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FASTEST!!  作者: サトシアキラ
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第08-01話


 かくして、文化祭も大盛況の内に幕を閉じた。俺達2年5組のお好み焼き屋は、飲食店系模擬店の中で利益率トップの数字を叩き出したし、他校を招いての運動系部活の試合はほぼ全勝、といい事尽くめだった。文化祭が始まる前は、本当にこんなテンションで大丈夫なのかいなと思えるほどだったが、それが杞憂に終わって何よりだ。

 そして次に控えるビッグイベントは、10月半ばの中間テストだから、それまでは野球に集中出来そうだ……といっても、俺がやる事と言ったら、例の特訓のみ。相変わらず、二日と置かずに猛烈な投げ込みを続けている。それにしても、俺の右腕のスタミナも中々のものなんじゃないかな?かれこれ半月以上、一日200投球を下回らない日はないというのに、肘も肩も特にどこかが平常を来たすという事がない。あの時……中学の最後の試合で痛んだ肩と肘だけど、今はなんとも無い。……いや、今から思えば、俺が勝手に、肩肘が再起不能と思い込んでいただけなんだが……自分でも少々感心してしまうほどではあった。



 ある日曜日。この日は、試合相手の都合が付かずに練習試合は無し。また他の部員も、夏の大会が終わってから猛練習を続けていたから、疲労が蓄積しているらしく練習も無し。そういえば、文化祭での対日藤戦での勝利は、彼らの堅実な守備による部分も大きかったな。

 俺はと言えば、例の特訓を、カベに頼んで早朝からにしてもらい、午前中には片付けてしまっていた。何故かと言うと……昨日の夜の事だ。食事の時に、明日は部活が無い、と何気なしに洩らすと、

「お兄ちゃん、もし良かったらお買い物に行かない?今更だけど秋物見に行きたいの」

 真理が瞳を輝かせて言う。俺もそろそろ秋物のシャツ等が欲しくなってきた所だ。しかし、女の買い物に付き合うのはしんどいから、二の足を踏んでしまう。……それは美奈津の買い物に付き合った時で経験済みだ。

「ちょっと、真理。先にお兄と約束してたのはあたしなんだからね」

 どうしたものかと思案していると、横から美奈津が、真理に向かって口を尖らせた。

「おい美奈津、してもいない約束の事を言うんじゃない」

「やだお兄、忘れたの?この可愛い妹との約束を!?」

「……約束、したっけかな……」

「ぜーったいにした!!」

 そこまではっきり言い切られてしまうと、自信が無くなってしまう。……自分の記憶力の悪さには、ほとほと困り果てているだけに。

「……美奈津お姉ちゃん、お兄ちゃん困ってるみたいだけど、本当に約束なんてしたの?」

「……あたしが嘘ついてるって言うの!?」

 どうにも、この二人の仲は理解し難い。誕生会の時は、あっさりと二人で遊びに行ったのに……。いや、二人の仲と言うよりは、前々から気付いていた通り、美奈津の態度の方が変わったんだ。真理はいつもと同じ様に振舞っているのは明白だ。その美奈津の変化に、真理が戸惑っているような印象を受ける。由紀姉さんは、その理由に気付いているらしいのだが……俺にはさっぱり見当が付かない。

「やめなさい、二人とも。今は食事中よ。そんな事で折角の食事を台無しにするつもり?」

 それまで黙々と食べていた姉さんが、やや強めの口調でぴしゃりと言った。その口調には、長年妹達を律してきた威厳のようなものがあって、少なからず見習いたかった。俺が何かを言うよりよほど効き目があるらしく、美奈津は渋々料理を口に運ぶ。

 今日は、ベトナム風生春巻きなぞを作ってみた。商店街の輸入食品店で、大容量のビン入りスウィートチリソースが安かったので、ついでにと手間を考えずに、生春巻きの具材一式を、特別近場と言う訳でもない、品揃えが自慢の大型スーパー「オリンピカ」まで行って買ってしまったんだ。

 作る前は簡単に見えた生春巻きだが、いざ調理に取り掛かると思いのほか時間が掛かる代物だった。具材を切って、ライスペーパーを水で戻して、その上に、鶏肉のささみを茹でて裂いたもの、レタス、刺身用サーモン、茹でたエビ等々、何でもかんでも乗せ、巻いて行く。途中、出来栄えを試す為に一本だけつまみ食いをしたが、これがなかなか……少なくとも、掛けた手間以上には美味しく出来、悦に入っているところだったのだ。

「美奈津、真理」

 姉さんの静かな呼びかけに、二人が一斉に注目する。

「どうやっても聖くんの身体は一つなんだから、三人で行きなさい」

 ちょ、ちょっと待ってくれ、俺の意見はどうなってるんだ……姉さん?

 しかし、二人の可愛い双子は顔を見合わせ、さも名案であるかといわんばかりに頷きあったのであった。こ、こいつら……そういうところでは争わないんだな!!基本的に、片方に一方的に不利が生じる事はしないようだ。

 しかし俺としては……連れまわされる疲労を想像して、気が重くなるのだった……。

 ふと見ると、姉さんが俺に苦笑いと共に、両手を胸の前で合わせ、「ごめんなさい」をしている。……そんな顔されたら、断れないよな、普通……。つくづく、俺は姉妹には甘いとは思うが、それも仕方が無いよな、こんないい子達ばかりなんだから。




 翌日、午前10時。俺は、両手に花状態で、再び横浜を歩いていた。

 秋物を見るのに、何故いちいち横浜まで来なければならないのかという疑問はあるが……美奈津に言わせれば、やはり地元よりも数段品揃えがいいのだそうだ。そう言われればそうかもしれないが、多分に「外でお買い物してる」感を充実させるためもあるのかも知れない。

 右手に真理、左手に美奈津。手を繋ぎこそしないが、俺と歩調を合わせて歩く二人は、少なくとも機嫌が悪いようには見えない。しかし、この様な人も羨む環境も、今の俺にとっては微妙だ。再び世の男どもの「何でこんな男が可愛い子を二人も連れて歩いていやがるんだ光線」を激しく浴びる事になったのは言うまでも無い。普段は注目される事に慣れていない俺は、このやっかみ光線を浴びるだけでも疲れてしまうというのに。これでは、何の為の休日だかわかりゃしない。

「で、どうするんだ?お前達のなすがままにここまで来たが、どこか行く当てでもあるのか?」

 出来る事なら、買い物はとっとと片付けて、どこかでゆっくりしたい所なんだが……恐らく、この二人はそんなのんびりした事を許してはくれないだろう。

「当ては無いけど、いろんなお店を回って、気に入ったのがあったら手に取る、って感じかな」

「そういうのを無計画と言うんじゃないのか?」

「やだなぁ、お兄。これはお兄のためでもあるんだよ。モテないお兄に愛の手を、ってね。前にも言わなかったっけ?」

「それが、俺のためになるのなら名案なんだがな」

「私達じゃ不満だって言うの?こんなに可愛い双子の美少女を捕まえてさ」

「捕まえてって……くれぐれも言っとくが、誰も頼んでなんかいないぞ」

「さー、どこに行こうかな。こうお店が並んでると目移りしちゃうなー」

 美奈津は俺の言葉を完全に無視して、どんどん歩いてゆく。予想通り、歩き回る事になりそうだ。こうなれば発想の転換……この可愛い妹達とのショッピングを楽しむという方向に変えた方が賢いかもしれない……不本意ながら。

 真理はというと、俺と美奈津のやり取りを楽しそうに見ている。美奈津との仲は心配だが、コイツはコイツなりに色々と気を回しながらも、楽しんでいるのかもな。



 とまあ、当初から予想していた通り、俺は美奈津に散々引っ張りまわされ、正午を迎える頃には、脚が棒のように重くなっていた。……あれだけカベにしごかれて、体力が日増しに付いているもこの体たらくという事は……やはり、野球とは根本的に使う筋肉が異なるという事だろう。

 12時を過ぎても、まだまだ歩き回る気満々の二人を制し、強引にファミリーレストランへ連れ込んだ。美奈津はともかく、真理の奴は、あんまり身体が丈夫な方じゃないにも拘らず、元気に美奈津の後を付いていっている。きっと夕方近くになると、一気に疲れが出てきておねむになるんだろう、夏休み、上野へ行ったときみたいに。

「ぶへぇ……」

 ファミレスの椅子に勢い良く腰掛けると、自然にそんな溜め息が出てくる。これまでの疲れと、これからの疲れを想像して、このまま眠りたくなった。

「うわー、顔だけ少年なオッサンがいるー」

「だれがオッサンやねん」

 エセ関西弁で突っ込む。疲れている割には、自分でもノリが良いとは思った。結局は俺も楽しんでるって事になるのか。本当にイヤなら、軽口の一つも出ないだろうし……

 椅子に深く座り直し、向かいを見る。そこには、妖精と見紛う程の美少女姉妹が並んでおわしていた。二人が仲良くじゃれあう姿を見ていると、否応なしに頬がニヤけてくるのは困りものだが、悪い気分じゃない。……とにかく、俺には美奈津の考えが全く読めない。真理に対してキツく当たるかと思えば、今日の様に姉妹仲良く……そういえば、美奈津とだけ買い物に行った時、気になる事を言っていたな……確か、

「真理はお兄の事を自分のものだと思っている」云々。記憶力に自信の無い俺が覚えているのだから、俺にとって相当インパクトがあった言葉なのは確かだ。しかし、真理が俺を独占しようとした事なんてあったかな?

 しばらく考えをめぐらせてから、再び姉妹に視線を戻すと、二人でジャンバラヤとカルボナーラを分け合っている所だった。……本っ当に分からん!!

 こんな格言がある。

「腹が空いている時は、余計な事を考えないに限る。何故なら、全てを悪い方向へと考えてしまうからだ。重要な考え事をする時は、満腹にしてからにせよ。そうすれば、穏やかな気持ちが名案を運んで来てくれる」加藤 聖

 ああ、この言葉を残した加藤 聖という人間は、なんと含蓄のある言葉を吐くのだろう!!

 ………………と、とにかく、午後に備えて昼食だけはしっかりと摂る事にしよう。午後は、万歩計をつけて歩いたら、他人に自慢出来る数値が表示されるほど歩くに違いないのだから。可愛い可愛い姉妹を見つつ、ジャンボハンバーグにかぶり付く俺が居た。



 それから数時間後……買い物をそれから数時間も続けていたのには驚きだが、三人が三人とも沢山の買い物袋を抱えた頃、二人の購買欲はようやく満ちたらしく、

「午前中で目をつけた物は大体押さえたね、お姉ちゃん」

「うん、まあ、こんなところかな」

「午前中2時間掛けて当たりを付けたんなら、後はそれを買うだけなんだから、もっと早く買い物が終わる筈なんじゃないのか?なのに、こんなに時間が掛かるというのはどういう事だ」

 これだから、女の買い物に付き合うのは大変なんだ。それとも、ウチの妹達に限ってか?

「まあまあ。それよりも、今日は夕食どうするの?」

 俺の疑問をあっさりと「まあまあ」で片付けてくれた美奈津だが、今日の夕食の事は中々に楽しみだ。今日の夜は、姉さんが妹達に気を利かせてくれたのか、それとも俺になのか、それとも全くの偶然なのか……ともかく用事があって、夜は外で食べて来るという事だった。だから、俺達もそんなに急いで帰る事も無い。思考を巡らし、結局、地元の未発掘の店を探そう、という事に落ち着いた。こっちの店なんて、下調べをしとかなければ、店がどこにあるのかも分からないしな。姉妹二人も、地元の方が落ち着けると賛成。そうと分かれば、とっとと帰るだけだ。横浜から家までは、所要一時間といった所だが、地元で店を探す以上、この両手の荷物は邪魔だ……という事で、潔くコンビニで宅配便にうっちゃってきた。無駄な金の使い方と見る向きもあろうが、何より今は、身軽になって妹達と帰路を楽しく行く事が大事だった。

 両隣を見れば、右手には美奈津、左手には真理。

 さっきとは逆に立つ姉妹は、何がそんなに嬉しいのか……常ににこにこ、幸せそうだった。



 喉が渇きで目を覚ます。時計を見ると、午前2時に近かった。

 俺が床についたのが1時丁度ごろだから……まだ1時間しか眠っていない。

 横浜での買い物が終わってから、地元に帰り、タイ料理屋を発見して、辛いけれどもメリハリの効いた料理に満足して……それから家に帰っても、姉さんは帰宅していなかった。20歳を超えれば、色々と付き合いもあるだろうから、特に気にしていなかったのだが、流石に日付が変わる頃になっても帰ってこないとなると、心配もする。とは言え、俺に出来る事は何も無い。それに、姉さんは無計画に夜遊びするような人間じゃない事は分かりきっているし、いつも家の中の事と女子大生と二つの事をやっているんだから、たまには羽を伸ばしたくもなるだろう。そう考えれば、心配する必要などどこにも無いのだ。真理と美奈津もそう思っているらしく、安心して休んだようだ。

 水を飲みに一階へと下りて行くと、リビングに明かりが点いていた。行ってみると、姉さんがソファに座り、つまみもチェイサーも無しにウィスキーを飲んでいる。

「あら、起きてたの?」

 姉さんは、物音に気付いたのかこちらに顔を向ける。その顔からは、出先で、また家でどれだけ飲んだのか判別がつかない。要するに、素面に近いという事だ。本人が言うには、そこそこは(酒に)強いから、調子にさえ乗らなければ酔いつぶれる事は無いらしい。

「ちょっと喉が渇いてね……」

「そうなの。じゃ、ちょっと付き合ってよ」

 妹の前ではあまり酒を飲まない姉さんは、こうしてたまに一人で飲っているんだろうか?少なくとも、俺は初めて見た。

「いいよ……でも、つまみも無しに飲んだら変に酔っ払わない?」

「平気よ。そんなにヤワじゃないから。それに、夜中にお酒を飲んでいる時点で既に太りそうなのに、おつまみまで食べたら……ね?」

 そうだな……酒の肴といったら、油物と相場は決まっている。そりゃ美容には良くは無い。

「それよりも早くぅん」

「う、うん」

 普段は聞いた事の無い、妙に艶っぽい声で俺を誘う姉さん。見た目よりずっと酔っているのかもしれない。

 姉さんはUの字型のソファの端っこに座っている。俺はその対角線上、酒のボトルやグラスを置いてあるテーブルを挟んで座った。あんまり距離を置いて座るのも気が引けるし、かといってすぐ隣では……

「どうしてそんなに離れて座るの?寂しいじゃない……隣に来なさい」

 微笑みながらも、そう命令されては……従うしかないだろう。うんうん。

「では……」

 緊張しつつ、すぐ隣へと腰を下ろ……

「酒臭っ!!」

 遠くからでは気が付かなかったが、やっぱり姉さんは相当に飲んできた様だ。それでこの程度の酔いっていう事は……本気になって飲み比べしたら、俺も危ういかもしれない。

「あら、ごめんなさい。誘っておいてお酒の臭いをぷんぷんさせてたら失礼よね……」

「別に良いけど。でも、とりあえずこの一杯で最後にしておいてよ」

「分かったわ……さ、どうぞ」

 慣れた手つきで俺にオンザロックを作って、渡してくれた。姉さんが飲んでいたのは、アルコール度数50度のジャックダニエル。良く見れば、姉さんはストレートで飲んでるぞ……こりゃ、一杯で止めておいて正解だったな。

 寝酒を控えている俺だが、今日は特別だ。軽くグラスを回してから口に含むと、バーボン特有の甘い香りが広がる。個人的には、スコッチよりはバーボンの方が好みだ。確か、親父もそうだった様な。

 この50度の酒を、姉さんはロクに味わいもせずにぐいぐいと飲っている。……で、あっという間にグラスを空にしてしまった。しかし、俺が窘めたとおり、次を注ごうとはしない。そこのところは大変ありがたい。一般的に言って、酔っ払いは聞き分けのないものだから。

 しかし、こうして深酒をする姉さんを見るのは初めてだが……なかなかどうして艶っぽい。今の服装は、少しむなぐらの開いたカットソーにゆったりとしたロングスカートだが、その大きく開いた胸元から覗く、普段は日焼けを知らないかのような白く滑らかな肌が、今はアルコールの所為で血色良く、色白を下地にしていなければ、とてもこの色が浮かび上がる事は無いだろう艶のある桃色に染まっていた。

 ちびちびとバーボンを嘗めながら、そっと姉さんの顔を見ると、興味深そうに俺の飲み方を観察する瞳がばっちり目に入って、慌てて目を逸らす。何故って……今の姉さんの瞳は、これもアルコールの悪戯なんだろう、少し潤みがちで、その奥底にはえもいわれぬ情熱の炎が見えた気がしたからだ。

「聖くんって、そんなにちびちびとしかお酒飲めないような人だっけ?」

「い、いや……そんな事は無いけど、いい酒だからさ」

 俺の言葉には、一応偽りは無い。俺はいい酒であればあるほど、ゆっくりと時間を掛けて飲むようにしている。裏を返せば、不味い酒は口の中で味わうのも苦痛だ、ということでもある。

「それにしても……その歳でお酒の味が分かるなんて羨ましいわ」

「そうかな?……まぁ、世間体的にも公言していい事じゃないし」

 最後の一口だけはぐいっと飲る。こう姉さんが近くだと、落ち着いて飲めないったらありゃしない。それに、初めは酒臭いと思っていた姉さんの吐息も、自分にアルコールが入ってくるに従って、次第に芳香として身体と頭が受け止めるのには参った。

 そんな俺の姿を見て、姉さんは楽しげに微笑む……すこし寂しさの混じった瞳で。

「……姉さん、出先で何かあったの?」

 思い切って聞いてしまった。いくら家族とは言え、プライベートにまで立ち入る筋合いは無い。でも今の姉さんは……何だか、人の助けが要りそうな感じだった。考えてみれば、姉さんがこれ程飲むなんて、正常な状態である訳が無いじゃないか。上手くすれば、酒の勢いで悩み事をすっかり喋ってくれるかもしれないし。

「……どうも、聖くんには隠し事が出来ないみたいね。普段はそんなに鋭いようには見えないけど」

 いや、俺が凄いんじゃなくて……そんな顔をしていれば、誰だって気付くと思うけど……

「何かあったんだね?」

「うん……」

 今までの陽気さはどこへやら、酔いすらもどこかへ押しやり、姉さんは長い睫を伏せて俯いた。

「話してみてよ。それとも……俺じゃ頼りにならない?」

 実を言えば、俺が頼りになる事なんてタカが知れてるけど、それでも……例え、自分の無力を思い知らされても、姉さんの助けになりたかった。これまで、献身的に俺達弟妹の面倒を見てくれた姉さんのためなら、自分が傷つく事などなんでもない。

「そんな事……!!………………聖くんにはきちんと話すわ」

 姉さんが姿勢を正す。

「これからの……身の振り方」

「身の……」

「ええ。今日は学校の友達と飲みに行ってたんだけど……みんな、自分の進みたい道がはっきりしているの。院に行くなり、目ぼしい会社をリストアップしてたり……様々よ。私も適当に話を合わせておいたけど……内心は焦りまくりだったわ。それに、みんなはそういう希望を高校の時から確立してたって言うじゃない……。改めて考えれば考えるほど、私だけ取り残されてる、って気がして……妹達の事もちゃんと見てあげている自信も無いし」

 そこまで言って、ふと、悲しいような、寂しいような……とにかく言葉に出来ないほど沈んだ表情で

「駄目ね、私」

 そう、吐き捨てるように言った。

「駄目なんかじゃない!!」

 咄嗟にそんな言葉が口をつく。やや口調が強かった所為か、姉さんはびっくりしたように顔を上げた。

「ごめん、大きな声出して……でも俺は、姉さんは良くやってくれてると思うよ。美奈津と真理だって、そう思ってるに決まってる。考えてもごらんよ、今までそういう事で、俺を含めて不満を漏らしたことがあった?」

 姉さんは、驚いたような、潤んだ瞳で俺を見つめている。そんな姉さんに見つめられながら話すのは恥ずかしかったが、こんな事で自分に自信をなくして欲しくなかった。だって、姉さんは、お世辞抜きで世界最高の姉だと思うから。

「考えてみれば、仕方の無い事かも知れないよ。皆は高校生の頃に進路を殆ど決めてたって言ってたけど、姉さんはその頃、妹に掛かりっきりだった訳だろ?いきおい、子供の面倒を見るって言うのは現実的な事だろうから……ポジティブに受け止めれば、姉さんは他人よりも一歩大人だった、っていう事にならない?」

 都合のよい解釈である事は否めない。が、これが間違っていないのも事実だ。

「それに、未来なんて……まだまだ行くらでも見つけられるよ。だって……人生って、そういうもんだろう?常に明日を見ていられなければつまらないじゃないか。要は自分の解釈次第なんだよ」

 姉さんの潤みきった瞳から、遂に堰を切って涙の雫がこぼれ出す。つい半年前まで夢も何も抱かなかった自分が、こんな風に人を諭して、その人の心を打てるかどうかは分からないけど……

「そうね、そうよね」

 何とか、意図は伝わったらしい。手の甲で涙を拭い、にっこりと笑った。

「自分を自分で追い込んでちゃ、仕方ないものね」

「そうそう、分かってくれて嬉しいよ」

 いつもの、優しい笑顔。いつもの、由紀姉さん。俺達も、彼女に支えられるだけじゃなく、もっともっと支えてあげなくちゃ。具体的に何ができるかは分からないけど……きっと、そうする事で見つかる筈だ、姉さんの道も、俺達の道も。

「あ、一つ約束してくれ」

「なあに?」

「これからは、酒でごまかすより俺に相談してよ。妹達に出来ない悩みも、俺なら受ける事が出来るかも知れないから」

 それを聞いて苦笑いをする姉さんの姿は、さっきまでの小さく、消え入りそうな物とはまるで別人だった。これで一安心、かな。

「ふふっ、分かったわ。……聖くん」

「ん?」

「ありがとう。聖くんも、随分と大きくなったのね」

「大きい?」

「ええ。初めてあった頃は、何だか無愛想で……いつも詰まらなさそうな顔をしていたけど……あれから一年半も経つのだものね。今の大人びた顔の聖くん、ちょっと、………………よ」

「え?」

 最後の方は声が小さく、上手く聞き取れない。

「わざと聞こえないように言ったのよ。じゃ、私寝るわね。お休み」

 ちゅ、と悪戯っぽく投げキッスをして、少しだけおぼつかない足取りでリビングを出て行く姉さん。

 ……完璧に見えた姉さんも、それなりの悩みを抱えていたんだな……俺が「出来た義姉」という色眼鏡で見ていた所為もあるけど、ともかく元気になってくれて良かった。たまたま夜中に目が覚めてなかったらと思うと………………ヤメヤメ、これはもう終わった事だ。明日からは、またいつもの姉さんが優しい微笑みを投げかけてくれるだろう。俺達にとって、それがどれだけ元気付けられる事なのか……

 それに、俺が少しでも成長しているといわれた事も嬉しかった。正直、自分が一年半前から、何か変わっているのか分からなかったから。野球の腕もそうだし、人間的にも……でも、姉さんに言われたのなら、少しくらいは胸を張っていいのだろう。

 


 少しだけ充実した気分で、思わずソファに横になる……おっと、このままじゃ確実に寝ちまうな……と思いながら身体を起こすと、バーボンと、少しだけ姉さんの甘い香りが入り混じって残っていた。




 さて、また明日から……日付的には今日だが……カベに揉まれる事にしよう。それで、少しでも自分が成長するのなら、特訓中の辛さなど厭わずに。


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