転生少女の回顧⑮
「来て」
手を引かれる。待ってという静止もリオンには届かない。引かれる手の力が強くて、止まることもできない。
私はリオンについて行くしかない。歩幅の違いからか私の歩く速度ではリオンの歩く速度に追い付けなくて、小走りの状態だ。いつもなら、言わなくても私の歩幅に合わせてくれるというのに。
ようやくリオンの歩みが止まったのはリオンの研究室だった。そこには誰も居ない。私とリオンの二人以外には。
「リオンどうしたの?」
そう私はリオンに問うた。引かれていた手は立ち止まり、向き合った今でも解けないままだ。
手を握る力は強くて、少し痛い。普段のリオンならしない行為に私の疑問は深まるばかりだ。
もしかして、心配させた?
リオンが何故あの場に駆け付けて来たのかはしらないが、王子と対峙していた私を心配してくれているのだろうか?それにしては雰囲気がおかしい気もするが、私の無鉄砲な行動に腹を立てているのかもしれない。
謝ろうか、そう考えたところでリオンが口を開いた。
「あいつは何?」
「……え?」
突然のその言葉に私は目を丸くする。あいつとは誰のことだろうか?先程居たのは王子と沙夜それから騎士達だ。そんなことリオンも分かっているはずでは?
戸惑い答えない私に再度リオンは言った。
「あいつは、聖女は何?」
「……え?」
何とは、なんだ?聖女は聖女である。それ以上に答えようがない。
「いったいどうしたの?リオン。聖女様は聖女様でしょう?」
「違う。そうじゃない」
「っ!」
腕を掴む力にさらに力が加えられた。痛い。
「あいつは、聖女は、フィリアの何?」
「私、の……?」
ドクンと心臓が跳ねた。聖女は、沙夜は、私にとって帰る手段だ。彼女が私の帰るという目的の鍵を握る。でも、そんな事情リオンは知らないはずだ。それなのに。
「何の、話?全然わからないわ。聖女様はこの世界を救う尊いお方。皆にとってもそうだし、私にとってもそうだわ」
「嘘だ」
誤魔化しの言葉はリオンに一蹴されてしまった。
「嘘だ。嘘でしょう?ねえ、フィリア。フィリアはあいつを何かに利用しようとしているの?」
「っ!」
何故それを知っているのか。私は思わず動揺をかくせずに目を丸くしてリオンを見る。しかし、その行動は失敗であったことをすぐに理解した。
赤い瞳に視線が絡めとられた。
責めるような、心細そうな、泣き出しそうな、そんな瞳だった。
どうしてリオンがそんなふうに私を見るのかわからなかった。でも、ひどい罪悪感が私を襲う。
「ねえ、フィリア。お願い……」
視界から赤い瞳が消えた。
視界は黒に染まる。リオンに抱き締められたのだとすぐに気づく。
昔は同じくらいの身長だったのに、今や彼は私を包み込める程に成長していた。
だと言うのにその体は微かに震えていた。まるで出会った頃のリオンのように危うい。
「捨てないで。俺を、捨てないで」
「……リオン?」
そっと腕を持ち上げてリオンの背に回して触れる。するとさらに力強く抱き締められた。
「頑張る、から。頑張るから。だから、お願い。捨てないで。聖女よりもフィリアの力になれるように頑張るから、だから、お願い……フィリア」
訳がわからなかった。何故リオンがここまで怯えているのかも。私がリオンを捨てるなんていう話になるのかも。
リオンを捨てるなんてことあるはずない。そう思って、本当に?と自分の中で声がした。
私が元の世界へと帰るということはリオンを捨てるということと同義なのではないのだろうか。
私はリオンを利用してそうして捨てようとしているのだ。
どうしてリオンが今そんなに怯えているのかは全くわからないが、私はリオンの怯えていることを行おうとしている。それには変わりない。
「ねえ、リオン。大丈夫よ。大丈夫。何をそんなに怯えているの?私は全くリオンを捨てようなんてしていないわ」
落ち着けるようにリオンの背中を優しく叩く。
今の私はまだリオンを捨てようなんてしていない。そんな言い訳を言葉に混ぜて、甘い言葉をリオンに吐く。
「……本当に?」
「ええ、もちろんよ」
今は、まだ。
優しくリオンを撫でながら、私はそう言い訳をした。