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FASTEST!!  作者: サトシアキラ
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第14-02話




「やれやれ……」

 チーム全体の雰囲気が沈んでいた。基本的に沈んでいるのは俺とカベだけなのだが、それに釣られてみんなが影響されている……といったところだろうか。

「2日目、か」

 別に隣りに座っているカベに向かって恨み言を言ったわけではない。だけど、どうしてもそう聞こえてしまうな、自分で呟いていてそうなんだから。

 ここは試合の組み合わせ抽選会場。暗い会場内で出場校の選手全員がひしめき合い、クジの結果に一喜一憂している。こんな狭い中にどう見ても性欲がきちんと発散されているとは言い難い、しかも脂ぎった高校生がひしめいているから只でさえむさ苦しくて敵わないのに、いちいち悲喜こもごもの声を上げられたらたまったものじゃない。まるで古今東西の野獣を閉じこめた檻の中にでも入っているかのようだ。会場内に入る前は、せめてこの機会とばかりに眠っておこうかと思ったんだが……この喧噪ではそんなささやかな願いさえ叶いそうにない。

「……スマン、とは言っておく」

 カベが珍しく大きな身体を縮こまらせるように言った。元はといえば悪いのは俺なのだから、そんなに恐縮されると逆に俺が申し訳なくなる。チームメイト等も、ただごとではない俺たちの雰囲気に飲まれているのか、不安げな表情で俺等を見守っていた。多分彼らは、初戦の相手が強豪だから沈んでいる……とでも思っているんだろう。

 俺はカベの耳元に口を寄せた。「謝るなよ、みんなが見てる」

「そうだった、一応はオレの責任なんかじゃないし、そもそも他のチームメイトに対してはどうでも良い事だったな。若干一名の為に気を揉む必要など無かったんだ」

 むむぅ、確かにそうだ。カベのクジ運はどうあれ、カベに恨み言をぶつけるのは明らかに間違っている。間違っているのは判るしカベの言うことも至極真っ当なんだが、ま、どうしようもない。

 俺の体調はというと、完調には当然ほど遠い。しかし昨日の練習で少しだけ身体を動かし、僅かながらも汗と一緒に不純物を流したせいか多少は身体のキレが出ているような気はした。

 しかし、マスコミ連中の見る目は流石にしたたか……と言っていいのかはは知らないが、とにかく今日のスポーツ新聞を見るに、伊東のライバル(という事に祭り上げられている)である俺が一切の本格的な投球練習を行っていない事は当然看破されていて、何らかの異常発生かと面白おかしく書き立てられているのには参った。

 それだけじゃない。

 昨日のやりとり、明らかに挑発しているのはあいつの方だったのに、公平を旨としているはずの新聞ときたら、俺等にダーティーイメージを植え付けかねないようなホラを吹いていやがる。参ったね、全く。

「ともあれ」

 カベがもごもごとはっきりしない口調で呟く。

「これで余裕が無くなったのは明白だな」

 見れば、何だか思い詰めたような顔をしていて、見ているこちらにまで何かしらの緊張感を伝えてくる。

「四日後には出て行かなきゃならん。それまでに、聖……お前は体調を完璧に整えられる……やっぱムリか」

「俺はまだ何も言ってないぞ」

「じゃあその自信があるっていうのか?」

「……無い」

 カベは大仰に肩をすくめる。今までの経験からいって、カベがこういったオーヴァーリアクションをするときは少々の余裕がある時だ。……つまり。

「だから、カベに任せて良いって事だよな?」

 少々の……いや、大きな期待を込めつつ見る。しかし、その期待をはぐらかすかのようにあさっての方向を向いて

「さあな」

 とだけ、短く言った。

「お……」

 それ以上掛ける言葉がない。大元は俺の体調管理不足だと言えばそれまでだが、そうなったらなったで頼りになるのはカベしか居ないっていうのに。いやいやカベの事だ、きっと秘策をこさえているに違いない!

 ……投手をやっているのが俺である以上、カベがどんな秘策を練っているにしろ最終的には俺がそれに応えられる投球が出来なければ全ては画餅……か。

 その真意を掴んでからは、その端正な、ちょっとだけエラの張った横顔を見ることしかできなかった。


 気になる横浜学院はというと、天の神様の粋なんだか演出過剰な計らいなんだかはさておき、結局決勝戦まで俺たちとは当たらないという少々出来過ぎなくらいのカードになった。やれやれ、サービス精神旺盛なことで。

 『その他』の注目校の組み合わせはだな、えーと、……注目選手個人ならスポーツ新聞紙上で少しは目にしたことがあるのだが、それが何処の高校に所属してるかというと……ちょっと判らない。要するに他の注目校などどうでもいいのだ、自分で『その他』と考えている事からも判るように。

 その中でも、取りあえず俺的に注目なのが……えーと、何て言ったかな、確か安倍川とかいう各方面で注目のサウスポーがいるらしい。うん、あくまで『らしい』だ。何故『らしい』に留まるのかというと、俺は最近テレビを見てないし、スポーツ新聞もカベの事が取り上げられていないかざっと目を通すだけだからな。どんなピッチャーかは全く知らん。

 お次は……畑中何某とか言う、伊東に比肩する強打者の逸材が率いる高校が居るとか居ないとか菅生何某というやっぱり超高校級の鉄砲肩キャッチャーが居るとか居ないとか……要するにどうでも良いんだ。カベに言わせれば、『そんなものを気にするくらいだったらまず自分の足元を見つた方が何倍も有意義』らしいから。俺もそう思う。新聞とにらめっこしているヒマがあったら眠るか練習するかのどっちかの方がマシだ。

 今時の高校野球だったら、コンピューターでも使って何かしらの分析をやるかも知れないが……ま、俺たちは俺たちだ。我関せず、自分のベストを尽くすだけ……と言えば聞こえは良いが、つまりはアナクロってことか。

 

 会場から出ると、他校の選手等が談笑していた。本当だったら緊張してるヤツだっているだろうに……もっとも、甲子園に出てくるくらいの連中なら練習試合で場数を踏んでいるから、こんな場で緊張などしていられないというのが本当なんだろうけど。俺はといえば、男の臭いが充満する最悪の環境から抜け出せて幸せ一杯といったところだ。

 しかし他校の選手が集まっているということは、俺にとって有り難くない出会いもまた控えているという事でもあって……

「やあ、加藤“クン”」

 そーらお出ましだ、この鼻につく嫌みったらしいイントネィションで喋るあの輩がよ。そいつは行進の練習でもないだろうにマスコミのカメラを数台ぞろぞろ引き連れて歩いている。その姿が滑稽なことに本人は気付いているんだろうか、少しだけ心配だ。俺は助けを求めるようにカベの姿を探すが……生憎近くには見あたらない。

「どうやら、君たちとの勝負は決勝までお預けらしいねぇ。ま、加藤クンの力なら必ず決勝まで勝ち残ってくるとは思うけど、まさか途中で敗退なんてしないよねぇ?」

 どんなイヤミだよ、そりゃ。その台詞、そっくりそのまま返してやる……と言いたいところだが、何もマスコミに格好のエサをくれてやる事はあるまい。

 そこで、俺は控えめにこう言ってやるのだ。

「いやいや……そうなったら困るのは伊東“クン”の方なんじゃないかな」

 案の定、伊東のこめかみがぴくりと動いた。あはは、図星だけに反応してやがる。

「そ、それはどういう意味だい?」

 俺はわざと胡乱な目で

「さあねぇ……」

 と多いにとぼけてやった。すると、

「参考までに教えてくれ給え。どういう意味なんだい?」

 こめかみぴくぴく、唇わなわな……まさか一度は打ち崩した相手からこんなに挑発的な言葉を掛けられるとは思っても見なかったんだろうな。しかし食い付きの良いこと良いこと、これくらい見事なまでに食いついてくれると釣りのし甲斐もあるってもんだ。大方、深読みをして『俺を直接対決で負かさなければ自分の商品価値を見せつけられない、そして何より積もった怨念を晴らせないだろ?』と言われているとでも思ったんだろう。

 ざわざわ……と横浜学院の選手がざわめき、マスコミはカメラを構える。そうそう、そうやってせいぜいコイツ伊東の情けない姿でも煽っておくれよ。

「だって……」

「だって……何だい?」

 周囲に緊張が走る。固唾を飲む音さえ聞こえるような気がした。

「……判ってるんだろ?だから俺は何も言わない。せいぜい考えてくれ。利口な伊東クンならきっと想像が付いてるだろうしな」

 そう、マスコミにはエサをやらない。せめて伊東の方を立てた記事でも書いてやってくれれば良いんだ。

 俺はそれだけ言って踵を返すが、当然伊東は納得するはずがない。

「待ち給え」

 俺の肩に手を掛けた。しかも、無神経に右肩に、だ。

「触るんじゃねぇよ、この」

 下衆、というマスコミと伊東への格好の燃料を危うく投下しそうになったがすんでのところで堪える。流石にそこまで言ったらやり過ぎだ。

「そっちは商売道具なんでね」

 だから、そう冷静に言い放つに留まった。

「お……っと、失礼」

 伊東は珍しく慌てて手を離す。

 こいつだって、肩に軽く手を置いたくらいでどうにかなるものでもないのは分かり切っているだろうけど、あいつだってプロ意識は高いだろうから、敏感過ぎるくらい気を付ける真意くらいは汲み取っているはずだ。

 しかし伊東のその一言で、周囲の凍てついた空気が一気に氷解した。何故かは分らない。俺が想像するに……伊東は毒気を抜かれたのだと思う。ハンパだったらブチのめしてやろうと思っていた(自称)ライバルが、意外にも意識が高かったから……といったところだろうか。結局のところ、それは奴自身が一段上から物を言っているに等しいのだけど。

「ま、いいさ。正解は都合の良いようにボクが考えておくから……それじゃあ」

 これ以上俺と話していると地金を出しかねないとでも思ったのか、伊東はあっさりとその場を引き上げるようだ。いつもこれくらい物分かりが良いと助かるし、俺も不快な思いをせずに済むんだが。

 相変わらず、マスコミとついでに不安げな表情のチームメイトまでぞろぞろと引き連れ、立ち去ってくれる。塩があったら撒いてやりたいところだ。それにしても……伊東のヤツ、歩き姿までキザったらしいな。中学時代にはあそこまでやることなすこと全てが大げさなヤツじゃないと思ったのだが。当時は、せめて立ち向かい甲斐のある打者というくらいには思っていたのだけど。

 全てのマスコミが立ち去ったかと思いきや、たった一人だけカメラを下げながら俺の顔を見つめている人物が居た。ナリからして新聞記者か何かのようだけど……関わり合いになるのも面倒臭そうだからそのままカベの元へと戻ろうとしたその矢先。

「加藤君、ちょっと話を聞かせてくれるかな?」

 その記者が無謀にも俺に声を掛けてきた。

 どうせ俺には大した話は出来ないし、しかしカベの宣伝をする事も出来るかも知れない……というほんの僅かな葛藤の後、結局話に応じることにした。どんな話をしたところで確実にこの取材が紙面に載るという事は有り得ないだろう。そんな軽い気持ちもあった。それに……ほんの少しだけの個人的な優越感があったことも否めない。

「いいですよ……ちょっとだけなら」

 ちらっと視線を外してカベを探すけど……やっぱり居ない。どうせならカベを隣りに立たせてみたいところだったが。

「じゃあ……何から聞こうかな」

 それ位聞く前から整理しとけっての。

「まずは……ライバルの伊東くんに対しての今時点での印象」

「ライバルなんかじゃ無いっスよ」

「はぁ?」

 あまりにも伊東が一方的にライバル視するものだから、俺も少々意固地になっていた感はある。だが……その時の俺には、自分の発言の重さというものが全く分っていなかった。今までの取材の少なさから、それがどれほど影響を与えるか未知数だったのだ。知ってりゃ後の台詞は言わなかったし、後の言葉との整合性をどうとでも付けていただろうから。「中・高と公式戦で一回もヒットを打たれていない相手をどうやってライバルと思えって言うんですか」

 中学校時代、軟式での対決と去年の夏の大会合わせて8打数。そして打たれたヒットは……ゼロ。無論ホームランもゼロ。そこそこの大ファウルは何本かスタンドに叩き込まれて肝を冷やした覚えがあるが。

 ただ、俺にとっての負い目は今年の練習試合での完膚無きまでに叩きのめされたあの一戦のみ。アレは記憶から抹消してしまいたいが、俺は嘘は言っていない。あくまで『公式戦では』ヒットを打たれていないのだから。取りあえず『高校通算本塁打』という伊東の肩書きそのものに二本荷担はしてしまったが、ヤツにとって本当の復讐とは、大観衆・スカウトなどのとにかく目立つ場で俺を叩き潰すことによってしか成就されないだろう。あくまで練習試合で打たれたのは、伊東が精神的優位に立った(とヤツが思い込んでいる)ということでしかない。

「……」

 記者はぽかん、と間抜けに口を開けて俺を見つめていた。まるで信じられないもの……例えば怪物とか……を目の当たりにしたかのように。

「たとえばの話、だけどね」

 記者のあまりにもとんでもない反応に、意味の分らない言葉で取り繕うけど……時既に遅しってヤツだ。こいつ等は一旦目の前に美味しそうなエサがぶら下げられれば喜び勇んでそれを貪り、骨だけになったらあっさりと見限るハイエナだ。いや、悪意がないだけハイエナの方がナンボか善良と言えるだろう。

 それ以上取り繕うのも億劫なので、呆気に取られている記者をそのままにしてカベを探しにその場を離れた。


 正直言って、甲子園ここまで来るということは全国高校球児の中でもごく少数の人間だけに許される。それだけに、これから自分の発言は慎重にも慎重を期さなければいけない……と、うっかり口を滑らせてから気がついた俺だった。


 そして、

 後の祭とはこういう事を言うんだろうということにも。





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