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FASTEST!!  作者: サトシアキラ
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第13-08話




 三塁側スタンドが静まりかえり、我が五塚高校野球部非公認応援団がやりやすくなったところで一回のウラ、俺たちの攻撃だ。

 相手投手の投球練習を見る限り……そう手こずる相手とも思えない。かといって楽々打ち込めるかと問われれば……ごめんなさいと頭を下げるしかないが。チームの連中も、結局藤間かカベに打ってもらわなければ仕方がないと考えているのは共通事項だからな。それだけあの二人の打撃技術は抜きん出ている。現に、ちらほらとそれらしい人物スカウトの姿も見受けられるから、ここに来てそういった方々が所属している団体のドラフト会議や勧誘といったものの選考を大幅に見直しているところなんだろう。良い流れではある。


 打席にはもちろん一番の屋久が入った。

 さて、屋久はどう攻めるのか……と考える間もなく、何とセーフティーバントを試みる。まさか初球からセーフティーを捌くとは思ってもみなかったであろう相手投手は、ダッシュしようとしたところ見事なまでにつんのめり、打球を処理し損ねて転んでしまい……



「カベ、少しはやりやすくなったのかな?」

 相手投手が担架で運ばれてゆく成り行きをベンチで見守りながら問う。歩けないほどだとなると、肉離れかあるいはアキレス腱断裂……とか。

「ま……こっちが望んだ形じゃないとはいえ、な。この規模の私立高校だから控えピッチャーも相当なのが出てくると思って間違いないだろうが、取りあえずはご愁傷様とでも言っておくか」

 カベは動じず、そう素っ気なく答えただけだ。まあそうだな。こっちが何か悪事をしでかしたって訳でもないし気に病む必要はない。エース級投手をあっさりとマウンドから引きずり下ろしただけでも価値があるというものだ。


 一応はベンチ裏で治療行為をしていたんだろうか、長めのタイムの後でそれまでサードに入っていた背番号5の選手が投球練習を開始していた。どうやら彼が二番手級の投手らしい。流石に一桁の背番号を背負っているだけあって球筋は鋭い。サードだけに地肩がいいんだろう。カベの言うとおり、エースピッチャーと二番手の差はほんの僅かだったのだろう。

 一通り投球練習を終えた後、一連のショックを引きずる様子もなくバッターボックスに相対するその姿は、場数を踏んでいると取りあえずは感心させられた。

 二番御曽が打席に入り、投球動作の前からバントの構えだ。警戒されるのを承知で構えを取る。確実に送ることと言い聞かせ、色気を出し、あわよくば生きようなどとは考えないという自らへの厳命でもあるのだろう。まさしく自己犠牲精神の鏡だな。と同時に、今日の俺のデキから見て1点でももぎ取ればこっちの有利だと熟知もしてるんだろ。とにかく得点圏にランナーを進めて、クリーンナップで何とか弾き返し屋久の脚で帰還するという……ちょいとばかし都合が良いと言えば都合が良いが、五塚ウチにはそれ以上の得点パターンが無いこともまた事実だけど。

 第一球。相手投手は見るからに足の速そうなランナーを警戒しつつ、浅い回だけにひょっとしてバスターという選択もあるかというような神経の使い具合だった。おいおい……御曽の体勢を見ればバント一本なことぐらい分かりそうなものだが……

 初球は直球が高めに浮いてボールワン。やはり警戒しすぎだと思うが……一塁の屋久も慎重な構えだ。足が速いだけに無理なスタートを切る必要もない。本当に足が速くて無駄なことはないな。

 気付けば球場内が沈黙している。さっきも静かだったが、それとは違う類の……そう、球場全体が9回の攻防を見守っているときのように『固唾を飲んで見守っている』んだ。心地よい緊張感に包み込まれ、大一番で戦っているという充実感に満ちていた。それにしても、守備以外は素人同然の俺が、いつの間にこれほど偉そうな口を叩ける立場になったんだろう。

 いつの間にかベンチで成り行きを見守っている俺等まで息を詰めて戦況を見守っている。ムリもないか。この一点の持つ意味がどれだけ重いかなんて、球場内にいる全員が俺の初回のピッチングを見て察したのだろうから。

 第二球目。

 相手投手の球は今度は、外角に流れてツーボール。明らかにバントは意識しなきゃいけないし、かといってストレート以外だと盗塁の恐れがある。非常に窮屈なピッチングになっているのは明白だ。ここで俺くらいの直球があったら何も気にせずぼんぼん放れて気持ちがいいのだろうけど。

 第三球目。

 仕方が無くストライクを取りに直球が来たところで御曽が動いた。バットを引いてヒッティングにチェンジ。バスターだ。あれだけ不動のバントの構えをしておいたもんだから、当然そのままバントするものとばかり思って前進してきた野手は慌ててたたらを踏むがもう遅い。鋭く放たれたゴロの打球は野手が反応する前に一、二塁間を鋭く破ってライト前へ。しかも一塁ランナーの屋久がタイミング良くスタートを切っていたお陰で三塁まで進む。

 ここぞと言うときの屋久・御曽コンビの連打が出た。いささかバスターに頼りすぎているような気もするのだが……ま、結果オーライか。

 ノーアウト一、三塁になって俄然浮き足立ったのは相手さんだ。何しろ、俺達からちょっとやそっとのことで点を奪えそうにないのは初回で痛感しただろうからな。さっそくマウンドに内野手が集まってやがる。それと同時に、思い出したように相手校の応援団が騒音をまき散らし始めた。これじゃあまるでマウンドの集まり自体を応援してるみたいじゃないか。

「カベ、どう見るよ……」

 と聞いてみようと思ったら、カベはすでにネクストバッターズサークルだったっけ。独り言になってしまい、強羅と湯河原が奇妙なものを見るような目つきで俺を遠巻きに眺めている。恥ずかしいから止めてくれ。

 ようやくマウンド上の井戸端会議が解散したところで黒沢が打席に入る。こう言ってしまっては悪いが、黒沢は取りあえず打つしかできないからなぁ……下手に引っかけてゲッツーだけは勘弁して欲しいが、それだと一点を先取出来るって事でもあるんだよな。

 さて、まさか初回から敬遠策でもあるまい。第一敬遠したところで次はカベ・藤間の最強四・五番の猛獣を迎えることになる。と言うことは、ここで何としても黒沢を打ち取り、少しでもアウトカウントを増やして次を迎えたい筈なんだけど……ノーアウト一、三塁だから策はアウトを一つ増やすくらいしかないな。外野まで飛ばされても一点、内野ゴロでも一点を取られかねない……ま、こっちにとっては理想的な展開なんだが。

 黒沢は大柄な身体を生かした?構えで相手投手を威圧する。先発の投手と比べて場数を踏み慣れていないだろうこの控えピッチャーは、黒沢を打席に迎えて一体どんな投球をするつもりなのか。同じ投手としてちょっとだけ気になる。

 第一球。

 野手臭さの抜けないフォームから、まずはセオリー通り外角低めへ直球。これが上手い具合に決まってストライクワン。見た目の球速は大体135キロ……といったところか。俺の速球を物差しにするにしても球速を正しく把握している訳じゃないけど。

 第二球。

 胸元へ直球。黒沢はこれをのけぞって避けカウント1-1。外、内の投げ分けをしているつもりなのだろうが……さてどう出るか。相変わらず一塁の御曽がちょろちょろしているため変化球を投げにくいのだろう。

 第三球。

 カーブがやや甘めに入ってきた……と思った瞬間、黒沢のバットが閃く。


 がきっ!


 ボールの快いインパクト音が騒がしい球場内に響き渡る。打球は角度良くレフト方向に伸びて行くが……途中で力なく失速してレフトがほぼ定位置で捕球体勢に入る。それを見た屋久はすかさずタッチアップのため三塁へ戻った。一塁の御曽もレフトの返球如何では二塁を陥れようとする気満々に見える。球場内の緊張が一気にピークに達した。

 ベンチからだと、熱気でレフト近辺に靄が掛かったように見えてうまく見えない。が、レフトが捕球後急いで投球動作に入ると同時に屋久がスタートを切った。いよいよタッチアップ。

 そうこうしている間に屋久がホームに突っ込んでくる。しかし、返球が走塁を遥かに上回る勢いでマウンド付近にどすん、と着地し、屋久を追い越してホームを守るキャッチャーミットにワンバウンドで収まってしまった。慌ててブレーキをかける屋久だが時既に遅し。ホームの数メートル前で立ち尽くしてあえなく憤死だ。

 うおおおおおっ、とどよめきが球場内を支配する。カベが打席に入ってもそのどよめきは収まらず、異様な雰囲気が続いたまま試合が再開された。

  しかしレフトの強肩は完全に計算外だった。五塚は相手チームの情報収集を全く行わずに自然体で試合に望むチームだ。下手に相手のことが分かってしまうとその事ばかりに目が行きがちだから、という理由なんだが……今ばかりはそれが裏目に出たな。

 三塁側の平学園応援団は思い出したように騒音を吐き出し、俄然活気に溢れている。おいおい、今のだけで流れが傾いたとでも思ってるのか?だとしたらお目出度いにも程があるな。だってよ、次はカベの打順なんだぜ?ベンチを出て愛沢を相手にキャッチボールをしながらも内心帽子のつばの下でほくそ笑む。一気にツーアウトとなったにも関わらず我がベンチが悄然としないのはその為だ。

  我らがホームベースの守護神にして主砲、そして絶対的な精神的支柱のスーパープレーヤー。まさか今までの戦績を知らないわけではあるまい……と思ったら。

 いきなり相手キャッチャーがボックスから出た。これは……敬遠だ。

 ……出た出た出ましたよ日本名物、『作戦の名の元に勝負を放棄』する悪癖が。こうやって敬遠を『勝負するのも野球じゃないんですか』と追求されれば『チームの、勝利の為』とかわし、その一方で『選手の自主性を尊重する』とか言い出しやがる始末。そっちのやり口は今更とはいえ辟易させられるな。それしか五塚に、もっと言えば俺とカベのバッテリーに対抗する手段がないからと自らを納得させてもやはり憤りはある。

 でもなぁ……あとに控えるバッターはどう対処するつもりなんだろう。カベに比肩するくらいのスーパープレイヤーがもう一人お出ましになるんだぜ?わざわざランナーを溜めた状態で長距離ヒッターを迎える気になるとはどんな自信の持ち主なんだ。

 結局、カベは大人しく一塁に歩く。カベがプレイ以外で何かしでかすとはとても思わないが……内心はどう思っているんだろうか。


 ……そう言えば、俺には敬遠のサインを出したことなど一度もなかったな。


 ツーアウトランナー一・二塁で迎えるバッターは……藤間康孝。新入生ながら、入部以来練習試合にはほぼ毎試合出場してしかも打率五割を叩き出す打者だ。藤間もまた誰もが認める天才というところだろう。本当に羨ましい。

 そんな藤間が何を狙っているのか。敬遠とはいえフォアボール後の一球は注目に値する。心理的にストライクを取りたくなるだろうからな。そんな投手の心境をキャッチャーである藤間が知らないはずはない。これは見物だ……

 藤間は初球から積極的にスウィングし、メジャーリーガーのものと見紛う打球が外野スタンドに一直線……を想像したのも束の間。

 

 再び相手キャッチャーが立ち上がりやがった。当然一塁側はおろか球場全体から嵐のようなブーイング。初回から強打者を敬遠、というのは高校野球としては適切な部類の『神話』或いは『伝説』なのかも知れない。しかしそれが二度も続けば異常事態になるのは当然だ。

 藤間は何も言わずに四球続けてボールを見送り、大人しく一塁へ歩いた。それにしても……大胆というかウチのチームの実情をよく知った作戦だな、それが誉められたものかどうかはいざ知らず。しかしながら四・五番という主砲を封じられると五塚の得点能力は激減しちまう。同じレベルのチーム相手ならまだなんとかなるが、仮にも相手投手は私立校の控え一番手投手だ。手こずること間違いなし、だ。

 そこで比重が大きくなるのが六番の影屋だが……ツーアウト満塁という微妙なチャンスに硬さが見える。こりゃ期待は出来ないな……

 そして案の定影屋は三振。相手投手も肩が温まってきたらしく直球のキレは良い。ややもすると先発の背番号一番よりも、ね。


 どうも五塚攻略の糸口を掴ませたような気になってしまったが、俺等が負ける事なんて万に一つもありゃしねぇんだ。

 何故ならな。

 俺がこの先一点もやらねぇからだ。

 点を取れなきゃ勝てねぇが、点を取られなきゃ負けもしねぇ。至極簡単な理屈だぜ。


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