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転生少女の回顧⑤

朝起きたらリオンが居なかった。

周囲を見渡す。けれど、そこに想像していた人物は居ない。


「どこ……?」


まさか逃げ出した?確かに昨日私は苛立ちに任せていろいろ言ってしまった。そのせいで、彼は逃げ出してしまったのだろうか。

こんな場所で一人で生きていける訳ないのに。

一人のたれ死ぬか、良くて人買いに捕まるかだろう。私は痛む体をなんとか起こすと、リオンを探しに行こうと路地裏を出た。


「フィリア……!」


と、同時に名前を呼ばれた。視線を声のした方に向ける。するとそこにはフードを外してこちらに走ってくるリオンが居た。

あの馬鹿……!私は慌ててリオンに駆け寄ろうとした。しかし、急に体を動かしたせいで、痛みも一気に襲ってきた。


「っ!」


私は痛みに呻き、踞る。悲鳴のように私の名前をリオンが呼んだ。

そうして私に触れると大丈夫?と心配そうに言った。


「……大丈夫。それより、フード被って」


誰が見ているかわからない。いや、もう確実に見られて居るだろう。ならば早くここから移動しなくてはいけない。

今にも誰かやって来るかもしれない。


「……これは、酷い怪我だ」


その声に警戒したのはそんな考えがあったからだ。女の人にしては低く、けれど男の人にしては少し高い大人の声。

私ははっ!と顔を上げた。すると、リオンの後ろに青年が一人立っていた。

長い薄茶色の髪に、濃い茶色の瞳。日焼けのない肌に黒い仕立ての良いローブ。


「……あなた、誰?」


私は警戒を込めながら問うた。そっとリオンを後ろに隠す。リオンはきょとんとした顔をしながら、従った。

青年はその行動に不可解そうに首を傾げた後、ああ、と納得したように言うと、優しげな笑みを浮かべながら言った。


「警戒をしなくても大丈夫です。私はあなたの敵ではありません」


「……」


そんな言葉が信じられるはずがない。敵が自分から私はあなたの敵ですなんて言う訳がないのだから。

私は警戒を弛めずに青年を見る。青年は困ったように微笑んだ。


「そうですね……。なんと言えば信じていただけるのか……。王室魔法使いと言ってもわかりませんよね?」


「知らないわ。そんなの」


「ですよねえ」


ふむ、これは困った、と青年は顎に手を添えて考え出した。


「私はただリオンを引き取りたいと考えているだけなんですけれど……」


「……引き取る?リオンを?」


その言葉に私は警戒を強めた。やはり、彼はリオン狙いだったようだ。

迂闊だった。いくら怪我をしていたとはいえリオンから目を離すべきではなかったのだ。


「ええ。リオンを私の養子にしたいと思いまして。その話を彼にしましたところ、あなたに聞かねば答えは出せないと言われてしまいました」


「養子……?」


その以外な言葉に私は眉をしかめる。リオンを愛玩するでも、高く売るでもなく、養子?

リオンは美しい。しかし、だからと言って貧困街にいるような人間を彼のような身なりの良い人間が養子にしたいなど……。

騙そうとしている?

養子にしたいからついておいで。そう、暮らしに困っている子供に甘い言葉をかけて拐い売り飛ばそうとでもしているのだろうか?

しかし、それならばそんなまどろっこしいことをせずに、リオンが一人のうちに拐ってしまえば良かったはずだ。

貧困街で子供の誘拐を見かけても、誰も助けよとはしないだろう。

それなのにわざわざ私の元にリオンと共にやって来た理由がわからない。


「ええ。養子です。彼は魔力が強い。それも恐らく私を越える程に。彼を弟子にしたいと考えています」


「まりょく……?」


まりょく、とはいったいなんだろうか。

さっきこの青年は魔法使いと言っていた気がするが、まさか魔力、だろうか。

まさか、と私はその疑問を口にした。


「この世界には魔法があるの……?」


「おや、魔法は知っているのですね」


青年はにっこりと頷いた。


「ここで暮らす子供達は悲しいことに教育を施されていない子達が多いので、魔法を理解していないのかと思いましたが……」


理解はしていない。しかし、魔法がなんだかはわかる。

元の世界では科学が発展していて、魔法なんてものは夢幻の世界の話だった。だから今まで見てきた街の灯りや、蛇口を捻れば出てくる水、全てがその科学だと思っていたが……。


「街の灯りも、蛇口も、暖炉に灯る火も、全部魔法?科学ではなく?」


「カガク……?それが何かは存じませんが、ええ、それらは全て魔法により動かされていますよ」


「……そう」


本当にここは私の住んでいた世界とは別の世界と言う訳だ。


「それで、その魔法というのを操れるのが魔法使いと言う訳?」


衝撃的な事実。しかし、今重要なのは、この世界に魔法が存在するということではない。魔法使いとはなんなのかという話だ。


「いえ、少し違いますね。単純に魔法を操ることならば、誰にでもできます。人は誰でも魔法を使うのに必要な魔力を大小はどうあれ持っているものです。魔法使いと言われるのはこの中でも、ある一定以上の魔法を扱え、かつ、国家試験に受かった者のみが名乗ることのできる称号です


「……つまり、魔法のエキスパートが魔法使いになれると言うこと?」


「まあ、そういうことですね。いくらすごい魔法を使えようとも試験に受からねば魔法使いは名乗れませんが」


「魔法使いとは勉強すれば誰にでもなれるの?」


「いいえ。ある程度は努力で賄えるのでしょうが……魔法には魔力が必要であり、大きな魔法には沢山の魔力が必要となります。魔力の量は生まれ持って決まっているもので、努力で上げることはできないのです。魔力が多くなければ魔法使いにはなれません。この魔力の量が魔法使いになれる最大の壁と言われており、魔力の量が高いものは貴重な存在です。そうして……リオンは魔力量が高い。非常に」


だから私は彼を私の弟子にし、魔法使いにしたいと考えているのです。

そう言った青年に私は考える。

魔法。魔力。魔法使い。まるで夢のような話だ。現実感が湧かないが、それを言ってしまえば今この現状すら普通ならあり得ない。

後ろに居るリオンを振り替える。


「リオンは魔法を知っている?」


「……うん。フィリアは知らないの?」


驚いたような顔で言われた。どうやら魔法は勉学を学ぶ機会にあった者には常識らしい。

つまり、彼が言っている魔法というのは本当の話のようだ。


「魔法使いと言うのも知ってる?」


「もちろん。でも魔法使いになれる人はすごく少ない。普通は小さな火を出すとか、一滴の水を出すとか、それくらいしかできないから、特に魔法を習ったりとかはしない。普段は魔法具と言われるもので、ある一定の動作をした時に魔法が発動するものを使う」


魔法具。それは私が科学の力で動いているものだと思い込んでいたものだろう。


「じゃあ魔法使いというのは本当に限られた人間しかなれないのね」


「そうだね」


それならば、目の前のこの青年のこの身なりの良さも説明はつく。本当に魔法使いであるならば、この服を纏えるくらいには金持ちであろう。

だが、しかしすぐに信じられる訳でもない。


「それで、そんな魔法使い様が何故こんな貧困街の孤児なんかに目を留めたの?」


「それは昨日強い魔力の暴発を感じたからです。しかもこの辺りから。これは素質のある者が居るのではと思い出向けば、案の定リオンを見つけた、と言う訳です。……まあ、財布を盗まれそうになった時は驚きましたが」


「財布を……?」


リオンを振り返る。ばつの悪そうな顔がそこにはあった。


「フィリア苦しそうだったから、少しでも何かしなきゃと思って……」


それでバレては本末転倒なのだが。

これが目の前の青年でなければ今頃どうなっていたか……いや、むしろこの青年が安全かもまだわからない。

いや、とりあえずこの話は今は置いておこう。


「魔力の暴発……それはもしかして、昨日の男の足の怪我のこと?」


思い当たることはあった。昨日のあの謎の男の怪我だ。


「ええ、恐らくは。リオンから話は聞きましたが、それで間違いないと思います。強い魔力を持ち、かつ、その操り方をよく知らない者は、時おり強い肉体的あるいは精神的な衝撃で魔力を暴発させることがあります」


「そう。リオンを見つけた理由はわかったわ。……でも、私はあなたをまだ本当に信じられた訳ではない。あなたが本物の魔法使いであるという確証を私はまだ得られていない」


魔力の暴発に気付くのも人買いが故にかもしれない。魔力が高い者は稀。つまりそれは売ればかなりの儲けがあるということだ。人買いならば、そのために魔力を読めるようになるかもしれない。魔力をまだよく理解できていないが故に、本当は魔法使いにしか感知は難しいのかもしれないが、かと言ってここで油断する訳にもいかないのだ。


「そうですねえ。確証……。このローブを見せれば普通は大丈夫なのですけれど、わかりませんよね?」


「ええ。そのローブに何か意味があるの?」


「これは王室魔法使いにしか許されていないローブなんです。他には……そうですね。力を示すのが一番早いですね」


そう言うとすっと青年は私に手のひらを向けた。警戒する間もなく、私の体が光で包まれていく。


「何をするの……!?」


「大丈夫。一瞬ですよ」


光が増していく。体が熱を発する。いったい何?!と混乱するうちに光りも熱も収まり……


「傷が、治った……?」


私は呆然と呟いた。

先程まであった痛みも、傷も綺麗さっぱり消えている。

背後のリオンもすごい……と驚嘆の声を上げた。

普通はできない行為なのだろう。つまりそれは青年が……魔法使いであるという証拠だ。


「これで理解していただけましたか?」


にっこりと笑う青年。私は呆然とした頭をなんとか動かして頷く。


「ええ。認めるわ。あなたは本当に魔法使いなのね」


そう私が言えば満足気に魔法使いは頷いた。


「私リオンを養子にしたいと言う言葉も信じていただけましたか?」


「そうね。信じても良いと思えたわ」


「では、許可してくださいます?リオンはあなたが良いと言ったならば良いと言ってくれたのです」


「そう……」


私はリオンを振り返る。リオンは伺うように私を見ていた。

どうやらリオンは昨日の私の言葉を律儀に守っていたらしい。

あんな口約束破ってしまえば良いのに。

私だったらそうする。私は知らなかったが、魔法使いになれると言うことは凄いことらしい。この生活から抜け出すなど簡単なことだろう。

もし私が誘われていたら、リオンのことなど忘れて手を取っただろうに。

もし、私が駄目と言ったらどうするつもりなのだろうか?

ふとそんな疑問が湧く。

この話をリオンは蹴るとでも言うのだろうか?

そう考えて首を振る。そんな馬鹿なことをする人間など居ない。

それに、そもそもそんな憶測は無意味だ。何故なら私はこの話を蹴る気など少しもないのだから。

ずっと探していた。期を狙い続けていた。リオンを売る相手を。それが今なのだ。

私の判断は間違っていなかった。それどころか、大きな魚を釣り上げた。

魔法使い。まさかこんな良い取引相手を見つけるなんて思いもしなかった。


「良いわ。その代わり条件があるの」


「……条件、ですか?」


魔法使いは首を傾げる。私は魔法使いの目を真っ直ぐに見ながら、その条件を口にした。

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