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FASTEST!!  作者: サトシアキラ
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第13-04話



 そして翌日。

 とうとう俺たちの出番がやって来た。夏の初戦、言うでもなく大事な試合。いや……これから先は全ての試合が大事だったな。後がないトーナメント戦は久し振りだから感覚を忘れちまった。

 俺達五塚高校野球部一同は、ここ追浜球場で地元の『追浜商業高校』との対戦で夏の大会に突入する。

 昨日真理に話したとおり、相手は特別警戒するような選手はいない。ただ、自分のピッチングを心がければいいとはいえ……緊張するなと言う方が無理か。

 マウンドに立つと、周りの景色……特にスタンドの状況が良く分かる。想像通りというか何というか……カベが応援団の派遣を固辞したというのに、スタンドには五塚の制服を着た生徒が大勢座っていた。組織的な応援こそ無いが、メガホンを持って大声を張り上げている人物がちらほら。

 自分が騒ぎたいだけなのか、それとも騒音を出して応援した気になっているのか……ま、どうでもいい。相手の追浜商も大規模な応援団を引き連れてきてはいないから、騒音に悩まされることが少ないのは有り難い。

 天候は……と空を見上げる。

 ……見なけりゃ良かった。ぎらぎらお日様がにっこりと微笑んでいやがるぜ。まだ7月も初旬なだけに梅雨明け宣言も慎重を期しているのだろうが……天気予報を見てもここ数日は雨が期待できない。所謂空から梅雨つゆってやつだな。梅雨入り宣言してからの方が雨が少ない。

 さて……目の前、カベが定位置に鎮座したのを合図に投球練習を始める。今日の調子は……まずまず、かな。自分の思った通りの場所にボールが行くし、試しに放った変化球のキレもまずまず。……つまり、負けるはずがないのはもちろん、一点も取られる事が出来ない。初戦から派手な投球をして、強豪から警戒されるのも厄介かも知れないが……とにかく、今は一戦一戦勝ち続けるだけだから、気にすることもないだろう。

 オーダーは、先日の最後の試合のまま変わらず。相手校はベンチにしっかりと20人入り、スタンドにも背番号をもらえなかった選手が応援しているが、対する俺たちはというと……攻撃時にコーチャーを出したらベンチには3人しか居なくなるんだよな。少数精鋭といえば聞こえは良いが、要するに昨今の少子化と若者の野球離れのあおりをモロに喰らっている格好だ。自分がそれをどうこうしようとは思わない、また出来るとも思わないが……俺とカベ、そして藤間等と共に甲子園へ行って旋風を巻き起こせれば少しは世間の野球熱も高まってくるんだろうか?

 俺が野球に興味が出た頃は、プロ野球選手の自伝のようなものや甲子園の熱戦をつづった本を、それこそ連日読み漁ったものだ。特に、『怪物』江川卓氏の甲子園の伝説には心惹かれた。

 日本中の目をテレビに釘付けにし、夏の日本列島を電力不足に近い状態にまで追い込んだ……言わば張本人。

 ……そして、チーム内で突出した力を持つが故に孤高の存在で、空中分解寸前にまで周囲が加熱してしまった経緯をも持つ。孤高の存在……というのが俺に通じるものがあるな……とい思うのは俺の思い込みか自惚れだろうか。

 しかし、今の俺には気のいいチームメイトと、そしてカベが居てくれる。俺に限って……そんなことは起こらない。必ずカベを世間に知らしめてやるんだ。それまで負けるわけにはいかない。

 そう、今からそれを示さなければならないんだ、このマウンドの上で。全てはマウンドを預かる俺の肩に掛かっていると言っても過言ではない。

 そう決心すると、身体中に緊張感が漲ってゆくのが分かる。いよいよ待ったなし。俺たちの夏が、今、始まろうとしている。


 主審の手が上がる。

 サイレンが鳴る。

 試合開始。これからの27アウトで、俺の、俺たちの明日が決まる。そう考えると……いかん。何がいかんって?

 緊張してきたんだよ、柄にもなく。どうやら、俺は緊張しやすい質らしい。目立ちたがりのクセに緊張しやすい……救いようがない性格だが、今はそれどころじゃない。

 カベのサインは……ストレート。もちろん。

 ……緊張するなぁ。かなり。

 そう考えれば考えるほど……腕が縮こまり、動悸が速くなる。ヤバい位に。手が震えてきた。まさか最初の打者からタイムを掛ける訳にもいかないだろうしな……とぐずぐずしていると……

「聖」

 いつの間にか、カベが俺の元にやって来ていた。

「……お前の立ち上がりの不安定さは今に始まった事じゃないが……このまま投げさせたらとんでもないことになりそうだからな」

「カベ……」

 やっぱり、分かってくれている。投げ急がないで良かった。

「落ち着いて……深呼吸しろ。そんなんじゃ、今までやって来たことが全部水の泡になっちまうぞ」

 カベは……珍しく苦笑いしながらそうアドバイスしてくれた。俺の緊張もやむなし……と思っていたのか。

「分かった」

 しかし今はその一言で十分だ。 何を考えているんだ俺は。今までの過酷な練習の成果を実践に移すだけじゃないか。それ以外のことが出来るはずがないし、出来るとも思えない。そもそも練習はウソを付かない。練習以上のものが出せるはず無いじゃないか。思い出すんだ、今までの特訓を。俺が負けるはずがない、何者にも。

 そう考えると……動悸がすーっと収まってゆく。ばくばくと激しい鼓動が胸の中に格納されていく感じだ。

「オッケーカベ、もう大丈夫だ」

「……のようだな」

 平静を取り戻したのを俺の表情から察したのか、カベは頷いてホームへと帰ってゆく。悪いなカベ、物わかりの悪い弟子で。いちいちアドバイスを授けなければならないなんて、歯がゆいにも程があるだろ?

 だけどそれももう今日で終わりだ。見ててくれよな、この俺のピッチング。もう迷わないって決めたんだ。こんなところで立ち止まっているなんてバカバカしい。

「さて……行くか」

 独り言。そうして、自分の気持ちに区切りを付けた。ここから俺は別人になるんだ。それまでの俺を過去にするべく、散々焦らされていたバッターに相対する。

 バッターは俺のことを知ってか知らずか、バットを長く持っている。……やれやれ。

 再びサインを確認するが、勿論ストレートからの変更は無い。そうと決まれば、後はやることは唯ひとつ。

 マサカリのモーションを起こし、

 自身の最高のボールを投げ込むだけ!

 見ててくれみんな、そしてカベ!

 

 耳元にボールをリリースする、指を弾く音。

 同時に腕が唸った。

 その直後。


 ぱぎゃ!


 という、明らかにバットとボールのインパクト音とは別の音が鳴り響いた。正確に言うと、インパクトの音もしっかりと聞こえたんだが、それとは異質の……とてつもなく意味の悪い音の方が耳に残った。応援という名の騒音の、更に真っ直中にいてさえ聞こえたのだから音量自体も相当のハズだ。

 取りあえず、打球は力なく一塁前へ。バントかと思うほど緩い打球は、状況が状況ならカバーに走る俺と競争するようなコースへと転がっていったが……その心配はなく、黒沢があっさりキャッチして自らが一塁を踏んでアウト。

 肝心要の打者走者はというと……。

 バッターボックスに倒れ込み、右手を抱えてもがき苦しんで居たんだな、これが。慌てて駆けつける相手ベンチ一同。カベも心配そうに見守っているが……別にデッドボールをぶつけた訳じゃない。

 要するに、俺の速球を半端にバットに当ててしまったが為に右腕を痛めてしまったらしい。これが木製バットなら、バットが砕けることによって衝撃を逃がすのかも知れないが……金属はモロだからな。芯を外して打ってしまったときの手のシビレなど、泣きたくなるほど痛い。

 あちゃー……相手バッターは真っ青な顔をしてベンチに引き下がって行っちまったぞ。無理をして出場も出来ないほどのケガになっちゃったかな?骨、イっちゃってるかもな。

 ……ま、いいや。

 例え一人選手が倒れても試合は進む。次の二番バッターが打席に入るが……どうも様子がおかしい。明らかに萎縮している。俺より十センチは上であろう背を折り曲げへっぴり腰でバットを構えている姿は、まるで初めてバットを握った素人が打席に立っているかのような滑稽さだ。俺の球威で当てられるのを警戒しているのか、はたまた下手に手を出して一番バッターの二の舞になることを恐れているのか……

 取りあえず、届くことはないが俺から一つアドバイスだ。


 恐かったら打席に立つんじゃ無ぇよ、と。 そこに立っているというのは、戦場に立っているのと同じだ。死球を受けて死んでも文句は言えない。恐かったらとっとと引っ込んでろ。

 ……さっきの一球が俺にもたらした自信は大きかった。もちろんマトモにミートもされないが、下手に当れば相手の手を砕くほどの威力のあるストレートを身につけたんだ。自信にならない方がおかしいか。

 にやり、と自分でも分かるくらいに気味の悪い笑みが浮かんだ。今の俺は、きっと悪役に祭り上げられているだろう。手をケガしていきなりレギュラー選手が退く相手校が善玉だ。

 善玉対悪玉。

 勧善懲悪の芝居では、このあと印籠でも出てきて一件落着となろうが、このゲームは全く違う結末を迎えることになるだろう。


 俺の快刀乱麻ショーという名のピッチング一人舞台に。


 ボールをしごき、もはや蛇に睨まれた蛙状態となった哀れな子羊を見据える。……脅えていやがるぜ、敵の二番バッターさんはよ。

 はは、なかなか気分が良いものだな、人に畏怖されるというのも。力を握った人間が軽はずみな行動に出たがるのも分かる。

 俺の場合はあくまで『投げる力』だけに特化してるから、間違いなど起こしようもないが。

 さて、そろそろ始めるとするか、この夏のド派手な花火の打ち上げをよ。


 ……さっきまで震えるほど緊張していた自分は何処に行っちまったんだろうな、それにしても。

 本当に力というものは恐ろしい。自制心に自信のない俺は、ただひたすらに自分を押さえることに専念した。



 試合終了を告げるサイレンが鳴った。

 ホームベースを境に両軍が並び、健闘を讃え合う……のは表面上のみ。何故なら、相手校に特筆すべき健闘の機会が無かったからだ。

 ……もちろん、健闘の芽は全て俺とカベで摘み取った。

 握手をして、形だけ相手校応援団に礼をする。相手校の応援団には気の毒なことをしちまったかな?途中から応援する気も起きないような展開になったからな。

 そして方向を変え、今度は一塁側の五塚応援団に礼をする……って、結局礼をするような人数が集まっちまってるじゃないか。やれやれ……顔を上げると、フェンス際の最前列に

 (来てるよ……)

 見慣れた真理の姿が。そして、その隣には当たり前のように河村の姿も。二人は手を振りもせず、ただ俺を認めて微笑んだだけだった。

 あいつめ、何も言ってなかったが結局校内の応援応募に参加したんだな。全く……見に来るのは決勝まで進んだときだけでいいってのに。どうせ来るんだったら、チアガールのコスプレでもしてくれれば目の保養になったんだがな。保養をする前に試合が終わる可能性の方が大だが。

 

「カベ、今日はこの後地元に帰ったらどうするんだ?まさか特訓を続けるなんて言わないだろう?」

 道具を左肩に担ぎながら、ベンチに座っていて見ようによっては項垂うなだれているようにも見えるカベに声を掛ける。……何だかもの凄く疲れているような感じを受けるのは……気のせいだろうな。試合中はあれだけ精力的に動いていたのだから。

「……いや、今日は帰るわ。流石に疲れた」

 普段は暑いなどと決して口にしないカベ。珍しい。思い出してみると、弱音……とすら言えるのかどうか疑わしいが、とにかくネガティヴな発言を聞くのも滅多にないことだ。やはり疲れが溜まっているのかな。特訓を控え、もう少し休みを取っておいた方が良かったのかも。

「そっか。暑いかったからな」

 俺もそれ以上は強要しない。出来るわけがない。我々の暗黙の了解からなるルールであります。

 かったるそうに手を挙げて返事をするカベを横目に、

「強羅、スコアブック見せてくれ」

 自分の貧弱な記憶力では、ストライクボールがどの割合だったかなんて覚えられないんだよね、俺……

「どーぞ」

「さんきゅ」

 強羅は、何が嬉しいのかにこにこしながらスコアブックを渡してくれた。……気味が悪いな。それというのも、強羅は元々が俺たちの一切上・大塚さんを目当てに入部してきたからなのか、俺たちにはおおよそマネージャーとは思えないほどつっけんどんな態度を示すことがしばしば。

 それでも強羅は同僚の湯河原とあれこれ動き回っているが、流石に二年目ともなると動作がてきぱきしている。何せ、一年の頃は俺たちの練習を邪魔しているんじゃないかと本気で思ってしまうようなミスをやらかしていたらしいからな……カベによると。こんなところでも時の流れの速さを実感してしまう。

 さて……後片付けをする前に、スコアブックに目を通しておくか。


 俺の成績は……


投球回数 5

投球数 71

被安打 1

与四死球 0

奪三振 ……12


 参考記録ながら1安打完封。15のアウトの内、三振で奪ったものが12個。……まあ、相手が相手だからこんなものだろう。許したヒットは、変化球を打ったものが詰まってのポテンヒットのみ。ほぼ完璧な内容だった。自画自賛ってヤツだな。


 そしてチームは。



追浜商 00000|0

五塚高 4331x|11




 初回にいきなり打者9人攻撃、三回にはカベのスリーランホームランもあってか、


 圧勝。

 であった。


 ほんの数年前までただの弱小公立高に過ぎなかった五塚高校は、あっさりと初戦を突破した。

 何事もなく、

 さも当然のように。

 後で知ったことだが、県大会準優勝まで行った去年でさえ、初戦突破は十数年ぶりだったそうな。




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