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エッセイ 「幸せな遺影」

作者: 一ノ瀬 航

とても良い遺影だ。そう思った。

ポロシャツを着て、実ににこやかに微笑んでいる。真顔で焼香してるのに、思わずこちらも微笑んでしまうような遺影だった。


以前、仕事でお世話になった方が亡くなり、告別式に参列した。ちょうど1年ほど前に、もう直ぐ定年だと言うので挨拶に伺い、ささやかな贈り物を持参したところ、後日「(典型的なおじさんタイプなので)似合わないんだけれど、・・・」と照れながら、ガラスに入ったとても綺麗なドライフラワーの置物をお返しに贈っていただいた。

今も、机の上に飾ってある。


それまで、一所懸命に仕事をされていたのだろう。奥様を亡くされており、子供たちを男手で立派に育てて既に独立させ「仕事も子育ても、やるべきことはやった。リタイア後は自分の人生を楽しむ」と言っていた。


酒好きで、一人で小旅行しては地元の居酒屋で食事をするのが楽しみだと言っていた。上野の小料理屋のおかみさんと仲良くなっていて、時々、仕事を手伝っているとも言っていた。小旅行の居酒屋めぐりは、そこで出す料理のヒントになるらしい。


人生の区切りを付けた、という雰囲気が良く出ていて、歳は離れていたが、僕も仕事を辞める時は、こうありたいと思った。


訃報を聞いたときには本当に驚いた。癌だったそうだ。

死期を悟ったのだろう。告別式は遺影から流す曲まですべて彼が段取りしたものだ、と、喪主の長男の方が言っていた。親父らしい死に方だったと。


1年前、あんなに楽しそうに話していた方が、今はいない。


この人の人生って何んだったんだろうか?


知った方の死に接する時、いつも、そう考えてしまう。

その方に対して、余計なお世話で不遜だとは承知しているのに、つい、そう考えてしまう自分がいた。

何故なら、僕自身が「何の為に、何をしたくて」生きているのか、全く解っておらず、心のどこかでずっと引っ掛かっていたから。


日々楽しい事は(もちろん、苦しい事も悲しい事も腹立たしい事も)多い。それはそれで刺激的(ストレスとも言える)で悪くは無いのだが、一方、日々、ただ無益に過ごしているだけのような気がしてきて、不安になる。


告別式の帰りの電車内、考えても、当たり前だが「僕は何の為に・・・」なんて答えは見つからなかった。

が、その時、思った。目標なんて大それた事は考えつかないが、やってみたいことはたくさんある。

冬の摩周湖を見てみたい。サマルカンドに行ってみたい。浅草一文字のねぎま鍋を食べたい。リュックと青春18切符で旅をしてみたい。などなど・・・。


俗人なので、やってみたい事はいくらでも思いつく。

では、その中で、一生に一度しか出来ないことを目標にしても良いのでは?

で、思いついた。


「そうだ、死ぬ間際に、『おもしろい人生だった』と呟こう」


「楽しかった」ではなく、苦しかった、辛かったもすべて含め「ああ、おもしろかったな」と呟いて終えられる人生になるように生きてみよう。それを目標にしよう。


急に気持が楽になった。


そこまで思いついたとき、今日の告別式の知人、絶対に「おもしろかったなぁ」と思って亡くなったに違いないと確信した。でないと、あんな幸せそうな遺影は選ばない。

焼香の時に微笑み返している人を見つけたら、してやったり、とほくそ笑んでいるに違いない。


そう思ったら、僕は電車の中で思わす笑みを浮かべ(つまり変なおじさんに見える)ていた。気恥ずかしくなって、ふと電車の窓から外を見ると、夕暮れの新宿の街と新宿通の人波が見えた。その人、ひとり一人が持っているに違いない様々なドラマを思うと、そして、もしかしたら、その中の誰かと今後出会うかもしれない、と想像すると、人生って悪くないな、と思えてきた。


色々な事をやってみたくなった。


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― 新着の感想 ―
[一言] その方にとっては”良い人生”だっのでしょうね。 私もそのように生き、そして死にたいものです。
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