第01-08話
夜空に三日月が浮かんでいる。
俺はそれを眺めながら、コップの中のものを飲み干した。
隣に座っているカベも、無言で俺と同じものををかっくらった。
ここは、俺の家……加藤家の縁側だ。俺とカベは、月見をしながら残念会を開いていた。飲んでいる間中二人は極めて無口だが、その分心で話し合っているつもりだ。
由紀姉さんは、二人の為に料理を作ってくれている。今日の料理当番はいつもなら俺なのだが、今日ばかりは交代ということにしてもらっている。俺は姉さんの当番の日と交換するつもりなのに、姉さんは「ゆっくりしてもらいたいから」とその提案をやんわり断っている。
真理と美夏は、何が楽しいのか、残念会をしている俺たちの背中を部屋の中から見ている。きっと、二人の宴の妨げにならない様に気を使ってくれているのだろう。良く出来た妹たちだこと。
しかし俺たちは、良く出来た三姉妹の厚意に甘えて、ひたすら無言の月見の宴を続けた。まるで両人友が何かしらの言葉を、飲み物と一緒に飲み込んでしまうかのように。
やがて、予め用意しておいた飲み物も底を尽きかけて来た。それはつまり、二人の何かしらの言葉を塞ぐものもなくなるという意味でもある。
最後に残ったつまみである唐揚げを口に放り込み、宴会に終止符を打つ。と、
「聖」
カベが俺を呼んだ。
「ん?」
「最後のオレの打席、あれで良かったのかな……」
カベは珍しく後悔の様な物を口にした。
「良かったのかなって……どういう事だ?」
「……本当に大塚さんを信頼しているのなら、あの場面はランナーを溜めなけりゃいけなかったんじゃないか、ってな」
「……何言ってるんだよ、大塚さんは自分の力じゃどうにもならないというのが分かっていたからこそ、お前に見せ場をくれた訳だろう?悩むなよ、あの人はやっぱりキャプテンだ。カベがあまりにもチームバッティングに徹し過ぎているのを分かっていたんだから……」
「……」
カベはしばらく黙っていたが、どうやら納得したらしい。
「そうだよな……分かった。俺が唯一気になっていたのはそれだけだ。スッキリしたよ。さて、そろそろオレは帰るよ。邪魔したな」
そう言うと、カベは帰って行った。
その後。
「お兄と真壁さんって、本っ当に無口だね……」
美奈津が不思議そうにつぶやいた。
「あれで仲が良いって言うんだから、不思議だな……」
美奈津の言う事も尤もだ。ただでさえ無口な俺と、普段はそうでもないが俺の前では口数の少なくなるカベ。あれでコミュニケーションが取れているのか、第三者がいぶかしむのも無理はない。
「人は喋るだけが心を伝える手段じゃない。時には黙って心で語らう方が分かり合える事もある。俺達が無口なのもそういう訳だ」
俺の説明を聞いても、美夏の頭の上には?マークがいくつも浮かんでいる。
「良く分かんない……」
「俺にも良くは分からねえよ。ただ、そんな気がするだけさ……」
良く考えると、俺は17歳の分際で偉そうな事を言っているよな……。でも、カベと一緒に居るとそんな気持ちになれるのは確かだ。やかましい人間が苦手な、俺と言う人間を分かってくれているらしい。二度と得難い恋女房……それが真壁大成と言う漢なのだ。他人に分かって貰えなくとも全く構わない。元々俺とカベは、少なくとも五塚高野球部では浮いた存在なのだから。
しかし、カベがキャプテンに指名されたとあっては、その関係も危ういだろう。なんせ、キャプテンというのはチーム全体の事を考えなくてはならないからな。でも、それならそれでいい。カベのはつらつとしたリーダーシップが見られれば、俺は幸せだから……。
不遇をかこっていたカベ。そのカベが全国区になれば……俺が高校で野球を再開した目的の3分の2は達成したも同じなのだ。