第07-01話
夏休みが終わり、新学期が始まると、学校中の関心は、9月半ばの文化祭に移っていた。関心が移ったと言えど、生徒達にとっては、ただ単に勉強をおろそかにしていい時期というレベルでしかない。最近の高校生は、何事にも熱中せず、ただ冷ややかな瞳で日々を怠惰に過ごすという世間の目通り、ウチの学校もその例外ではなかった。
ただ、何かやらなくてはいけないという事は、おぼろげながらも感じ取れるらしく、学校中がざわざわと落ち着かない。
我が2年5組もその例に漏れず、遊びだかアルバイトだか部活だかで日焼けした顔をつき合わせて、クラスの出し物であるお好み焼屋の打ち合わせに余念がなかった。
概して、食べ物系模擬店の士気は高い。他の模擬店をやるクラスと、純利益勝負なんて事も考えているようだ。競うならもっと他の事をやらんか、などと無粋な事は言わない。
文化祭は9月の18日なわけだから、一学期中に大方の役割や、鉄板・ガスボンベ等のレンタル先の目処は付いている。あと決めるものといえば、肝心要のお好み焼のレシピをいかに設定するか、だ。コストと味のバランスを睨みつつ、どこの線で妥協をするかにかかっているんだが……
幸か不幸か、俺は本番で調理をする班になってしまっていた。自慢じゃないが、籤運の無さには自信がある。
「幸」の部分は、自分達で味を決められること。例え売れなくても、自分達でやった味付けなのだから、と諦めも付く。「不幸」の部分は、ここで俺が下手に料理の腕を振るったりすると、文化祭の間中調理をやっていなければならない危険性があること。……そう、俺だって完璧に暇人という訳でもない。文化祭の二日目には、野球部員として、近所の高校と練習試合に出なければならないからだ。だけに、なるべくその他の日程はゆっくりしていたいんだが……
どうやら、俺の目論見は外れそうだ。俺の班にはおろか、ウチのクラスに都合よく広島民は居てくれないから、全くのの独学でお好み焼の味を追求するしかない。これで広島民でも居れば、上手くてコストのかからない本場のお好み焼を作れるのだろうが……
追求するといっても、お好み焼屋でバイトした事のある人間も居なければ、自分で料理をした事のある人間も居ない。だからレシピの提案も、てんでとんちんかんなものばかりしか出てこない。こいつら、家でお好み焼くらいやらないのか?ちなみに俺はというと、例の蒼空亭でしょっちゅうお好み焼を食べているし、一人暮らしの時は空しいから勿論やらなかったが、家族が出来てからはしばしばお好み焼大会を開催している。具なんて冷蔵庫のあまりものでいいし、肝心な材料なんて、まずどこの家にもある小麦粉だけなんだから。俺が支度の手を抜きたいときにやる、なんて事は秘密だ。……姉妹達にはとうにバレていそうな気もするが。
ともかく、そろそろ本格的に予算の都合を付けて、どこで購入するかを慎重に検討しなければいけない時期なのに、会議は牛歩の様にしか進まない。いや、牛歩でも進んでいればいい。だが現在、二学期が始まって一週間も経っているというのに、その進歩は眠ったウサギだった。そんなやる気の無い会議に出席している俺には、時間を無駄に浪費しているに過ぎない。なんと言っても、あの夏休み最後の日から、一日たりとも休まず例の特訓を行っているのだから。
そんな俺の思惑など皆が知るはずも無く、こうして俺達調理班は居残り会議の真っ最中という事態に陥っている。
既に野球の方で相当に派手な真似をしているから、せめて普段は目立たずに居たいんだが……もはや限界だ。このまま時間を浪費するなど、俺には我慢できない。そして、 料理好きの血が、今騒ぎ出している。万民に、我が家のお好み焼の魔力を示すのだああぁ!!俺の頭の中に、何者かが邪悪な声で叫ぶ!!…………俺だって疲れてるんだよ。この会議は午後イチにやってるし、メシ食った後だし、何と言っても特訓はキツいし……
「提案があるんだが……いいかな?」
俺の急な発言に、調理班全員がいっせいにこちらを振り向いた。マウンドの上で注目を集めるのは快感だが、こう距離が近いとなると……やっぱり少し気後れしてしまう。
「は、はい、何でひょあ!加藤くん!?」
黒板に何やら書いていた、この会議の進行役、そして俺達調理班の一応の長である黒木奈々が、やけに驚いて俺を振り返った。あまりの間抜けな反応に、班の人間らから失笑が漏れる。
「お好み焼の作り方なんだけど……なかなか決まらないみたいだから、俺の個人的な意見を言ってもいいかな?あくまで参考に、だけど」
「ど、ど、どうじょ」
黒木は、こちらが噴き出してしまうくらいにうろたえている。何をそんなに平常心を失う事があるんだろうか?
「基本的に、お好み焼の肝は小麦粉だ。でも、それ以外にも大きなウェイトを占めるのはキャベツでもある。だからといって、両方上質なものを揃えてしまうと、コスト的に厳しいのは勿論、互いがケンカをして個性を失いがちだ。そこで、だ。一人頭の原価と売値のバランスを考えて、どちらか片方のコストパフォーマンスが良ければ、もう片方は質を落として、後はその他の薬味や肉などに予算を回す、っていうのはどうだろう?そうだ、あと、生地には絶対山芋を入れるべきだ。入れると入れないじゃ、コシが違う。これはコストを圧迫しても譲れない」
そこまで一気に言って……ふと気付く。
周りのみんなが、唖然としていた。恐らく、俺がここまで饒舌になったのを初めて見たのではないだろうか。……いや、ひょっとしたら、俺の声を初めて聞いた奴だって居たかも知れない。ともかく、全員の口はあんぐりと開いていたように見えた。
「……い、以上」
急に照れ臭くなった俺は、偉そうに咳払いをして席に着いた。
「ど、どうでしょう皆さん……加藤くんの意見は?」
黒木は、おずおずと皆に意見を聞いた。元々意見を持たなかった彼らに、俺の提案を否定できる要素があるはずがないから、すんなりと通った。その日は、今までの鈍亀の様な会議が嘘のようにとんとん拍子に進み、一人当たりの具体的な分量を決めるまでに至った。あとは、しかるべき場所から食材を購入するだけだ。
会議も無事終わり、カベの待つグラウンドへと向かおうと支度をしていると……
「加藤くん……」
誰かが、俺の名を呼んだ。振り返ると、黒木奈々だった。大きな瞳とややタレ気味の眉のバランスが絶妙で、見た目でキツい女だという第一印象を抱く奴はいないだろう。背丈は真理よりも幾分上だが、俺よりはずっと小さい。大体、150センチちょいといったところか。半袖の制服のシャツから除く肌を見る限り、随分とスリムな子だという感じを受ける。黒髪の、腰のすぐ上辺りまである、艶やかなストレートロングが美しかった。
「加藤くんって、お料理得意なんですか?」
「いや……別に」
一分でも時間の惜しい俺は、あまりの返事の素っ気無さを反省した。今までの無駄な会議は一体なんだったのかという事を考えると、少なからず怒りが湧いて来ていたから、ちょいと苛付いていたんだ。
「得意って程でもないけど、たまに自炊してるから……。それに、お好み焼はしょっちゅう食いに行ってるから」
慌てて相手が不快に思わないよう、慌てて続きの言葉を添える。
「そう……ですか」
黒木は、指先をもじもじと弄りながら俯いていた。何かを言いたそうにも見えたが、そのままの姿勢でなにも喋らない。
「じゃ……俺、行くから」
またもや、自分で自分の言葉を呪う。話を切り上げるなら、もっとまともな台詞がある筈なのに。俺の言葉はどれも素っ気無くて、プレイボーイの素質が限りなくゼロに近い事を思い知らされる。もっとも、そんなものにはなりたくもないが。……さりとて、全然モテないというのも寂しいのは確かだ。
「あ、待って……下さい」
黒木が顔を上げた。大きく美しい瞳が俺を見つめている。やばい、そんな表情で見つめられたら照れちゃうじゃないか。
黒木は、やや地味めながらも、述べた通りの美人だから学園内での人気もそこそこ高いと聞く。こうして見てみると、それも頷けるほどの可愛さだった。
「あの……もし良かったら、私にお好み焼の作り方、教えてくれませんか?」
黒木は、目をつぶって……一気にそれだけ言った。そして、はっとして口をふさぐ。
「あの……文化祭ももう近いし、私は一応調理班の班長だし、それに加藤くんは作りなれてるみたいだから……」
「教えるって言ったって……そんなの誰にだって出来るぞ?」
お好み焼なんて、クレープみたいにそうそう焦げるもんでもない。コツなんて、焼くときにこまめに裏面にヘラを差し入れて、焼け具合をチェックすれば良いだけの話だ。
「でも……でも……やっぱり慣れてる人の手順が見たいし……」
しきりに食い下がる黒木。何故だか分からないが、しきりに俺の手際に拘る。カベとの特訓の疲れが取りきれていない俺は、次第に黒木との答弁に苛々して来ていた。が、声を荒げたい気持ちを抑えて、
「悪いな、俺には今時間がないんだ。誰か他の奴に頼んで」
強引に会話を切り上げ、教室を出ようとしたところで……
出口の前で、二人の人影に行く手を遮られた。
「ちょっと加藤くん」
「な、何だ?」
同じ調理班の女子、福浦と初芝……だったかな。
「奈々に、教えてあげてくれない?調理の仕方を、さ」
肩までのショートカットで、面倒見のいいお姉さんと言った感じの福浦が、両手を合わせて懇願する。
「私達からも、お願~い」
どちらかというとお調子者の初芝が、身をくねらせながら言う。
「ちょっと待てよ、どうして俺にそこまで……」
どうしてもその事が気にかかる。……が、福浦と初芝は顔を見合わせた。
「ひょっとして……」
「気付いてない?この人……」
「何の話だ」
ヒソヒソ話をされると、非常に気分が悪い。一体、俺が何に気付いていないというんだ。
「いやね、だから……」
福浦は、ちらっと黒木を振り向いた。俺も釣られてそっちを見るが……黒木はぶんぶんと激しく首を左右に振っている。それを見た福浦は、はぁ、と大きな溜息を一つついた。
「今時、こんな鈍感な人が居るとはね……」
「ひょっとして、私達がカマかけられてたりして」
「ああ、気付いていない振りしてて私達をからかってるって事?」
「お前達、人をなんだと……」
「やめて!!」
黒木が一言、俺達を制した。
「理恵も恵も……いいの、加藤くんが忙しいのは分かってるから……無理に引き止めた私が悪いの。ごめんなさい、加藤くん、忙しいのに……部活、頑張って下さい……」
黒木は、寂しそうに微笑んだ……。可愛い子にそんな顔をされると、そうさせた俺がまるで重罪人のように感じられる。
「……分かった、教えるよ。俺の個人的な作り方が参考になるんなら、な」
そう言ってやると、曇った黒木の顔が、スコール明けの空の様に、ぱあっと急に晴れた。あまりの鮮やかな表情の変化に、鈍いと今言われた俺も、さすがに感づかない訳にはいかない。
(ひょっとして……黒木って、俺に好意を持ってくれているのか……?だから、俺に直接教わるという口実で接近したいんじゃ?)
慌てて、俺はその考えを振り払った。そういう自分勝手な解釈が、あの時の事件……中学生の時の、河村への告白だ……を生んでしまったのだから。肝に命じておかなければいけない、俺に恋愛感情を抱く女の子など居るはずがないと。
では、他の理由はというと……それも見当たらないが。
「今日はもう行くけど……夜、電話するよ。その間にでも、調理班全員の都合がつく日を聞いておいてくれよ」
「え?ぜ、全員?」
「……何か問題でもあるのか?こういうものは全員に教えておかないといけないだろ?」
「そ、そうですね……」
黒木は、再び……俯いてしまった。福浦と初芝も、同様に落胆する。全く、何だって言うんだ。それ以上考える時間が惜しい俺は、呆然としている三人を尻目に、そそくさと教室を後にしたのだった。
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それから数時間後……カベとの特訓によって身体全体に鉛を仕込まれたかと思うくらいに疲れた俺は、重い手足を引きずりつつ帰宅し、手早く飯をかきこみ、風呂を浴びて……ベッドにうつ伏せになった。
カベのしごきがあまりにもハードだから、練習が終わる頃にはもうへろへろ、家に帰ってもやる事は飯を食って風呂に入って寝るだけ。この一週間、ずっとその調子だ。それで少しくらい上達の兆しが見えればいいが、そうは上手く行きはしない。ただノルマの球数が増えて、今や100球に届こうとしているのだ。
こうして目を閉じているだけで、速やかに睡魔が襲い掛かってくる……
そうだ、黒木に電話して、全員の都合の付く日が決まったかどうか確認しなけりゃいけないんだった……。いくらなんでも、その日は特訓は休みになるだろうから、俺にとってもありがたい。いくら時間がないとはいえ、こう毎日毎日疲れ切っていたんでは、己の丈夫さに自信のある俺といえども、どうなるか分からない。……特に精神的に。
面倒くさいから明日学校で確認すればいいや……と思いつつ……それを片隅に追いやるほど、急速に意識が薄れていく……その途中で、
「聖くん、電話よ」
部屋のドアをノックする音と共に、姉さんの優しい声が俺の意識を覚醒させた。こういう起こされ方なら大歓迎なんだが。
ごしごしと目をこすり、ドアを開ける。勿論、目の前には姉さんが微笑みを浮かべて立っていた。
「誰から?」
「黒木さんっていう女の子よ。クラスメイトの」
「ああ……」
あの黒木の事だ。律儀に……「五塚高校2年5組の黒木という者ですが……」と、自らの素性を明かしたんだろう。男が躾の厳しい女の家に電話を掛けるときならまだしも、だが。それだけ、黒木がしっかり躾の行き届いた人間であるという証拠だろう。
欠伸をかましつつ、姉さんの後について階段を下りてゆく。
「聖くん、ここ一週間ばかり、いつもお疲れみたいね。どこか具合でも悪いの?」
姉さんが、こっちを振り返らずに言う。
「うん……カベがい思いっきりシゴいてくれるもんだからさ……」
「まぁ、そんなに?」
姉さんが目を丸くしてこちらを振り向いた。俺が頑丈なのは姉さんも分かっているから、俺が疲れ果てるほどの練習とはどんなものかと思っているんだろう。
「あいつに言わせるとさ、俺には時間がないらしいから……どうしても、ね」
再び欠伸をする。大きく口を開けた瞬間に、顎の間接から「こきっ」というなんともいえない音が、頭蓋に響いた。
「そう……じゃ、私達も聖くんのサポートをするわね。出来るだけ、聖くんが元気に毎日を送れるように工夫するから」
「……ありがと、姉さん」
俺は、どうやら姉さんの前でだけ素直になれるらしい。……という事は……俺って、甘えん坊って事なのかな……
「いいえ。家族なんだもん、それ位当たり前よ」
姉さんは、照れたように微笑んで、一階の居間に入りかけて……何かを思い出したように、顔だけ廊下に出した。
いくら電話口とはいえ、女の子の前で欠伸なんかしちゃ駄目よ?」
「わかってるよ」
わかってるならよろしい、と姉さんは顔を引っ込める。
いっつも……心配してくれてるんだよな、姉さんに限らず、ウチの姉妹達は。そんな彼女らに、素直にお礼の言えない俺は……駄目人間確定だな。いつか、何らかのカタチでお礼はしたいと思ってはいるんだけど……今の俺には、何も浮かばない。
念のため、もうひとつ欠伸をしてから受話器を取る。
「もしもし」
「あ……黒木、です。今、お忙しかったですか?」
「いや、全然。で、全員が都合の付く日が見つかった?」
「はい……来週の月曜日、加藤くんは部活お休みですよね?その日の放課後に懇親会を兼ねて、みんなでお好み焼パーティーみたいなものをする、という事になったんですが……」
調理班は、俺以外親しい間柄のようだから、そういうのもアリか。でもそれだと、懇親会ってのは説得力に欠けるな……そんなことしなくたって、元々気心知れた仲なんだから。
「ああ、いいよ。で、会場は?」
「それなんですが……まだ決まってないんです」
まぁ考えれば、調理班8人が一斉に家に押しかけて来るから、騒がしくなってイヤだろうし、その人数が入るほどの部屋の大きさも必要だ。まだまだ暑い日が続きそうだし、いっそのこと屋外でバーベキューまがいにやるのもいいかも知れないが……ここはひとつ……
「俺の家でいいんなら、月曜日開けておくが?丁度家族が留守にするみたいなんだ」
ウチは、4人暮らしのわりに随分とたっぷり寸法を取って立てられている。親父の奴、相当予算を奮発したらしい。それもあの親父に言わせれば、「可愛い義娘の為なら何でもない」とでも言うんだろうが。
「でも……いいんですか?」
「ああ。念のため、今聞いておくから待ってて」
俺が顔を上げると、既に姉さんが傍に立っていて……口の動きだけで、
(ナンノ、ハナシ?)
と言っていた。
(ゲツヨウビ、ブンカサイノジュンビデ、ウチニクラスメイトヲヨブカラ、サワガシイノガイヤダッタラ、ソトニユウハンヲタベニイッテクレナイカ?)
俺も受話器に手を当てて、ヒソヒソ声で喋る。黒木に、文化祭の準備の為に、家の人を追い出したと思ってもらっては困るからな。
姉さんは、人差し指と親指で輪を作り、
(O.K.)
とウインクをして、再び居間へと戻った。
「もしもし?おっけーだと。好都合だったな」
あくまで、都合よく家族が家を留守にするという事を前提にしておく。まぁ、黒木ほど躾の行き届いたコが……って、それほど黒木の事を知ってる訳でもないが……、俺の演技を見抜けない事もないだろうが。
「……分かりました。では月曜日、放課後にみんなで一緒に帰って、加藤くんの家に向かう途中で食材を購入する、という事でよろしいですね?」
「ああ、それでいい」
何だか急な話だし、俺が自分の家を会場として提供するなんて事を言ったのも、我ながら驚きだ。……きっと、黒木の誠実そうな人柄が、俺をそういう気分にさせたんだろう。
「ところで……1つ質問、いいかな?」
「は、はい?」
「その丁寧な言葉使いはいいんだけど……俺に対しては丁寧過ぎないか?」
どうしても気になっていた事だ。だって、福浦や初芝には、普通友達口調で接しているから。俺の事を怖いとでも思ってるのか?
「えっと……それは……」
口ごもる黒木。それからしばらく口をつぐんでいたが、俺は返答を辛抱強く待った。が、一向に答える気配がない。
「ま、いいけど」
別に答えたくないなら、それでいい。本人がそれなりの意味をもってそういう言葉遣いをしているんなら、こちらがしつこく聞く必要などまるでない。少なくとも、今の日本語と呼べるのかどうかすら怪しい位乱れた言葉よりは、比較にならないというものだ。
「……ご、ごめんなさい……」
「別に誤る必要はないが」
やはり、どうしてもこっちが悪いような気にさせられてしまうな……
「じゃ、月曜日ということで」
「あ、は、はい」
話を切り上げた事によって、もうそれ以上突っ込む気はないという事を示した。
「じゃ、また明日」
「はい……おやすみ、なさい」
黒木の返事を確認して、受話器を置く。そして俺は、大きな溜息を一つついた。何で電話に出るだけでこんなに緊張しなきゃならんのだ。もっとも、受話器越しには、黒木のほうの緊張の具合の方がよっぽど強かった様に聞こえたが。
居間に行くと、姉妹達が仲良く……表面上は……恋愛ドラマを見ていた。
「お兄、月曜日に誰か来るんだって?」
「ああ、文化祭の打ち合わせ……みたいなもんだ。八人ばかしな」
「で、あたし達は厄介払い、と」
「そう言うなよ。放っておきゃ、いつまでも平行線の会議してそうな雰囲気だったから、場所の提供を申し出たんだよ。その代わりといっちゃあなんだが、月曜日には美味い物でも食いに行って来いよ。俺が今まで入った事のない店がいいな。お勧めの店を見つけてきてくれよ」
そんな事を言ってみても、俺が金を出す訳じゃないから、ちっとも有難みはないだろうが。どんな理由があろうと、俺を一人置いて外食しに行くだけで罪悪感を感じかねない姉妹達だから、こうでも言ってあげないと。
「お兄ちゃん、本当にいいの?」
「いいんだよ、遠慮なんてしないで。人払いを頼んだのは俺の方なんだから」
「聖くんがそう言ってくれるなら……じゃ、どこにしましょうか」
納得してくれたのか姉妹達は、あそこの店が気になるとか、ここの店が雰囲気が良かったなどとわいわいやり始めた。……こうして見ると、よそよそしいかに見えた真理と美奈津も、姉さんを間に挟むと、ごく普通の……いや、普通よりずっと仲のいい姉妹をやっている。俺には、美奈津の言葉の真意が未だに分からない。あの、二人で買い物に行って、真理と偶然会ったときに……わざわざ腕を組んで、見せ付けるように「デートしてる」と言い放った事……。思えばあれからだ、二人の関係がおかしくなったのは。いや……俺の目には、真理はあくまで前と同じに接したいように見える。ただ、美奈津が一方的に壁を作ってしまっているようにしか見えない。
姉さんが普段から口にしているように、真理と美奈津は、当たり前だがこの世でただ一組の双子だ。血を分けた姉妹同士がいがみ合うなんて……見ていられない。その原因に俺が絡んでいるのなら……何とかしたいのだが。
俺は重い足を引きずり、階段を上がってベッドにつっぷすると……即座に抗い様のない、心地の良い眠りに引き込まれていった。
女心なんて、俺には難しすぎるんだよ……考えるだけで体力を消耗しちまう……




