第15-02話
さて、と。
いくら力んだところで俺の状態が好転する訳じゃない。何とかしてカベのサイン通りに投げる事を意識しなければ……と思うが身体の利かん坊っぷりは昨今稀に見るほどだ。ひょっとしたら産まれて初めての経験かも。
普段は良い投球をして当たり前、体調が悪い時に自分のピッチング死守してこそ一流選手だが、俺が一流と自負していいのかと問われれば、カベなど即座に首を振るだろうけどな。
マウンド上でふっと一息。この一息に乗せて身体中の毒素と倦怠感が抜け出て行ってくれれば最高だな……一体何処の呪術だよ。有りもしない幻想にすがるより(何が言いたいかというと、幻想にすがりたいほど体調が優れないって事さ)ベストを尽くす!
……朝から何十回繰り返したか分らない決意だが、身体中に脳の意思が伝わらないもどかしさを感じる度に決意が吹き飛ぶことも何十回めだ。
目の前には、もちろん相手の一番打者。相手の高校は……ええと何と言ったかな、強豪だと言う割には聞き覚えのない名前だ。そっとスコアボードを見て確認すると……そうそう、北北海道代表・朝日川高校だったそうだった。別に高校の名前で野球やる訳じゃないからな。高校の名前で野球部に入部する人間はいるだろうけれども。
なかなか投げない俺をどう思っているのか……審判もバッターも、そしてカベも遅延行為に対しての苦情を言ってこないところをみると、自分が思っている以上に時間の流れが遅いのかも知れない。
よし。
一丁やったるか。
頭の中身を入れ替えようとして、ようやく行動を起こす気になった。
サインを窺うお決まりのポーズ、上半身だけを深いお辞儀をするときのように折り曲げ、カベの指に注目する。カベの無骨な節々の太い指は、マリオネット操者の如く俺の動きを左右するのだ。そう、俺はただ操られるだけで良い。
たったそれだけの事なのに、何故か身体が自分のものじゃ無い感覚がして……この試合がどう転んでしまうのかを考えると気が滅入るなぁ。
サインは……
げっ。
カベの奴、本気かっ?でも、さっきの宣言通りカベのサインに首を振る選択肢など俺には残されていない。信じろ、信じろ、信じろ……カベを信じることを自分に信じ込ませることは、実に厄介な作業だった。
それまでにもカベの真意を疑いかねない事は幾度もあった。だが今示されたサインは、誰しも俺に同情せざるを得ないだろう。
カベがマスクの下から痛いくらいの視線で俺に呼びかける、『信頼しろ』と。勿論だカベ、お前を信頼しない自分などこの世には最早存在しない。ただ、ほんのちょびっとだけ考え込みそうになっただけだ。
頷き……元よりその他に選択肢はない……モーションを起こす。
マサカリ投法の、ではなく極大人しいフォームで。
そして、力の入らないなら入らないなりに腕のしなりを意識して、投げる!
「んっ」
思わず声が出た。腕がボールの重さに負けてしまいそうだったのを気合いで押しとどめた。
ボールは……第一球と言うこともあり、バッターは簡単に見逃す。右打者の外角低めギリギリいっぱいに決まるストレートだった。審判によってはボールと取られても仕方がないくらいの際どいストライク。
ボールが無事にミットに収まった瞬間、思わず安堵の溜息をついてしまった。並以上の打者だったら、あの程度の球威など強引に持って行かれてしまっていただろう。カベ……何てボールを要求するんだ。
しかし、ちょっと待てよ?あいつが乱心でもしない限り、このコースと球種選択に何らかの意図が隠されているハズだ。その意味をじっくり読み解く時間は今はないが、そう思い込んだ方が精神衛生上良さそうだ。
さて、如何に初球とはいえ、この球を打たなかった事で先頭打者の力量と傾向は判った。積極的に初球から手を出してくるタイプでもなく、そして外角低めというコースに手を出さなかった事から考えても、センスがあるからというより『プロ野球的』な理由……即ち、長打力はなくても選球眼と走力があるから……一番打者を務めているのだろう。
そう考えると、一発喰らうことよりもフォアボールを出さないように制球重視で投げた方が良いんだろうな。なるべくコースを突けと。
カベの第二球目の要求も、俺の考えに賛同するかのように内角低め。そして球種は……今度はカーブだぜ。初球が俺の水準から言ったらハエの止まりそうな球威だっただけに、緩急を付けるという意味での効果は有るか分らないが……ま、やってやろうじゃないの。
マサカリではなく、単なるコントロール重視のフォームだからワインドアップをせず、ランナー無しでもセットポジションを取る。こうすると更にコントロールとフォームが安定するけど、引き替えに球威ががくんと落ちる事は言うまでもない。が、元より今の俺は球威を捨ててコントロールを取っている。余計な色気を出さずにそのまま力を抜いて投げるだけだ。
「うっし」
自分に何を言い聞かせたのかは自分でも判らないが、それでも腕を十分にしならせ、やや速めのフォームで投げる!
こんな体調で投げるのだから、さぞかし曲がらない、打者の肩口から入ってくる打ち頃の球になるかと思いきや……
カーブのキレが存外に良かった。マウンド上から見てもがくん、と気持ちいいくらいにブレーキが利いて弧を描く。バッターが仰け反ったその意味は、つまりよけなきゃ頭部に直撃すると錯覚するほどのボールだったって訳だ。う~ん爽快爽快。ひょっとすると速球よりもストライクを取れる確率が高いかも知れない。
で、だ。
既にへっぴり腰になっちまった一番打者を料理するのは簡単だった。三球目は外へのストレート。つまり外・内・外のコンビネーションで三球三振。この程度の打者を一番に据えていると言うことは、この高校全体のバッティングも大したことはないな。この事から少なくとも打撃チームではなく、かといって特別名のある投手を抱えているという話も聞かないから……と言うだけの理由に過ぎないのだが。
さて、次の打者が控えている。体調は……ま、三球投げたくらいで好転するなら苦労は要らんわな。要するに相変わらずってことだ。
その二番打者の何某は……あれあれ、もう膝が笑っているモードにご変更ですか?折角甲子園まで来たのに、もっときちんと打席に立たないと俺の球は打ち返せませんよ?ま、この場合ばかりは俺の速球に臆したのではなく、カーブをぶっつけられるかもという恐怖だろうな。まあまあ、仮にカーブが抜けたところで大した怪我にはならないんだから、そんなに怖がんなさんな。
……しかし歯がゆい。自分のピッチングがコントロール以外の所でままならぬとは。本当だったら、何も考えることなくストライクゾーンに向かって速球を投げていれば良いところなのに。
さあ初球のサインは何だ?
……なるほどね。さっきは速球を見せたから今回は変化球から入るという腹づもりらしい。確かに目眩ましにはなるな。といっても、ここまで勝ち上がってきた高校だけにそのコンビネーションがいつまで持つかどうか。
ふと気がつけば、グラウンド内は既に炎熱地獄の中。だって、俺とホームベースの間、19メートル弱の間でさえ陽炎が立ち昇ってる。だって、カベの姿が揺らめいて見えるんだぜ。これが猛暑じゃなくて何なんだ。この大会を開いている人間達は、俺たち高校生を絶倫の疲れ知らずとでも思っているのだろうか。つくづく酷い環境での闘いだと思う。昭和時代の精神力じゃなければとても耐えられない。
ぶつくさ脳内で文句を言ってる間にサインを覗いて初球を……投げる。
コースは外角ギリギリへのスライダー。これも上手く横滑りして空振りのストライクだ。今日は何としてもコントロール勝負なだけに、制球力がバツグンなのは有り難い。まあ、あのバッターの状態……見事なまでの屁っ放り腰だ……を見れば、どんな球でもストライクになりそうな気はするが。
第二球。カベの選択は……内角低めのストレート。初球の緩めな……目算だと大体110㎞というところか……しかし変化球の後だけに、実測以上のスピード感があるに違いない。それにしても、徹底的に低めコースのさらに隅を付いてくるな。俺の調子が未知数だけに、少しでも痛打を食うリスクを低減しておきたいと言うことか。
しかし……ここで誤算が起こった。カベが苦心して計算した計画をいとも簡単に狂わせてしまうような、致命傷になりかねないコントロールミスが。身体に力が入らないと言うことは指先の力加減も上手く行かないということであり。ではさっきまでの調子は何だったのかと自分を問い詰めてみたくなるが、つまりは絶好調の投手にも起こりうる『一試合に何球かは有り得る失投』の類が今来てしまったらしい。
俺の見ている前で、真ん中高めにすっと入っていく棒球の軌跡がヤケにゆっくりと見えた。
かきっ!
乾いた、消音バット特有の音が響いた。一応俺は剛球投手として注目され始めていることは確からしく、その投手から大飛球を放ったとあって、即座に大歓声にかき消される。の短い間にも球場全体の空気が俺に何を期待しているのか瞬時に理解できた。つまり、この試合中……いや、ひょっとするとこの大会中……俺は悪役を務めなくちゃならんらしい。
急いで後ろを振り返る。打球はぐんぐんと伸びていき、ライトの御曽がそれを追い掛けるが……背走に近い。捕球は望み薄だ。しばし呆然としていた俺は、長打への備えをすべく身体を動かすが……それまでの喧噪を上書きしてしまう大歓声が上がった。ライトを見れば、ちょうど御曽がもんどりうって緑の上を転がっているところだった。
何事が起こったのかと一瞬困惑した。御曽の身に何か起こったのではとの予感もよぎったが、外野を破られたにしてはそれ以上誰もボールを追い掛けないしそのボール自体も見えない。
(捕った……のか?)
そう確信したとき、思わず安堵の溜息が漏れて自分でも驚いた。いつもの球威なら、何人走者が出たところで一人もホームに帰さないだけの自信はあるが、今日だけはマズい。
そんな時にバックがファインプレーで助けてくれる……こんなに嬉しいことが、そして頼もしいことがあるだろうか。
御曽が立ち上がり、誇らしげにグラブに入ったままのボールを掲げて見せた。沸き上がる一塁側スタンドとは裏腹に相手ベンチは意気消沈。ご愁傷様。
ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、打順はクリーンナップへと回る。いくら守備重視のチームとはいえ、流石にデカいの長打は持っているだろう。金属バットの恩恵を十分に受けているとは言えるな。
ファインプレーの余韻冷めやらぬ中、打席に入る左打ちの三番打者を前に慎重にサインの交換だ。カベは先ほどのコントロールミスをどう判断し、対処するのか。
かつて、あるプロ野球の捕手が先輩ベテラン捕手に『失投しても打たれない配球を心がけろ』と無理難題を吹きかけられ困惑したらしいが、いずれその意味が分るようになっていったという。
つまり、コースが多少甘く入れどもその他の事情で討ち取れる可能性がある……と、そう言いたかったんだろうな。俺が今考えつく範疇では……やっぱり、速球にタイミングが合っていたのにいきなりスローボールを投げられたら……打てない。そんなようなもんだろうか?それ意外にしか思い浮かばないのも少しだけ悲しいが。
カベ、お前の狙いはどこにある?
第一球。
マスクの向こうから俺を見つめる眼はいつもの冷静そのもの。今の飛球を見ても何ら動じることはない。カベはその視線で言って聞かせる、『心配は要らない』。つまりはそういうことだ。
サインは……今度は初球から縦のカーブ。コースの指示は特に出ていないが、低めの内外角どちらかに決まるに越したことはない。
今までの様にセットポジションから、ふわり、と浮き上がるようなボールを投じる。一瞬、青空へと吸い込まれるような軌道を見せた白球は、それだけ別の重力に引かれたように放物線を描いてカベのミットに吸い込まれた。目線の上下動に対処できない打者は見逃すだけ。もちろんストライクだ。
さっきの事があるからコントロールの調子が良いとは言えなくなってしまったものの、変化球のキレ自体は悪くない。カギはここにある、と思う。多分。きっと。……自信がないけど。
ふっ、と一息吐く。
何だか生きた心地がしない。甘く入れば即スタンドに持って行かれるような気がして……昔の投手が、日米野球か何かでメジャーリーガーと相対するときはこんな心境だったのだろうか、それとも自分はぶった切れると信じ込んでいたのか……多分後者だろうけど。
意識をちょっとだけグラウンドの外に向けると、相変わらずの相手校の騒がしい応援が耳に飛び込んでくる。一体、奴らの中に何人本心から応援している者が居るんだろうか……でも、今ではそれも良いかな、名物なんだからという気持ちに変化してきたのも自分では驚きだ。そもそもマウンド上で本当に集中しているときなんて、俺の回りだけ別次元に切り離されたみたいに何も聞こえなくなるし、応援で元気づけられる人間だって居るんだろうし……
カベに眼を向ける。
そしてバッターに。
第二球は……今度はスライダー。コース、外角低め。
とにかく低めに投げよう、それだけが今日マウンドを預かる俺に科せられた最低条件かも知れない。
セットから、おとなしいフォームを起こす。今日、たった6球しか投げていないのにフラストレーションが溜まりまくりだぞ。自分の望むままの球威で投げられないという事がこれほどまでに口惜しいことだとは。肘や肩などを手術した選手がリハビリに励んでいる間は常にこんな心境でやっているんだろうか?俺だったらハゲるな、きっと。
そして……
投じたボールは見事にど真ん中へ。
(うげっ!またかよぉ)
そのボールの軌道とあまりの回転の少なさに、ピッチングマシンの方がよっぽど気の利いた球を投げるかもと現実逃避に近い思考が巡る。
がきっ!
無論、バッターはそれを苦もなく打ち返して打球はレフトへ。それでも逆方向に流すところが慎重を期していたというか……少しはバッターも褒めてやろうじゃないか……いやいやそんなことを言っている場合ではなく!
レフトを守る藤間は、さっきの御曽よりも遥かに勢いよく打球を追い掛けている。本職はキャッチャーの藤間だけど、本当に野球センスのある奴だったら、何をやらせても、どんなポジションを守らせても上手いのは周知の事実だろう。
こんな情けない俺の尻ぬぐいを期待するのは重荷かも知れないが……
果たして、藤間はそれを見事にこなしてくれた。打球の勢いからすると信じられないくらいあっさりと、さも凡フライであるかのように捕球したのだ。流石にこれには賛辞を送らずには居られない。
三塁側は意気消沈、対する一塁側は立て続けのファインプレーに拍手喝采だ。俺はマウンドをわざとゆっくり降り、守備位置から引き上げてくる御曽と藤間とのグラブを自身のグラブでタッチした。意図に気がついた二人は、照れ臭そうにはにかみながらベンチへと戻っていく。意外にも、俺がマサカリで投げない事への疑問を呈するチームメイトは居なかった。
ベンチに入ると、カベが防具を外しながら汗を拭っていた。相変わらず顔色が優れないような気はするが……そもそもグラウンドに立っているのだから気にするほどのことでもないんだろう。
「カベ、俺の方はごらんの調子だ」
一応報告をしてみるが、
「話にならないな」
バッサリと一刀両断。もちろん俺には返す言葉もない。
「折角苦心してリードしてるのに、コントロールがそれに付いてこないんじゃどうしようもないだろう」
「……悪い」
「謝ってコントロールが良くなるなら苦労は要らない。そもそも、オレは決して無理なことは要求してないつもりだ。それを忘れないように」
ごもっとも。謝罪も意味を成さない今、俺にするべき事はない。
……いや、待てよ?
今、俺の体調は確かに悪い。病み上がりだし、そのせいで身体全体がふわふわ浮ついていて、身体全体を動かす命令が細部にまで通っていない、そんな感じだ。でも、決して『体調が辛い』訳ではない。元々マトモな練習をずうっとしていなかったんだし……
「愛沢」
「おう」
愛沢は藤間が現れてから控えに追いやられている訳だが、カベの話では腐ることなく全く今までと変わることがないらしい。練習も欠かさないし、むしろ雑用など進んで引き受けることも多くなって一年生が恐縮しきりだそうだ。確かに最初からレギュラーに固執しているという風でもなく、レギュラー落ちにも妙にスッキリしていた顔だった。内心は面白かろうはずはないのは明白だが、それを顔に出さない辺りウチのチームには勿体ないくらいの好人物だ。
「俺の投球練習をブルペンで受けて欲しいんだ。しかも全力投球の奴を」
「お、俺がっ?」
そりゃ嫌がるよな。俺の球威は嫌というほど知っているだろうし。
「ああ。カベや藤間は今から打席だし……カベからキャッチャーミットは借りるから、な?」
愛沢はしばらく考えた末、
「投球練習、しかも試合中に練習するって事は……何かあったんだな?」
ここでウソを付いてもしかたあるまい。
「実は……」
素直に耳打ち。俺としては今初めて公開するはずだった、のだけど。
「やっぱりそうだったか」
愛沢の反応は意外なものだった。
「だってさ、今だってマサカリじゃなかったし、それにこの所数日間ずっと具合が悪そうにしてたし。みんなで噂してたんだよ」
「……バレてたのか、やっぱり」
「おいおい、俺等は加藤の顔色を見ながらここまで闘ってきたんだぜ?あ、『顔色』っていうのは『ご機嫌伺い』って意味じゃなくて、純粋に体調のことな」
愛沢は、その気の良い人柄を良く表わしているかのような垂れた目尻を更に下げながら説明した。
……今まで隠し通してきた意味がなかったな。考えてみれば、俺が隠し事をするなんてどだい無理な話だったっけ。
「……そうか」
「で、わざわざ試合中にスタミナ削ってまで全力投球する意味は?」
「今の自分がどれだけ投げられるか、そのリミットを知りたい。あと、強引に運動して身体を目覚めさせるっていう意味もあるな」
「ほ、ほほぉ~」
妙に感心している。
「……分った、すぐに行こう。時間がない」
有り難い。俺たちの攻撃時間は、悲しいかなあまり長くはないと予想できる。藤間とカベが粘ってくれればいいが……今はとにかく自分の身体を元通りにすることだけに専念しよう。
俺と愛沢は、一目散にファウルグランドにあるブルペンへと走る。試合中なのにもお構い無く、だ。先発投手がブルペンにやって来る光景は流石に目立つらしく、頭上のスタンドがざわめき出した。
愛沢はぎこちない動作でホームベース後方に位置取る。
「愛沢、何も座らなくても良いんだぞ」
声援にかき消されてしまわないように大声で言うが、彼に聞こえたのかどうか、腰を落としたまま動く気配はない。事前に投げる球は力一杯の速球だと伝えてあるから、タイミングさえ飲み込めばなんとか無難に捕球をしてくれるだろう。
よし……やるか。
マウンドへ登り、いつものマサカリの動作に入ると……左足を高く掲げた時点で身体がフラつき、思わず足を降ろす。これが実践中だったらと思うと頭が痛い。
心配そうに俺を見つめる愛沢に視線で『大丈夫』と宥め、今一度トライだトライ。マサカリが戻らなければ今日の勝ちはない。
唸れ、そして空気を切り裂け俺のマサカリぃっ!……などと少年漫画よろしく雄叫びを上げてみるが、放たれたボールはコントロール・球威共に芳しくない。普段はまるで意識していないはずの下半身に意識を集中していなければ、再び倒れてしまいそうになるからだ。
ボールはというと、愛沢がジャンプして捕るようなシロモノ。つまりコントロールはメタメタ、ジャンプする時間があるくらいの球速ってわけだ。自分自身に悪態を付きたくなるが、今はそんな事よりも数を投げることを優先し、再びマサカリ投法の足を上げる。
攻撃の方は……
カウント2-3。既に俺のブルペン入りの意図を察しているらしい屋久は、とにかく粘って俺に時間を与えてくれる目論見のようだ。俺はそれに応えるしかない。
とにもかくにも、俺はそのまま速いペースで投球練習を続けるしかない。解決法がそれ以外見つからない以上、ね。
そんな俺等をカベはどう見ていただろうか。そういえばカベには何も相談しなかったが、それでいいや。とにかく俺がやろうとしたことなんだから。
フォアボールで出塁した屋久を見ながら、心の中で喝采を送った。




