の身体をぎゅっ、と抱き締めた。
「謝るのは此方の方だよ、フィリア。強引に進めてごめんね。でも、婚約に関しては覆すつもりは無い。例え君が乗り気じゃなくても、僕は譲る気なんて無いんだ。」
そう言いながらそのまま身体を離すと、するりと頬を撫でる。
切なそうな視線。
でもロセ様に何て答えたら良いのか分からない。
だって私は、その時別の事を考えた。
その手の感触に彼の面影を重ねて、思わずじんわりと涙が浮かぶ。
どうして、こんなに彼の事を思い出すんだろう。
こんな風に他の人を思って、一緒に居るなんてロセ様にも失礼なんじゃ無いだろうか。
どうやったって忘れられないなら、婚約なんてするべきじゃない。
そう思って顔を上げると、ロセ様のアメジストの様な瞳と視線が合う。綺麗な色が、不安そうに揺れる。
「……ねえ、フィリア?僕の事、嫌い?」
「嫌いなんてそんな事…!ロセ様の事を嫌いなんて事は、ありません!……でも…………」
切なそうに紡がれた言葉に、思わず否定の言葉を重ねる。
死亡フラグは確かに怖い。あのヒロインに絡まれるのも嫌だ。
でも、目の前に居る優しい方を傷つけるのも嫌だった。
自分の事ながら中途半端さにイライラする。
私の言葉を聞いて、ロセ様はそっか、と呟いて綺麗に笑った。
「じゃあ、今は、それでいいよ。別に直ぐに好きになって、なんて言うつもりは無いんだ。ただ、僕は君を選んだ。誰の意思でもなく僕の意思でね。それだけは、覚えておいて?」
にこりと笑うと、私の頭にロセ様の顔が近付いて来る。
そうしてそのまま、私の額にちゅ、と音が降ってきた。
一瞬何が起きたか分からず、その内容を理解した時、一気に頬に血が上る。
「な……!何をなさるんですか!」
顔を真っ赤にしたままそう叫べば、ロセ様が楽しそうに笑った。
「だから、言ったでしょ?譲らないって。僕も必死なんだから、その位は許して欲しいね。」
クスクスと笑うロセ様に、今まで感じて居た絆されそうな気持ちが一気に霧散する。
「まあ、フィリアの年齢のお陰で婚姻を結べるまではまだまだ時間があるんだしね。どんどん攻めてってあげるから、覚悟して?」
そう言ってにやりと笑ったロセ様に、やられた、と思う。
白紙に戻したい、と言うつもりだった私の言葉を、上手い事誤魔化されてしまった。
こうなれば、もう仕方ないのか。
幸い婚約発表まではまだ時間が有るだろうし、対策位は考えられるだろう。
「……ロセ様には敵いませんね。」
素直に心からそう口にすれば、ロセ様が面白そうに笑う。
「僕もフィリアには敵わないと思ってるんだけどねぇ。伝わらないね。」
「はあ……。」
何を言っているのか分からない、と言う顔を返せば、それがまた楽しいのかロセ様はどんどんと上機嫌になって行く。
さて、そろそろ帰るよ、と言う言葉と共にドアの前まで歩いて行ったロセ様は「あ、」とまるで今思いついたかの様な声をあげる。
にやりと笑って此方を振り向くと、確信犯的な笑顔を向けられた。
「因みに婚約発表、僕の生誕祭の夜会でだから宜しくね。」
「はぁ?!」
最後に特大の爆弾を落として私の部屋から出て行くロセ様を眺めながら、やはり私は逃げるべきかも知れないとぼんやり思った。




