転生少女の回顧⑪
リオンの顔が見れない。戸惑ったようなリオンの視線を受けても応えてはあげられない。
そんな私を同僚が心配する。今までのように真っ直ぐ目を見てなんでもないと大丈夫だと言えない。
だって私は私の世界に帰らなくてはいけないのだから。
そう思い人を避ける。しかし、避けるだけで、私は今の日常から抜け出せない。
だって、なんの手がかりもない。魔王も誕生していない。
だから、今のこの状況はしょうがないのだ。
リオンと居ることも、同僚と仕事をすることも。
そう自分自身に言い聞かせる。
言い聞かせていられた、のに……。
「ねえ、知ってる?」
暗い顔で同僚が言った。
「魔物が現れたんだって」
魔物。それは人よりも強い力を持つ化物であり、魔王が現れた証。
魔物が現れるから魔王が現れるのか。魔王が現れるから魔物が現れるのか。それは誰にもわからない。わからないが、しかしそれは人類にとって最悪の事態であっり、私にとっては待ち望んだ事態だ。
「……フィリア。ねえ、どうしたの?」
呆然としてしまった私に同僚が心配そうに声をかける。なんとか声を絞り出して大丈夫だと伝えては見るけれどその声は震えていて説得力の欠片もない。
心配した同僚は上司に掛け合って私を部屋へと返した。それなりの風邪程度なら許可など出されないのに、よっぽどひどい顔をしていたのだろう。上司はすぐに許可を出した。
私は自室のベッドでシーツにくるまる。
魔物が現れた。魔王が現れる。そうして、異世界人が召喚される。
止まっていた時間が動き出したかのようだった。
私は帰らねばならなかったのだ。でも、どうしようもなかった。だから動けなかった。そう言い聞かせて微睡みに体を委ねていた。
しかし、それももう終わり。
時間は動き出している。急速に。
「……フィリア」
その言葉に私ははっと体を起こす。その声を私は良く知っていた。
「リオン?」
何故かリオンが自室に居た。ここは同僚と同室の部屋だ。許可なく誰かを居れないと暗黙のルールがある。
故にここにリオンは来たことがない。
「なんで、ここに?」
「フィリアの体調が悪いと聞いたから」
それだけ言うとリオンはベッドへと近づく。額に手のひらが触れる。温かく……大きい。昔出会った頃に手を取った頼りない小さな手はもうない。
「熱は……ないね。でも、すごく顔色が悪い」
「……何も問題はないのよ。周りが大袈裟に騒いだだけ」
そうなんとか言葉を絞り出す。でも、声の震えは止まらない。
「フィリア……」
「本当に大丈夫なの。本当よ。だから、帰って?」
今優しくしないでほしかった。決意が気持ちが揺らいでしまいそうになるから。
この世界の優しいところなどもう少しも知りたくない。だって私は帰らなくちゃいけないのだから。
「フィリア」
名前を呼ばれる。この世界での私の名前。元の名前よりもずっと私に馴染んでしまった名前。
首を振る。拒絶したかった。この世界の何もかもを。
「フィリア……怖いの?」
その言葉に私は首を振ることができなかった。
「言ってた。フィリアが魔物が出たという話で顔色を悪くしたって。魔物が怖いの?大丈夫。俺がそんなもの倒してあげる。それに聖女だって無事に呼んでみせるよ」
「……あなたが、聖女を召喚するの?」
「今居る魔術師の中なら僕が一番力が強いから」
ああ、そうか。リオンがするのか。
私を縛り付ける要因の一つが私を急き立てる。行動しろと。そのために犠牲にしてきたのだろう。と。
こんなに喜ばしいことはないはずなのに。
あの日。リオンを拾ったあの日の私なら良い拾い物をしたと間違いのない笑顔で言えただろう。だって私の拾い物のおかげで帰るための道にまた一歩近づけているのだから。
それなのに。
「そう。それなら、安心ね」
そうして浮かべる笑みは全然上手くない。
「フィリア?どうしたの?何があったの?」
「何も。何もないのよ。本当に。何も」
首を振る。でも、リオンは信じない。
そっとリオンの腕に包まれた。
「ねえ、教えて?フィリアのことならなんでも知りたいんだ。フィリアのためならなんでもしたいんだよ。だって、俺はあの日、フィリアに全部をあげたんだから」
「……馬鹿なリオン」
リオンとの約束。あんなものを今でも覚えてる馬鹿な人。私が道具としてしかあなたを見ていなかったと知りもしないで私に尽くすなんて。
あの日の私ならきっとこの状況を上手く利用しただろう。そうして、私はあの日の私に戻らなくてはならないのだ。
「じゃあ、お願いよ。リオン。」
あの日の私を思い出しながら言葉を紡ぐ。この世界が嫌いで帰るためならなんでもしようと、なんでもしてきた私に。
「異世界人を確実に召喚して、そして魔王を倒して?」
今の私は上手く笑えているだろうか?