転生少女の回顧⑬
たとえ世界に魔王が現れようと毎日することは変わらない。
いつものように仕事をして、いつものように日々を過ごす。魔物に怯えようが、今までの日常を手放す訳ではなかった。リオンや騎士達の生活は大きく変化しているのだろうが、私は所詮ただの城勤めのメイドなのだから。
そんな日常の中に一滴の変化がもたらされた。
基本的に用がない限りメイドは専用の通路を通ることとなる。そこには高貴な身の上の方々は通らない。……はずなのだが。
その姿を見た時私は思わず目を丸くした。周囲をキョロキョロと見回すその姿。纏っている服は城から支給されたものではなく、明らかに質の良いドレス。そして、黒髪に黒い瞳。
元の世界では当たり前に見ていたその髪色と瞳の色だが、この世界ではその色を持つ者は二人と居ない。
つまり、それは目の前の少女は噂の聖女であると言うことだ。
ふと、その姿にどこか懐かしさのようなものを感じる。似たような顔をどこかで見たような気がするのだが、思い出せない。その懐かしい顔立ちや色からそう思うだけなのかもしれない。
「あっ!」
そんな声と共に目を見開く私と黒の瞳が合わさった。私は慌てて目を逸らして通路の壁に近づいて頭を下げた。
たとえここが使用人専用の通路と言えども、身分の高い者の道を塞いではならず、求められない限りは、頭を下げ続けねばならない。
どうして、ここに聖女が居るのだろうか?
私は頭を下げながら内心ひどく混乱する。
ここは聖女の来るような場所ではない。しかも、聖女はこの世界で唯一無二の存在。だと言うのに背後には供の一人も姿が見当たらない。
聖女はこちらにパタパタと走って近づいて来た。優雅とはお世辞でも言えない。彼女はこの世界では高貴な身でありながらも、異世界では普通の少女だったのだろう。淑女な教育は何もされてないのがわかった。
「あ、あのっ!私、迷ってしまって……!その!帰り道を教えてもらいたいんですけど!!」
焦った声で聖女は私にそう話しかけてきた。私はゆっくりと顔を上げて、彼女と視線を合わせた。
「……かしこまりました。こちらになります」
「良かった。ありがとうございます!」
聖女は無邪気に私に笑顔で礼を言った。私は案内をしながら、内心焦る。
聖女が城内で迷うとは相当な大事件だ。聖女の居場所を現在城の者は私以外誰も把握していないことになる。聖女は唯一無二の存在。そんな聖女に何かあれば取り返しのつかないことになるのは必至で、普段なら誰かしらの目があって当然。よくこんなところに誰にも引き止められず、来たものだ。
いやそもそも彼女専用の騎士やメイドだって居るはずだと言うのに、彼らはいったい何をしているのか。
その騎士もメイドもただでは済まないだろうし、この案内途中に聖女に何かあれば私もただでは済まないに違いない。
そうとも知らずに聖女は呑気に私の後をついてくる。先程の焦り顔はない。部屋に戻れることに安心しているのだろう。周囲の状況も知らずに。
ため息を溢しそうになるのを私はなんとか堪える。きっと聖女は何もわかっていないのだ。自分がどれほどまでにこの世界で必要で大切な存在なのか。しかし、来たばかりの聖女がそれを完全に理解できていなくても、当然なのかもしれない。だって彼女は本当についこの間まで普通の少女であったはずなのだから。
使用人専用の通路を歩く。道中すれ違った使用人達は皆ぎょっとしていた。誰も彼もが何故聖女がここに居るのかと視線で訴えていた。
私はそのうちの一人に事情を説明し、騎士達を呼んでくるように言った。
どういう状況で聖女が一人で居るのかは知らないが、よっぽどの無能でなければ今頃大騒ぎになっているはずだ。一刻も早く知らせた方が良いし、何かあっても対処のしようもなく、権限もない私が聖女を引き連れるのも危険だ。
騎士達はすぐにやって来た。
「聖女様!!」
「どこに行ってらしたのですか!?」
「すぐにイヴァン様にお伝えしろ!」
その騎士達の慌てた様子に聖女はきょとんと目を丸くしていた。想像以上の大事になっていることに理解が追いつかないのだろう。
騎士達は一通り呆然とする聖女の無事を確認すると背後に控えた私に視線を向けた。その騎士が口を開く前にその声が廊下に響いた。
「聖女様!!」
駆け寄って来たのは城内で知らぬ者の居ない方だった。騎士として名門の家系に生まれ、本人も非常に優秀な騎士であり、普段はこの国の第一王子の護衛を勤めていたが、しばらくその任から外れ聖女の護衛を任されたと聞く。先程騎士達に呼ぶように言われてたイヴァン様だ。
「いったい何があったのです?!一人になりたいと仰られ外で待っていたらいつの間にか姿が無くなってたと聞き、私はもう何があったのかと……!」
「え、えっと、ごめんなさい。気分転換がしたくなっちゃって、その、窓の外の庭園にでも行こうかなって思ったんですけど、ロープにしてたシーツが取れちゃって帰りに上れなくなって……。仕方ないから窓からは諦めたら、今度は道に迷っちゃって……」
その言葉に私を含めて周囲は唖然とする。窓の外とは。確か私の記憶が正しければ聖女の部屋は二階だったはずだ。しかも今シーツをロープにしたと言わなかったか?失敗して落ちれば大怪我では済まされなかったかもしれない。
「……ああ、見つけた」
言葉を無くした私達の沈黙を破ったのはそんな透き通るような声だった。
頭を下げたままこっそりと視線を向ければ、そこにはこの国で最も高貴な身分を持つ一人である第二王子がそこに居た。
城に居ようとその姿は滅多に見ない。こんなに近くで見たのは初めてだ。
その姿は金髪に碧眼とまさしく絵本に出てくるような王子様らしい王子様だった。
「行方不明になっていたと聞いたけど何があったのかな?」
穏やかな口調だと思う。優しげであるとも。そっと覗いた彼の顔も穏やかだ。笑みさえ浮かべている。しかし、こんなにも空気が凍ったのは何故なのだろう?
聖女は今した説明を同じように王子にもした。その声が沈んでいるのは、大事にしてしまったことへの反省なのだろう。
話を聞き終えた後、王子はクスっと笑みを落とした。
「我々の聖女様は随分とお転婆さんだったんだねえ」
そう笑って、そうして同じように穏やかな口調で王子は言った。
「それで、彼女の警護についていた騎士と侍女は誰?」
それにイヴァンが騎士の名前を答える。どうやら、イヴァンは今日はなんらかの事情で護衛をしていなかったらしい。当然か。彼ならばどんなに聖女に請われようと聖女を一人にはしないだろう。
王子に名前を問われた彼らを私は少しばかり哀れに思った。きっとなんらかの罰は加えられるだろう。もしかしたら、仕事を解雇されるかもしれない。聖女に請われたからといって目を離して良かった訳では断じてないが、まさか逃げ出すとは思わなかったのだろう。
「あ、あの!違うんです!私が悪いんです!!」
王子の質問に意図を察したのだろう。慌てたように聖女は言った。
「……うん?そうだね、一番悪いのは君だよ。でも、君から目を離した彼らも悪い。そして、悪いことをしたら罰を与えなくてはいけないんだよ」
「で、でも!皆私のわがままのせいなんです!悪いのは私なんです!だから、私にだけ罰を与えてください!!」
「駄目だよ。君は我々にとって必要不可欠な聖女様。そんな君に酷いことなんてできる訳ないでしょ?でも、そうだなあ。罰、ね。」
私は最初以外ずっと頭を下げ続けていたために今の王子の表情はわからない。けれど、笑っているような気がした。
「覚えておくと良いよ。君の行動で周囲に被害が及ぶことを。今回君から目を離した彼らは皆解雇だ。当然だろう?失えば我々に未来はないってくらいに大切な存在から目を離したんだから。彼らの評判はガタ落ちだろうね。もうこの職には二度と就けないかもしれない」
聖女の身を任せられるような騎士と侍女だ。それなりの家柄の優秀な者達だったに違いない。道を外れたこともなく、外れることも許されない者達。城から解雇されたなんていう醜聞は彼らの人生を大きく変えてしまうだろう。
一人になりたいと聖女は言ったのだと言う。見張られる生活に慣れていなかったのだろう。窮屈な思いをしている聖女を哀れに思ったのだろう。少しだけなら、と思い移してしまった行動。してはいけない行動を善意故にしてしまった彼ら。そして、その期待を聖女は裏切った。
「そ、そんな……!お願いです!もう、こんなことはしませんから!!だから、どうか!」
「駄目だよ。これが、今回の君への罰なんだから」
「そんな……」
嗚咽が聞こえた。聖女のものだろう。
私は彼女に同情した。普通の女の子だったんだろう。私と同じように。それが、突然こんなところに連れて来られて、理不尽に聖女にされて、行動を制限される。
今回の行動は聖女にとっては少しの反抗心と息抜きだったに違いない。けれど、自分の立場を理解しきれなかったその行動がこんな悲劇を生んでしまった。望んでなった訳でもないのに。
可哀想だと思った。しかしここででしゃばって聖女を慰められる立場でもない。
私は静かに床を見つめて、時が経つのを待っていた。その瞬間までは。
「サヨ。覚えておいで。君の行動が何を引き起こすのか」
「……っ!」
息が止まった。心臓が跳ねた。
今、王子はなんと言った?
サヨ、とそう言わなかっただろうか。
私は思わず顔を上げる。もう礼儀や立場など考えている暇はなかった。
思い出すのは夕暮れに染まる校舎。響く吹奏楽部の演奏。見慣れていた教室。
私と彼女は特に深い関係でもなかった。クラスメイトであるから話したことがない訳でもない。しかし、大人になって同窓会ではお互い忘れてしまっていたかもしれない程の浅い関係。
あれから何年も月日が経った。私は彼女が私と同じように年を重ねて居るのだと思っていた。
聖女の顔を見る。涙に濡れた黒の瞳。私も彼女と同じ瞳をかつてしていた。日本人かもしれないと思った。でも彼女に結び付かなかったのは、彼女の顔を忘れてしまっていたことと、同じ年を重ねているはずだという思い込み。
あの日私達は忘れ物をして教室で出会った。全ての始まりの日。彼女は……沙夜は私におそろいだね!と笑った。
その顔が唐突に聖女と重なった。
見つけた。
その時感じた感情が落胆だったのか歓喜だったのか私にはわからなかった。




