フタ消し
僕は超能力者だ。と言っても、手も触れずに物を動かしたり、瞬間移動したり、壁の向こう側を透視したり、なんて事は出来ない。 普段は会社員として他の人達と何ら変わる事無く暮らしている。
誰でもそうだろうけれど、日々を過ごしていると色々とストレスがたまってくる。我慢して我慢して、もう限界だと思った時に僕はフラリと街に出る。ブラブラと歩きながら行き交う人を眺めて獲物を物色する。ジョギング中の人なんか最適だ。運よく見つかった時に、背中がゾクゾクして小躍りしたくなる。
次は、標的の動きをじっくり観察する。見ている事を気付かれないように気を付けながら標的の足の動かし方・体の動き・走るリズムを記憶する。そして、距離を一定に保ちつつ、慎重に標的を尾行する。そして、標的がマンホールや側溝の上を通過しようと蓋に足をのせる直前に、気合を込めて「パチッ」と指を鳴らす。すると、マンホール、あるいは側溝の蓋が突然パッと消えてその上に乗るはずだった足が宙に浮き、あまりの驚きでどうする事も出来ず、そのまま片足を突っ込んで転倒してしまう。
「フン、体力に自信がある所を見せたいからって、これ見よがしに街中を走り回る必要が何処にある?」
そう心の中で悪態をつきながら、思わずニヤニヤしてしまう顔を、引き締めなくてはならない。もう気分は爽快そのものだ。
あるいは、調子に乗って炭酸飲料のペットボトルを思いきり振り回している連中に出くわした時もチャンスだ。「パチッ」と指を鳴らすとペットボトルの蓋が消える。浮かれていた連中が慌ててももう遅い。止める間もなく泡立った炭酸飲料が勢い良く辺りに撒き散らされる事になる。
そう「フタを消す」それが僕の能力だ。他愛の無い悪戯ぐらいにしか使えない。
だから何で突然拉致されたのか分からない。
道を歩いていたらいきなりスタンガンを押し付けられて気絶した。気が付いたら目隠しをされていて、ここが何処かも分からない。
その時、頬にヒンヤリと硬い物が押し付けられた。ナイフか?
「おいガキ。お前が常日頃下らんイタズラに使っている能力を、今日は我々の為に使ってもらうぞ。異論はないな?」
「はい、勿論です・・・」
「よーし大変結構だ。やる事は簡単だ。お前はただ指示に従えばいい。分かったな?」
「了解です・・・」
彼は今日、朝から何かがおかしかった。何故か鼓動が激しい。めまいがする。出勤しても気持ちが落ち着かない。
“おかしい。薬物でも盛られたかもしれない”
「おはようございます、司令官」
「うむ、おはよう・・・」
挨拶されても上手く返せなかった。それでも彼は軍人らしく背筋を伸ばして歩き、いつも通り指令室全体が見渡せる自分の席に座った。頭の中でずっと声が響いている。「やっちまえ」「今が決行の時だ」「タブーなんかドブに捨てろ」司令官の席の周りには、押せば取り返しがつかなくなるボタンが沢山ある。そちらについつい目が行ってしまう。
“我が国の偉大なる大統領にして尊敬する大将軍様からお預かりしているこのミサイル基地を守るのが私の使命。なのに、何だこの体たらくは!”
「よし、合図をしたらフタを消せ。いいな?」
目隠しをされたまま、突然怒鳴られた。体がガタガタ震えてくる。従うしかない。
「でも、どのフタを消すんです?」
「お前の左手側4m、隣の部屋にある小さなフタだ。お前が対象を見なくてもフタを消せる事は分かっている。手を抜くなよ。さぁ、いくぞ。3、2、1、今だ!」パチッ!
ドン!ーー突然、彼の背中が誰かに押された。普段なら何てことはないが、今日は不意を突かれて倒れ込んでしまった。体を支えようと思わず手が出る。その手の先にあるものに気が付いて、彼の背筋には悪寒が走った。
「基地の自爆スイッチだ!」
しかし、すぐに気が付いた。
“大丈夫。スイッチには蓋が付いている。このまま倒れ込んでも押す心配はない”
その時、目の前で有り得ない事が起こった。
「蓋が消えた!」彼の手はそのままスイッチを押し、基地内にアラームが鳴り響いた。
気が付くと僕は自分の部屋に寝かされていた。あれは何だったのかさっぱりわからない。まぁいいか。僕の取るに足らない能力が世界を変えたりなんて事、ある筈ないし・・・