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FASTEST!!  作者: サトシアキラ
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第15-05話


 ……そして。

 俺等五塚高校は三回戦へ駒を進めることとなった。

 この前、横浜学院の試合を視察したのと同じ日に快投を目撃し、俺を刺激した好投手・安倍川との対決が行われる。安倍川率いる鹿児島北工は、二回戦も完封劇であっさりと突破。一回戦が5対0で、二回戦の相手も8対0とまるで問題にしなかった。お陰で、この三回戦、五塚と鹿児島北工の対決は『今大会ナンバーワンピッチャー決定戦』などという大層な煽り文句が新聞に踊っていたっけ。

 ……俺等の二回戦はというとだな。

 俺はベンチ裏に何故か放置してあった、五塚高校が二回戦を戦った翌日のスポーツ新聞の紙面を思い出していた。尤も、広げるまでもなく記事はもちろん一面に

『五塚・加藤、連続完全試合!』

 と赤い大文字、俺のやけに鋭い目つきの写真と共に踊っていたのだった。


 一試合だけならまだしも……いやいや、この長い歴史の上で史上初となる完全試合という快挙を成し遂げたという事実にどれだけインパクトがあったのか知れないが、二試合連続となると流石に自分自身も落ち着いていられないから困ったものだ。

 大体において、ノーヒットノーラン含む完全試合なんてものはどうしても運の要素が絡んでくる。それこそ完璧に討ち取ったと自分では思った打球が野手の間にぽとりと落ちるなんてことは日常茶飯事だし、どんな調子の良いときでも、連打を喰らいこそしないがコントロールミスで単打を喰らうなんて事ももちろん珍しくない……というかあって普通だ。

 それなのに。

 俺と来たら派手な真似をしてしまったもんだ。

 チームメイトに浮かれるなといった方が無理だし……そもそも、奴らが言うには

『俺たちが甲子園に居る事自体奇跡なのに、伝説の誕生の生き証人となるなんて』

 と、大層な事を言い出す奴まで現れる始末。カベに聞いてみれば

「そう思うのも仕方がないと思うな、オレは」

 と認めたような言葉。

 ……実際、去年まではテレビで見ている立場でしかないこのマウンド上に立ち、そして完全試合を産み出しているなんて自分が自分でなくなったような心地なことは確かだった。例えるなら、自分が急にテレビドラマの中の主役になったような……いや、例えでなくとも、実際に『夏の甲子園』という一大ドラマの中に放り込まれて主役を演じてしまっていると言い切って良いか。

 しかし、東西代表分離大会のお陰とはいえこうして甲子園にまで来ているという事実は変えようもなくて……それと同時に雑音が増えてきたことも確かだった。

 真理に言わせれば、二回戦が終わってから「マサカリの聖くん」の名前をあらゆるメディアで耳に目にしない時間は無くなったらしく、内心不安を覚えているところであったという。俺はというと、毎日テレビを見る暇もなく布団に潜り込んでしまうからなぁ……

 自分のあずかり知らぬところで報道が過熱しているという点からも……自分が自分で無くなった気がする。

 他にも、マスコミや俺の事など去年までは知らなかったに違いない俄女子校生のファンに、別段話すことも無い(話したところで理解してくれないだろう)のに、疲れている俺の進路をいちいち塞いでくるマスコミもかなり鬱陶しかった。

 これが、もっと幼い頃からメディアに接してきた選手ならいかほどにも賢い受け答えを会得しているのかも知れないが……俺にはとうてい無理な話だ。でもな。マスコミの連中も、俺から話を聞き出せないと分かってもあからさまに不服そうな顔をしないでくれよ。そっちは仕事かも知れないけど、俺は仕事でも義務でもないんだ。

 それでも、カベを天下に知らしめるという意味での義務はあるから、それとなく『真壁に話を聞いてくれ。サインは全部彼に一任しているから』と話を振ってやっても、カベには見向きもしないそのマスコミの野球眼の無さにも閉口していた。


 それにしても……疲れた。たった二試合投げただけでこうも疲れるとは。精神の疲れは、肉体の疲れを何倍にもして俺の身体にのし掛かってくる。只でさえ、マスコミは『マサカリ・加藤聖対薄幸の超天才・伊東光』対決を規定の路線と定め、しかもそれが最高に盛り上がるコンテンツだと思っている。しかし、もちろん俺は悪役。その報道の節々に『加藤を打ち崩し、閉塞した野球界にその名の通りの光をもたらす伊東光』の誕生を待ち望んでいやがるのだ。

 無論、それが直接文面や言葉で語られたことはない。報道の公平という建前上。だが、マスコミ受けが良いというだけで伊東は野球界の寵児となってしまっていた。……こういう面でも伊東は野球の天才として産まれてきたと例えられるのだろうか。


 ここで俺の成績を記しておこうか。


 一回戦

 投球回数 9

 投球数 120

 被安打 0

 与四死球 0

 奪三振 21

 失点自責点 0


 二回戦

 投球回数 9

 投球数 128

 被安打 0

 与四死球 0

 奪三振 18

 失点自責点 0


 ……こうして数字にしてみると大したもんだなと、自分の事ながらいちいち驚かずには居られない。夏の甲子園最多奪三振は、かの板東英二氏の83。氏の記録には延長18回を投げて25奪三振という参考記録も含まれているとはいえ、やはり伝説クラスの活躍だろう。マスコミが騒ぎ立てるだけのことはあるみたいだな。

 また、今までの一試合最多奪三振は数人が記録した19個。これはこれで凄い数字だが……俺はこの記録も上回っていた。完全試合の陰に隠れてしまっていたようだ。


 そこまでの記録を打ち立てた俺に、周囲が期待を掛けぬ筈がないのは分かって居るが……どうにも、もう少し、もう少しだけカベに注意を払ってやってくれてもいいんじゃないだろうか。

 この試合が終わったら、いや……この大会が終わったら宣言するんだ。

『ここまで来ることが出来たのは、ひとえに真壁大成という選手のお陰なんだ、俺個人のやった事なんて大したことはない』と。大したことが無いというのは謙遜だとしても、、あの時……中学三年の大会の時……に、投手として存在していいという自信を与えてくれたカベの存在無くして、現在の俺は成り立たないのは明白だ。カベには感謝してもしきれない。野球をやることによって最大限の感謝を、今、ここで示すんだ。


 想いを胸に秘めた俺は、こうしてマウンドに立っている。

 カベは……どんな想いで俺の球を受けてくれているのだろうか。

 その想いを知りたくもあるし……知りたくない気持ちもある。でも、打ち明けはしないつもりだ。だって……打ち明けたところで、想いがカベにとって重荷と思われていたらどうするんだ。それこそ自分が野球をやっている意義を半分は無くす。

 いや……問題なのは、『自分が野球をやる、やらなければいけない理由をカベの為という言葉にすり替えている』って事実かも知れない。その認識をしたくないが為に、胸の内にしまっておこうとしているのでもあるだろう。

 試合開始前の投球練習。

 まだカベの準備が整っていないのを見るや、一つの余興をやってやろうと思いついた。

 ホームに背を向け、センターの黒沢を呼び出した。黒沢は何事かと訝しげに振り向いたが、『俺とキャッチボールをしよう』と投げる仕草をしてやると、意図を察してか怖々身構える。……俺の球威は知ってるだろうからな。でも、マウンドとセンターくらい距離が離れてれば受け損なって怪我するなんて事もないだろう。肩慣らしなんてより、『こういうこと』をして、周囲がどんな顔をするか見てみたいという悪戯心の方が強かった。

 軽くマサカリのフォームを取り、いつもよりゆったりしたフォームで、しかし自分としてはかなり力を抜いたフォームで投げる!


 ……驚いた、自分でも。何故って、球が予想以上に走っていたからさ。その証拠に、数球キャッチボールをやった時点で、グラウンドのみならず球場内が静まり返ったからな。息を飲んだと表現した方が正しいか。

 球場内がマナーモードになったお陰で、黒沢のグラブをボールが叩く音が良く聞こえる。黒沢のグラブ自体もよく手入れされているようだけど、ボール自体のスピンの掛り方も大したもんだ。

 もう十分と判断したところでキャッチボールを切り上げる。想像以上の効果があったらしく、ちらりと相手ベンチを見ると、選手全員が顔面蒼白だった。去年以来幾度となく目にした光景だが、やっぱり気分がいいねぇ。

 ホームに向き直れば、カベがいつもの……いつも不機嫌そうなカベだが、今はそれよりも大分……表情で俺を見ている。さも『遊んで体力を消耗するんじゃない』と苦言を呈しているかのように。

 そんなカベの表情を見て苦笑した俺は、素直にカベのミットへと、今度こそ本当のマサカリ投法で渾身の一球を投げ込んだ。カベ、心配するな。俺の体力はちょっとやそっとじゃ消耗しない。あの特訓を切り抜けた俺だ、分かってるだろ?

 カベから返球が来る。ボールに込められたカベの魂を受け取るように、慈しむように受け取った。

 三回戦の舞台は、相変わらず灼熱のグラウンドの中。外界とは高い塀で隔絶された、ある種の地獄だ。こんな猛暑の中で野球をやるなんて馬鹿げてる……どうしようも無いことを心の中で呟いて、早くも吹き出してきた汗を手の甲で拭ってからスタンドを見回した。

(しっかし……この人たちも暑い中よく見物に来るよなぁ……)

 スタンドは既に満員。大会関係者にしてみれば盛況なのは大いに結構なんだろうが、実際にプレイしている身になってみると堪らん。つくづく、甲子園なんてもんは冷房の効いた部屋の中で観戦するものだと思う。ま、俺も去年はそうやって観戦するだけだったんだけど。

 相手の鹿児島北工業はこの大会の優勝有力候補、らしい。二回戦までを前評判通り安定した試合運びで下したし、何より安倍川の実力からすればその評価もあながち間違いではないというのが専らの評価のようだ。ただし、あくまで『横浜学院が本命という前提で、対抗馬として』という程度に過ぎないが。五塚は……まあ、俺が居るということで大穴候補ぐらいにはなってるんじゃなかろうか、新聞を読むに。

 とにかく、他人のことはどうでも良い。今は目の前のたたかいに集中するだけさ。何回この決意を新にしたか分からないが、甲子園という場所は単純な思考が揺らぐほど人を狂わせる。マニアが居るわけだ。

 所定の投球練習が終わり、一番打者が打席に入る。三回戦まで勝ち進むと、流石に一番打者の資質も優れたものになって行く。一番打者は一番センスの良い人間が座る……その論法から行けば、仮にも優勝候補である鹿児島北工業の一番打者は相当な技量の持ち主であるはずだ。

 けたたましいサイレンが鳴った。今日二試合目、時刻は午前11時。最も日差しが強くなる時間帯に出て行かなければならないという誰にも聞き届けられない泣き言を漏らす暇もなく、サインを伺う。

 ……初球は、やっぱりストレート。

 これ以外の選択などあるものか。カベのサインは、まるで直に耳打ちされているかのように心の中に滑り込んで来る。カベが多くの場合初球にストレートを要求する意味は分かってるつもりだ。つまり、どの程度直球に対応するかで相手打者の技量を見計らい、且つ俺のその日の所謂いわゆる『走り具合』とコントロールをも見極める。でも……それ以上の『何か』を感じるんだ、カベのサインからは。


 頷く代わりにモーションを起こす事でサインに同意する証とする……のはいつもと同じ。そう、これが俺とカベとの日常なのだ。だから……いつまでも終わらないで欲しい、この時間が。いつまでも続く日常がなど存在しないのは理解してる。だから、その物わかりの良さと引き替えに……お願いです野球の神様、せめてこの大会の最後まで野球をやらせてください。このチームで出来るだけ長い時間野球をしていたいんです。


 今まで、散々野球の神様の事をバカにしてきたようなことを言ったかも知れないけど、そして今まで一度も神様の存在を信じたことのなかった俺ではあるけれど、

 

 お願いです、神様。

 どうか、お願いします……



もっと、投げていたいんです。





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