4話「魔力因子」
魔力因子。
この因子を持つ者は魔法と呼ばれる奇跡の力を行使することができる。
例えば手のひらから炎の塊を生み出したり、何もないところから水を発生させるなどその力は多岐にわたる。
そして魔法の強さ――才能は生まれ持った魔力因子の多さに関係する。魔力因子を多く持つ者が行使する魔法はそれ一つで一国の軍隊に等しい軍事力になり得るとまで言われている。
しかしこの魔力因子はすべての人間が持つわけではない。
魔力因子の多さは主に血統に強く関係する。特に人種間での差は大きく、全く魔力因子を持たない人種も入れば、一人一人がとても強い魔法を行使できるその血筋に生まれるだけで魔法使いとなれる人種もいる。
そしてこの世界では魔法を行使出来ない人種は劣等種とされ差別の対象とされた。
シャルディア共和国に住む青髪白色人もその劣等種とされた人種の一つである。
■■■
サラは洗濯物がたくさん入って重くなった洗濯カゴを両手で抱えて廊下を歩く。
その洗濯物の中には午前中にエリシアが泥だらけにした服も入っていた。
サラの午後の仕事は大量にある衣服の洗濯である。
とはいえ洗濯といっても金髪褐色人の同僚に魔法で汚れを取ってもらって、魔法の使えないサラはその補助をするだけなのだが……。
通りかかった窓から屋敷の庭を覗き見ると、アン先生と一緒に魔法の練習をしているエリシアがいた。
お風呂場でのサラとの約束を果たすため、早速頑張っている妹の姿を見てサラは微笑む。
「あぁ⁉︎ サラちゃん仕事サボってよそ見してる〜。いーけないんだー。そんな眼はこーだ」
サラの真後ろからそんな声が聞こえたと思ったら、突然サラの眼が何者かの手で隠された。
ぷにゅっと柔らかな感触がサラの背中に当たる。
「暑苦しいので離れてください」
「もぉ、連れない〜。マナにも姫様のようにデレッデレに接してくださいよ〜」
サラにしていた目隠しを外し、マナが一歩離れる。
ふわりとカールのかかった金色の髪を長めに伸ばしたサラと同い年の褐色肌の少女。
サラと同じメイド服を身に付けたその少女はニコニコとサラに微笑みかける。
「何故私がマナにデレなくては行けないのですか?」
マナと呼ばれた少女は、サラのその答えに頬を膨らませる。
「だってー、サラちゃんと私は親友じゃん? 親友同士はラーブな想いで繋がってるのよ!」
「はて、貴方といつ親友になりましたか?」
「ひっどーい」
マナの叫び声が廊下に響き渡った。
その叫びと共にマナの膨よかな胸部がプルルンと揺れる。
その姿をサラはジトッと眺める。
「……それで、サラちゃんは何を見てたのかなぁ〜」
マナはサラの隣に移動して窓から外を覗き見る。
そして魔法の練習をしているエリシアの様子を見て、ふむふむと口にする。
「姫様のこと相変わらず好きなんだねぇ〜、このシスコン」
「…………うるさい」
「もぉ〜頬を赤くしてかっわいい〜」
マナはプニプニとサラの頬を指で突っつく。
何度も何度も何度も…………。
いい加減うざくなったサラはプイっと顔を逸らし、洗濯場のほうへ足を向ける。
「あっ、ちょっと待ってよぉ〜」
その後を追い、トテトテとマナはサラを追いかけた。
「早くこっちの服にも魔法かけてください。あとここまだ汚れ残ってますよ」
「ちょ、そんな早くとか無理〜」
「しのごの言わず、せっかく魔法が使えるのだから早くやってください」
洗濯場でサラとマナの二人は服の洗浄をしていた。
マナは水洗いできないドレスなどの汚れを魔法で、サラはそれ以外の衣服を水洗いする。
「〝清らかなる風 透き通る水 生活魔法『洗浄』」
マナが言葉を紡ぐと、淡い光がドレスを包み込む。ドレスの裾についていたシミが光に吸い取られるかのように消え去った。
「はい、よくできました。花丸あげます。次はこれです」
「ちょっと、休ませてぇ〜」
「ダメです。アリのように働いてください」
「むむむぅ……。サラちゃん、取引なのよ!」
「は、はぁ」
マナはまだ洗濯が終わってない衣服の塊に手を突っ込み、何かを探るように手を動かす。
目当ての物が見つかったのかサラに顔を向けてニヤケ顔を晒す。
「ジャジャーン」と両手で持って、サラの眼前に広げたのは――――白のパンツだった。
しかもサラはこのパンツに見覚えがあった。
「これは……姫様のパンツ」
「流石ですサラちゃん、ご名答! これは姫様の生パンツ、洗濯前です。欲しいですか? 欲しいですよね、クンカクンカしたいですよね、興奮しますよね⁉︎ これが欲しくばマナに休みを――」
「いえ、まったく。いつも洗濯してるので興奮なんてしませんよ? ホントですよ? ……と言うかマナ、早く仕事してください」
「アボン」
取引に失敗しそそくさと仕事に戻るマナ。
それをジトっと見つめたサラは、僅かな動揺が顔に表れるのを感じつつドキドキした心臓を落ち着かせようと胸に手を当てた。
■■■
サラのマナが洗濯をしている頃、中庭ではアン先生による魔法の指導が行われていた。
「〝紅蓮の烏 真理なる綻びとなりて 微かなる火種から 燃え上がれ 攻撃魔法『炎弾』〟」
アン先生が魔法を詠唱すると、手のひらに小さな火の粉が集まり出し直径十五センチほどの火の塊が生まれた。
そしてそれを木で作られたマトに向かって撃ち出す。
火の塊は形を維持しながら一直線に的に向かって飛び――
マトに触れた瞬間に弾けて、爆発した。
「これが基本攻撃魔法の一つ『炎弾』です。先ほど言った通り、攻撃魔法は生活魔法と違いモノを傷つけるための魔法であるため規模が大きくなりがちです。そのため詠唱は生活魔法に比べて長く、また魔法習得自体も難易度が高いです。そのため魔力因子が濃いエリシア様でも習得には時間がかかると思われます」
「ん、分かってる。でもこれくらい出来ないとお姉ちゃんとデ……お出かけ出来ないもん」
『デート』、とはあえて言わず『お出かけ』と誤魔化すエリシア。サラに恥ずかしいからデートと言うことは秘密だと口止めされていた。
エリシアはサラとのデートのために、サラを守れるほどの魔法を身につけることを約束した。魔法を習いたてのエリシアは本来ならば簡単な生活魔法から身に付けていくのだが、デートのために先に攻撃魔法と、防衛魔法の習得をアン先生に頼んだのだ。
「護衛の従者を連れて行けば良いのではないですか?」とアン先生が言うと、「二人きりが良いの!」とエリシアは駄々をこねた。
とりあえずエリシアの母に許可を取ってから、アン先生はエリシアに攻撃魔法を教えることにしたのだ。
「来月までに二つの攻撃魔法と三つの防衛魔法を覚えてもらいます。一ヶ月で五つも覚えなくてはいけませんからビシバシいきますよ」
「がんばる!」
今まで見たことのないエリシアのやる気の高さにアン先生は驚く。
エリシアとサラの仲の良さは認知してはいたが、ここまでやる気を出させることができるとは思ってもいなかった。
「最初は私に続いて詠唱してください。何度も言いますが攻撃魔法は詠唱が長いので、詠唱ミスには注意です」
エリシアはこくりと頷いた。
そしてアン先生はエリシアが追いかけられるようにゆっくりと詠唱を紡ぎ始めた。
エリシアの中には三大公爵家の直系の血が流れており、とても高い魔力因子を内包している。
とはいえエリシアもまだ魔法は習い始めであり、最近ようやく生活魔法の一つを会得した程度なのだ。やる気がいくら高くてもちょっとやそっとで高難易度の攻撃魔法を会得できるとは、アン先生は思ってはいなかった。
しかし……
日が沈み始め、オレンジ色の夕日がエリシアの浅黒い肌を照らし始めた。
午後に魔法の練習を始めてからずっと休憩なしで練習をエリシアは続けていた。
アン先生が何度も休みを入れるように言ったのだがエリシアは「大丈夫」の一点張りで聞こうとしなかった。
「〝紅蓮の烏 真理なる綻びとなりて 微かなる火種から 燃え上がれ 攻撃魔法『炎弾』〟」
エリシアの詠唱に答えるかのように火の粉が集まり出すが、アン先生のように安定した形にならず揺らいでいる。
エリシアは魔力をコントロールしてどうにか崩れるのを防いでいるが……
数秒経つと、限界が来たのか炎弾は崩れ始め一瞬で霧散した。
「エリシア様。今日は十分と思いますよ。一日でそこまで炎を形成できるようになっただけで立派です」
肩で息をして疲れを見せるエリシアにアン先生が優しい言葉をかける。
ぐぬぬ、とエリシアは悔しそうな顔を見せる。
――エリシア。
微かに聞こえた自身を呼ぶ声にエリシアは反応して顔を上げる。
声主を探して屋敷の方に顔を向ける。屋敷の二階の窓にその人はいた。
「お姉ちゃん……」
心配そうな顔をしてエリシアを眺めていた。
お姉ちゃんが私を見てる。
かっこ悪い所は見せられない。
エリシアは深く息を吸って
「〝紅蓮の烏 真理なる綻びとなりて……」
魔法を詠唱し始めた。
エリシアが急に魔法を詠唱したためアン先生があたふたし始める。
そんなアン先生の様子を気にも止めずエリシアは詠唱を紡ぎ続ける。
「……微かなる火種から 燃え上がれ 攻撃魔法『炎弾』〟」
火の粉が集まり炎弾を形成し始める。しかしその形は先ほどまでと同じく揺らぎ崩れ始める。
ダメっ!
エリシアは霧散しそうになった炎を必死で繫ぎ止める。魔力を込めて力で抑えつけ…………いや、違う。
「そうか、こうすれば……」
抑えつけるのではなく包み込む。
揺らいでいた炎の形はボール状に安定し始める。
さっきまでは魔力で力ずくで炎を抑えていたことで逆に歪みが生まれ崩れていたのだ。エリシアはそれに気づき、無理やり抑えるのではなく形を維持するように心がけた。
炎は綺麗な一つの炎球となり、エリシアの手の中で安定した。
「いっけぇえええ!」
空気を裂く音と共に炎弾が飛ぶ。
アン先生のような綺麗な直線ではなく緩やかな放物線ではあるが、それでもしっかり前へ飛んで行った。
炎弾は的を少し外れ、地面をえぐるように破裂した。
「で、出来たぁー」
その場でジャンプして喜ぶエリシアを唖然とした顔でアン先生は眺める。
まさか一日で炎弾を飛ばせるまで成長するとは思ってもいなかったのだ。
エリシアは窓から眺める姉の方へ振り返り満面の笑みでピースサインを送る。
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「やっぱりかわいいですね〜。姫様にあんなに慕わられてサラちゃん羨ましい〜」
あらかた仕事を終わらせたサラとマナの二人は昼間に覗いた窓からまたエリシアの様子を見守っていた。
二人が見守る中、エリシアは見事魔法を成功させてこちらに向かってピースをした。
「うはあ、ピースですよピース。と言うか攻撃魔法って今日練習始めたばかりですよね? 姫様ってもしかして天才? それともサラちゃんへの愛がなせる技⁉︎」
横でキャンキャン騒ぎ、膨よかな胸部をたゆんたゆんと揺らす犬を尻目にして、サラはポツッと呟く。
「まさか約束したその日に魔法を一つ会得するなんて……。そんなにあの子は私とデートしたいのでしょうか」
「約束? デート? 何それ、マナ知らないよ⁉︎」
小さな声だったのに一瞬でマナが反応して来た。
――――さて、どう言い訳しようか。
サラは天井を見上げて考えるのであった。