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FASTEST!!  作者: サトシアキラ
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第01-02話

 そして午後12時58分。俺は灼熱の戦場に立っていた。マウンドと言う名の、 外界からはある種隔絶された戦場だ。未だ荒らされていない茶色の柔らかい土が 、先発投手の特権として、俺のスパイク跡だけを刻む。

 横浜スタジアムの客の入りは、明らかに県予選決勝のレベルを超えていた。客の 目の多くが望むものは、この俺と、相手校……私立横浜学院の四番バッターとの激 突にあるだろう。球場全体が異様な熱気と雰囲気を内包していた。

そんな中で、しかし俺は淡々と投球練習をこなしていた。

ラスト1球をクイックで放ると、カベがそれを捕球後、惚れ惚れするようなスピ ードで二塁へ送球。ノーバウンドでセカンドのグラブへ、しかもベースのすぐ側 で収まった。相変わらずの芸術的な送球だ。今までも、この堅守に助けられてき た。それも多々、だ。今日も頼むぜ、といつものように視線で合図を送ると、カ べも視線で

「心配すんな」

と返してくる。

(カベ、お前が居てくれなけりゃぁ、俺は単なる荒れ球のへそ曲がりで終わっち まう所だったぜ……感謝してるよ、本当に……)

 そんな事を考えて、「内野回し」から帰ってきたボールを受け取り、ロージンを 僅かに指先でいじる。そして右打席に、相手校の一番打者……三年の高野さんとやらが入って来、ヘルメットを脱いだ。

「お願いします!!」

 高野さんの元気いっぱいの声が、このマウンドまで聞こえた。このざわめき立っ た状況で聞こえてくるのだから、相当の声量なのだろう。きっと、スポーツマン シップとかなんとかで、監督から必ず言うように通達されているんだろうが………… 俺はそれに、心の中で唾を吐く。俺はそんな典型的な高校野球が大嫌いでね。そ ういう、他人から強制されて野球をやってるような奴らをブチのめすのが快感な んだ。

 さて、高野さんとやらは打ち気満々でバットを構えている。そんなバッターに対 するカベのサインは……全力のストレート。まずは、100パーセントの実力で相 手の技量を計る、か。マサカリ投法のモーションを起こす事で、サインに同意し た代わりとした俺は、第一球を投げる!!ちなみにマサカリ投法とは、かつてプ ロ野球ロッテオリオンズのエースとして君臨し、215勝を挙げ、50歳を超え ても尚、140キロの速球を投げる、村田兆冶氏の投球フォームの事だ。

 ひょん な事から引退試合のビデオを入手したのがきっかけで、このフォームを取り入れ る事にしたのだ。もちろん、最初は興味本位であった事は否めないのだが、次第 にこのダイナミックなフォームが、自分に合うように思えてきたのだ。全身全霊 を白球に託す事しか、体の小さい俺が、幼い頃から野球漬けのエリートに、一泡 吹かせる方法がないことが分かっていたから。

 右腕が撓り、びしっ、というボールのリリース音が耳の側で響く。そして一秒に も満たない時間で……

 ボールは、いつものようにカベのキャッチャーミットの中にあった。

どおおおおっ、と観客のどよめきが聞こえる。気が付くと、ただでさえ目立たな かった横浜スタジアムの空席が、ほぼ埋まっていた。

 フォロースルーの姿勢まま固まっている高野サンの顔は、驚愕に引きつっている 。この決勝戦に勝ちあがる前に何度も経験したが、そんな表情を見るのは楽しか った。何せ、四六時中、それこそ小学校低学年……ひどいのになると幼稚園から…… 高校の今に至るまで野球漬けの奴を、野球歴僅か5年のこの俺がきりきり舞いさ せているのだから。

 さて、今日のボールのスピンのかかり具合や良し。これがないと、どんな快速球 も単なる棒球だ。きっと高野サンは、ホップする速球なんてはじめて見たんじゃ ないかな。大体、速球がホップするなんて、初速と終速の差が少ない事から起こ る目の錯覚として片付けてしまわれがちだ。しかし、実際にホップするボールは 存在する。何故なら、今ここで俺が投げているからだ。練習の時に、狙ったコー スよりも随分と高めに球が集まるもんだから、おかしいな……っと思っていたら、 実はそれがホップするボールだった訳だ。

 スピード自体も忘れちゃあいけない。この試合は民放でも中継されているそうだ が、スピードガン表示がされているなら、ほぼ確実に140キロ後半を示してい るだろう。今まで正式にスピードを計ったことはないが、新聞にも載っているし 、何より俺の腕がその球速の確かさを感じ取っている。

 さて、すっかり萎縮してしまった高野サンを料理するには、もう100パーセン トの速球は要らない。彼のスイングが俺のボールを弾き返しうる代物だとは、と ても思えなかったからだ。

 カベの二球目のサインは……内へのカーブ。俺はそれを、すっかり屁っぴり腰にな ってしまった高野サンに向かって投げた。しなった腕から弾き出されたその球は 、最初はバッターの頭を直撃するかのようなコースを取った。その証拠に、彼は のけぞって背中から地面へと倒れこむ。しかしボールはと言うと……頭直撃コース から大きく弧を描いて、内角低め、カベが要求した通りの位置へと着弾していた 。カベ曰く「プロの投げるカーブ」だそうだ。審判も、初めて俺の球を間近で見 る人らしく、

「す、すとらーいく!!」

 と、いささか間の抜けた口調でコールした。それまでの二球を見せただけで、観 客席の空気は、俺のワンマンショーを期待する空気に変わって行くのを感じた。 その中で横浜学院の連中だけが、もはや絶望的な表情になった高野サンの気も知 らず、相も変わらず耳障りなだけの、応援という名の雑音を垂れ流しつづけてい る。

(知らぬが仏、か)

 俺は頭の中で苦笑した。

 野球部の応援が学校行事化している横浜学院と違って、我が五塚高校には応援団 が常設されていない。ま、普通の公立校じゃ当たり前か。それでも去年までは、 各部活の主な大会……インターハイ(の予選)などに合わせて、小規模ながらも応 援団を結成してきたようだが、今年は野球部主将の大塚さんが、応援団からの夏 の県予選への派遣の申し入れを固辞したらしい。おかげで、一塁側はいたってお となしい。俺個人はと言うと、やっぱり……あのブラスバンドでどんちゃかやるの は勘弁してほしい。安っぽいし、なにより野球は集中力のスポーツなのだ。あん な日本流の応援なぞ、集中力をかき乱しこそすれ、いいことなど何一つない。第 一、メジャーリーグの試合を見ていて、そんな光景は見たことがない。かといっ て、観客達が選手を応援していないかというと……そんなことはないだろう。つま り、画一的な応援を強制するなという事だ。黙って観て、「球音」をたのしめぃ !!


 ………………それにしても。

 こんな事を試合中に考えている俺って、つくづく冷静だなと思う。普通、県大会 決勝にまで駒をすすめた無名公立校のピッチャーなんだから、少しくらいは緊張 してもいいんだろうが。最激戦区の神奈川大会を勝ち抜いてきたんだ、きっと、 プロやら社会人やらのスカウトが大挙して、バックネット裏に陣取ってもいるだ ろうに。

 きっと、俺がまだ二年生であるということも関係しているだろう。まだ来年があ るっていう余裕がね。日本球界には冷ややかな俺だが、名を売っておきたいとい う功名心も多少はある。

 さて、第三球目のサインはというと……

 ……遊び球も打たせて取る球も必要なし、か。ウチの守備力からいって妥当な判断 だ。ウチの守備力と言うのも、無名の公立校の五塚ウチじゃ、その守備はお 粗末で当たり前だ。唯一頼れる男は、20メートル近く先に座っている俺の恋女 房……即ち真壁大成、その人だけなのだ。

 三度みたびモーションを起こす。その間にも、バッターの高野サンの目が恐 怖の色に染まっているのがわかった。蛇に睨まれたカエルのような……とでも形容 しておこうか。とても俺を打ち崩そうとしているように見えない。

 ボールは最初、高野サンから見たら絶好球、真中高めに入っていった。明らかな 失投に、恐怖に固まっていた高野サンも、身体が反応したのか、慌ててバットを 出した。


が。


 その直後に、ボールが僅かに沈みながら、まるで見えない糸に手繰り寄せられる ように、一塁側に急カーブを描いた。最後は、外角低めいっぱいに決まっていた 。無論、バットにはかすりもしていない。

「ストライーク、バッターアウトぉ!!」

 スゥイングアウトの三振。

 高野サンは、茫然自失といった趣でバッターボックスを後にした。ベンチに下が る途中で、二番打者と一言二言交わしていたが、後のバッターへの影響を考え、 恐らく「大した事ない」というようなことを伝えたのだろう。しかし……そんな青 い顔で伝えて、皆が信用するかは甚だ疑問だが。


 その後俺は、二番打者をフォークで三振、三番をセカンドフライに切って取った 。どうやら今日は、制球も球威もまずまずで、全体的な調子は悪くないらしい。 ベンチへと引き上げる途中ふとスタンド見上げると、最前列のフェンス際に真理 が立っていて、

「お兄ちゃーん」

 と、手を振った。その右隣には、真理に似た顔立ちの、ストレートロングの美女 が立っている。また左隣には、ショートカットの美少女が居た。ロングの美女が 控えめにこちらに手を振ったので、俺もグラブをはめた手を、小さく挙げて応え る。

「お兄、その調子!!」

 ショートカットのコも声援をくれた。

 (由紀姉ねぇさんも美奈津も、ちゃんと見に来てくれたんだ……)

 俺じゃあるまいし、昨日観戦すると言った以上、必ずそれを守る人達ということ は分かりきっている筈なのに、なぜか感動を覚えずにはいられない。そして、人 も羨むような、その美人三姉妹の声援を受けて、暑さのせいでいまいち抜け気味 だった気力が、身体中に満ち溢れるのをはっきりと感じ取っていた。俺も現金な もんだ。ま、世の中の男なんて、みな美女の為に戦っているようなもんだからな 。俺だって例外じゃないって事だ。

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