第01-04話
そして試合は淡々と……投手戦の形で進み、俺の快投も続いていた。
8回終了時までの俺の成績は……
投球数 138球
被安打 1
奪三振 15
与四死球 6
失点自責点 0
となっている。
フォアボール5つとデッドボール1個は余計かな、という気もするが、後続を切り捨てているので良しとしよう。
この間、伊東にヒットを許しておらず、それどころかフェアゾーンに飛んだ打球もない。もっと言えば、3打席3三振に封じているのだ。
1打席目の三振以来、伊東のバッティングが粗くなったのなんのって、ボール球までブリブリ振りまわしてくれるもんだから、こっちとしては楽だった。もっとも、バットの届く所に投げちゃあ、結果は火を見るより明らかだが。
それにしても、伊東が普通の精神状態でないことは明らかなのに、敵さんのベンチの動きを見る限り、奴を宥めたり諌めたりする人間は居ないようだ。近寄りがたいのか、もともとチーム内で孤立しているのか……
それに引き換え、マウンド上での奴のプレート捌きときたら……とてもバッターの時と同一人物とは思えない。我が五塚高校を寄せ付けず、頼みのカベも完全に抑え込まれていた。
さて、場面は9回の表、1アウトランナー二、三塁。内野安打と今日5つめのフォアボールのランナーを、バントで送られた形だ。
バッターは三番の大垣(二年)。形の上ではピンチだけど、今の俺には、スクイズさえも決められる気はしていなかった。
とはいえ、敵が取り得るもっとも確率の高い作戦は、と考えると……
「スクイズかな、どうするよ、カベ」
カベを呼び寄せて打ち合わせをする。
「…まずはスクイズ警戒を厳にすべきだろうな。次打者が伊東ということを考えたら、敬遠はベターじゃない。何とかスクイズを外し2アウトにして、あとは状況に応じて考えればいいだろう。スクイズばかりを警戒してカウントを悪くして……じゃ、敵の思う壺だ」
「スクイズを外す手立ては?」
「そこらへんは任せろ。もちろん、クイックで放るのだけは怠るなよ」
「了解」
この打ち合せをしている間、カベ以外誰もマウンドに来なかった。孤立していると言う点では、俺も伊東も同じらしい。
相手も、この間にサインの打ち合せをしていた。やることといったら、スクイズくらいなのだろうが……一種異様な雰囲気が、相手ダッグアウトに走った。いかにも何かあると思わせる様な雰囲気が。
さて、投球に入る。サインは……一球外せ。
俺はクイックで、大きく外に外れるボールを投げた。カベが投球と同時に、横に大きくステップする。
すると!!
三塁ランナーのダッシュが見えた!!
バッターもバントの構えに移る!!
(初球から!?)
とにかく俺はカベのミット目がけて投げる。
バッターは飛びつくが、当然の如く空振りに終る。
が!!
お楽しみはその後に隠されていた。なんと、三本間に挟まれたランナーの後ろに、走って来る二塁ランナーの姿が見えたのだ!!
(まさか!!)
「カベ!!二人とも来るぞ!!」 俺の声に反応したカベは、まず二塁ランナーを刺そうと三塁へ送球した。
あの、怪物・江川卓擁する作新学園を相手にした、広島商が講じた奇策。二塁ランナーと三塁ランナーをほぼ同時にホームに突っ込ませ、どちらかをおとりにしてどちらかを生還させるプレーだ。当時は使う機会はなかったそうだが、今ここで再現されようとしている。しかし、タイミングは明らかに失敗臭かった。二塁ランナーのダッシュが遅い。少なくとも、俺にはそう見えた。
だが、悲劇はそこから一瞬でオープニングとエンディングを迎える。