死体と不審
しかし、それ以上に不気味なことがあった。その真っ白い人間、いや、もはや人間と呼べるかわからないそれがまるでそこにいるのが当然かのような扱いを受けているのである。白目を剥き、口を開き、その中の舌まで真っ白で、リクルートスーツのような黒いスーツを着ていた彼は自転車と自転車の間に倒れ込んでいたのだがその周りにいる人が誰も彼のことを気にしないのである。周りの人達は、何が起こっているのかまったく分からずにぼーっと突っ立っていた僕を不審がるばかりで真っ白い彼に関しては誰も興味を示さないのである。ついに彼の丁度隣に停めてあった自転車がどこかに走り去ったのを機に、僕はアプローチをかける事にした。
「あ...あの...大丈夫ですか...?」と声をかけたがまるで反応をしない。代わりに周りの人間が僕を不審がっていた。なんだか恥ずかしくなってきたのといい加減コンビニで暇を潰すという当初の目的を果たすためにとうとう彼の肩を揺することにした。触らぬ神に祟りなしではないが、こんな気味の悪いのを触りたくは無かったが、このまま放置するのも後味が悪いので、仕方なくの苦肉の策である。しかし彼の肩に触れた瞬間彼はどろどろと溶け出した。彼の着ていたスーツは溶けた彼の中に埋まってしまった。やがて彼だった液体はどんどん粘度を失い、完全に液体になると、コンクリートに吸い込まれていった。僕はあいも変わらず頭の悪そうにその様子をぼーっと見ていることしか出来なかった。ただ今回は「え...あっ...え...?」と情けない声を出しながらなので、余計に不審がられるだろう。現にコンビニから出てきた人から向けられた視線は明らかに人に向けるものではなかった。さて、当初の目的である暇を潰すということについてはもう十分すぎるくらいだ。あとはどうこの場を誤魔化しつつがっこうにむかうか、という事を半泣きになりながら考えていたら、後ろから子供の泣き声が聞こえた。
「おいそんなに僕が気持ち悪かったか、泣きたいのは俺の方だ」と小声で言いながら振り返ると、そこには小学生高学年ぐらいの女児が立っていた。なんだかこんな子を泣かせるのは自分は悪くないとわかっていつつもなんとなく罪悪感を覚えるものだ。しかし彼女はこんな事を言い出した。
「ひ...人が...溶けちゃった...」
僕はそれを聞き逃さなかった。