転生少女の回顧③
人を売るには常に危険が伴う。
大人でも危険なのに私はまだまだ子供。しかも私が扱う商品は上等のものだ。最悪私は殺され、リオンは奪われるかもしれない。
だから、私は慎重に時期を見極めていた。
「リオン?大丈夫?」
私は顔を伏せたリオンにそう問う。昨日から何も食べてないのだ。私は慣れたものだが、餓えを知らない彼には辛いだろう。
こくり、と弱々しくリオンは頷く。我慢強いな、と私は思った。同い年くらいの少年。この場所で暮らしている子供ならば我慢できるだろうが、今まで少なくとも衣食住に困ったことのない子供ならすぐに根を上げると思ったのだが。リオンは案外、我慢強いらしい。いや、もしかしたら飢え以上に彼を苦しめるものがあるのかもしれない。
リオンと過ごすようになってから数日が経った。
誰かに大事なリオンを奪われては堪らないと私はリオンの顔を隠すために常にフードを深く被らせていた。
フードの下からリオンがこちらを覗く。
「……大丈夫?」
「え?……ああ、これ?」
私は頬にそっと触れる。するとズキンと小さな痛みが走った。
「これ、酷い?」
そう問えばこくり、とリオンは頷いた。
自分ではよく見えないが相当腫れているらしい。
この怪我をしたのは昨日だ。いつものように財布をすろうとしたらバレて殴られたのだ。
殴られたのは一発。バレてこれだけで済んだのだからまだ幸運だった。
しかし、おかげで昨日から私達は何も食べれていない。
「……じゃあちょっと行ってくるわ」
私はよいしょ、と立ち上がる。動けるうちに何か食べれる物を手に入れなくてはいけない。
「俺も行く」
唐突にリオンが言った。いつもは大人しく待っているため、私はどうしたのかと首を傾げる。
「いいよ。まだリオンは慣れてないし」
「大丈夫。俺も行く」
いや、慣れてない人についてこられたら私が困るのだけど。
正直足手纏いであることは拭えない。しかし、どうしてかリオンは行く気満々だ。
まあ、いっか。
正直リオンと別れるまではまだまだ時間がありそうだ。それなら、リオンにここでの生活を覚えてもらうのは悪いことではないだろう。
「わかった。じゃあ一緒に行きましょう?」
私はリオンに手を差し出す。リオンはその手を躊躇いなく取った。
●○●○●
ああ、しくったな。そう自覚した時にはもう遅く。私は頭を守りながら、踞っていた。
次々に繰り出される蹴りに私は呻き声を上げていた。
また、私は失敗したのだ。
頭を庇いながら、チラリと路地の隙間を見る。そこには隠れながらこちらを伺うリオンがいた。
そのまま。そこに居て。決して出てこないで。
リオンには取り敢えずここで私の見本を隠れて見てて、と言っていたのだ。まあ、その見本がこの様なのだが。
蹴りは止まらない。痛い。苦しい。
こういう苦痛を味わう度に帰りたいという思いは強くなっていく。
ここでは誰も守ってくれない。貧困街の孤児が一人死んだって誰も困らない。
死にたくないと思った。こんなところで一人寂しく、誰にも振り返られることなく、ゴミのように死んでいくなんて嫌だった。
でも、これはそろそろ危ないかもしれない。
決して諦めたくないし、そのつもりも無いのだが、意思に反して意識はだんだんと薄れていく。
ああ、もう最悪だ。
だから嫌なのだ。この世界は。嫌い。大嫌い。嫌い嫌い嫌い。帰りたい。
悪態をつきながら、世界が闇に落ちていこうとしたその時。
ふと唐突に繰り出される痛みが止んだ。私を包む込むように何かが上に乗っている。重い。いったい何がいるのか。
私は確認するために顔を上げる。するとそこにはリオンがいた。
男の馬鹿にするような笑い声が響く。
ドンドンと蹴られる音。リオンの苦痛の声。
「リオン……?」
何をしているのか。隠れていてと言ったのに。なんで。
「大丈夫。大丈夫だから……」
少しも大丈夫じゃない。大事な商品に傷がつく。違う。そうじゃない。私はそんなことを思いたいんじゃなくて。
ふとリオンの表情が映る。
ずっと、ずっと暗い顔をしていた。何を話しても、美味しいものを食べてもずっと。
しかし、今リオンの表情は苦痛に歪みながらもどこか穏やかさがあった。
ああ、そういうこと。
ふと私は理解する。理解して……怒りが沸いた。
これは理不尽な怒りだ。そんなことはわかっている。わかっているが、ムカつくのだから仕方ない。
「退いて……リオン」
「退かない」
退けたいのにリオンは頑な退こうとしない。力ずくで退かせたくとも、そんな体力は残っていない。しかし、それでも、私は退かせようと足掻く。
そんな時だった。
ボンと大きな音が響いた。それと同時に男の悲鳴が聞こえた。
いったい何が起こったのか。リオンもわからないのか私を覆う力が少し強まる。
男へと視線を向ける。男は足を抱えて転げ回っていた。その足は……血だらけだった。
何が起こったのかわかりない。でも、今がチャンスだということだけはわかる。
「行こう……!」
私は上で呆然としているリオンに声をかける。リオンははっとした顔で私から退き、私に手を差し出す。私はその手を取って、なんとか立ち上がり、リオンに支えられながら歩く。
リオンの顔を見る。
リオンはまたあの暗い顔に戻っていた。