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FASTEST!!  作者: サトシアキラ
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第06-03話

「お兄ちゃん……」

 真理が部屋の外から俺を呼んでいる。しかし俺は……暑いのに頭からシーツを引っかぶり、ベッドに潜り込んだままだった。そこから見える範囲に置いてある時計をちらりと見ると、もう十時を超えている。

真理は何度か俺を呼んでいたが、眠っていると思って立ち去ったのだろう、いつしか声はしなくなった。  考えてみれば、俺は予選が全試合終わってから今日に至るまで二日間、家から一歩も外に出ていなかった。しばらくは何もする気になれない……そうこうしている間に、大事な夏休みが終わってしまうというのに。思えば、真理と動物園に行った帰り、この休み中にもう一度遊びに行くと約束したが、それも果たせないままだ。

 真理は、そんな怠惰な数日を送っている俺のことを心配してくれているからこそ、こうして声を掛けて来てくれんだろう。だが今は……放って置いて欲しい。今は少しだけ疲れたんだ……




 俺たち五塚高校は、秋季大会初戦、神野高校に、俺のエラーが主な原因で敗戦して以来、後の二試合とも落とした。つまり、三戦全敗だ。後の二敗も、殆ど初戦と同じような、俺のノーコンとエラーからの失点で、さらにいつも俺の打順にチャンスが回ってくる。チャンスに強いバッターだったら涎ものの状況だったにも関わらず、無論俺は一本もヒットを打つ事が出来なかった。まるで申し合わせたような展開に、いい加減俺も飽き飽きしていた……全ての元凶は俺にあるというのに、それを棚に上げてやる気を失っている俺は、今更言うまでもないが最悪の人間だ。



「お兄!!」

 ばたんとドアを猛々しく開けて乱入してきたのは、

「いつまでウジウジしてんのよ!!」

 もちろん美奈津だ。

「いつまでも寝てないで!!」

 美奈津はシーツを荒々しく剥ぎ取り、

「今日が夏休み最終日だって言うのに!!」

 俺の寝姿を前に仁王立ちになり、

「きゃ……」

 悲鳴とも断定できぬ短い声を上げ、

「馬鹿!!」

 と短く一言だけ発して、部屋を出て行った。

 なんなんだ、あいつは……と思って自分の姿を確認してみると、美奈津が悲鳴を上げたのもまあ無理はない。いつも俺はTシャツとトランクス一丁で……いや、正確にはいつも短パンをその上に穿いてはいるんだが、いつも暑いのか夢の中で脱いじまうんだ……寝ているんだった。……思い出してみれば、真理もこんな風に俺のトランクス姿を見て頬を赤らめていたっけ……双子の姉妹ってものは、そんなパターンまで似通ってしまうもんなのかな?

 そんな馬鹿なと一人で突っ込みつつ、俺はようやく腰を上げる気になった。美奈津の言うとおり、こうしていつまでもウジウジしていたって仕方がない。だが……具体的にどうしようという気にもなれない。こんな虚脱感、無力感を味わったのは、夏の県大会決勝で負けて以来だ……って、つい一ヶ月前の事なんだが。

 そういえば、カベからは何の連絡もないな。慰めの一言もないのは当たり前として、練習しろと出頭を命ずるでもなく、アドバイスを送ってくるでもない。カベのことだから、きっと何か深慮があるのだろうが。

 あくびを噛み殺しながら階段を下りて行くと、居間には三姉妹が揃って座っていた。俺の姿を認めた美奈津は、

「やーっと起きてきた。このまま引きこもり生活でもするのかと思った」

 と、さも呆れ果てたように言った。ま、そういわれても仕方がないか、ここ二日の俺の生活は。

「聖くん、みんな貴方が起きてくるのを待っていたのよ」

 由紀姉さんは、そんな俺に何一つ苦情やお小言を言うでもなく、優しく言った。相変わらずの気遣い。姉さんには、感謝してもし足りないくらいだ。

「そうだったのか……でもなんで?」

「たまには家族全員で遊びにいかない?って話してたの。もう夏休みも終わりでしょ?最後にみんなで楽しく過ごせたらいいなー、って……」

 あくまで、俺が落ち込んでいるから、元気付ける為とは言わない。そんな事を言ったら、何だか恩着せがましい、と、この慎み深い姉妹は思っているんだろう。

 真理は、指先をもじもじと弄っている。何がそんなに恥ずかしいのかは分からないが……

「真理と美奈津の提案なのよ」

 姉さんが立ち上がって、真理と美奈津の肩に両手を置いた。二人の美少女姉妹は、しばらく顔を見合わせていたが……やがて、頷きあった。どうにも……最近の二人のよそよそしさなんて、俺の錯覚としか思えない程に、今の二人は仲が良さそうだ。もう、訳がわからん。

「それはいいとして、具体的にどこに何しに行くんだ?」

 俺も姉妹たちの対面に腰を下ろしながら聞いた。姉さんを中心に、右に真理、左に美奈津が座っている。本当に……いいな、この姉妹。

「ぱーーーっと、どこかへ美味しいものを食べに!!」

 美奈津は、自分の発言がさも名案であるかのように、得意げに言う。

「……それはお前の願望なんじゃないのか?」

「違うって!!失礼しちゃうわね……お兄がこの所ロクにご飯食べてないから、お腹減ってるんじゃないかと思ったのに……」

 美奈津はムクれてソッポを向いてしまう。美奈津が素直にこういう態度を取るときは、本気で気分を悪くしている時だ。……それにしても、不満の感情すら素直に示さない美奈津は、本当に本心が掴みづらい。真理はすぐに顔に出るからな……同じ血が流れている双子とは思えない。

「分かった、悪かったよ、美奈津」

 俺はテーブルの上に手をつき、軽く頭を下げた。美奈津は、それを横目で見て、「ふんっ」とやっただけだ。ま、そんな些細なことを根に持つ人間じゃないことも確かなんだが。

「そうだな、それもいいか。よし、そうと決まれば、何を食いに行くかだが……」

 半ば自棄やけ食いに近いとはいえ、何でもいいという訳にはいかない。やはり美味いものを食べたいと願うのは、人間として至極当然の摂理だ。

 俺はしばらく思案した挙句、

「中華街で豪勢な昼飯にでもするか」

横浜の中華街なら、名店がそこかしこにあるし、テーマパークとしての適正も十分だ。静かな場所で休みたいと思えば、山下公園もある。そのまま湾岸線ドライブ(もちろん姉さんに運転してもらうんだが)だって悪くない。

「さーんせい!!あたし、あそこで肉まん頬張りながら歩くのが夢だったんだー」

 美奈津が目を輝かせる。お前夢はそんなに些細なものなのか、などと余計なことは決して言わない。 目的地がスパッと決まったとなったら、もう家にいる意味などない。昼間の時間が短くなってきたこの頃だから、少しでも長く遊べるように一刻も早く家を出るだけだ。

 と、思って席を立とうとしたが……

「そうだ、カベも呼んでいいか?」

 突然思い立った。この敗戦は、カベだって堪えていない訳がない。それだったら……俺の一人相撲のお詫びもかねて、皆で憂さ晴らしに行った方が楽しいだろう。

姉妹たちは顔を見合わせていたが、俺の考えを察してくれたのか、三人一緒に首を縦に振ってくれた。

 そうとなれば話は早い。早速玄関近くの電話から、暗記しているカベの家の電話番号に掛ける。

……

…………

………………

 何十回もコールするが、一向に出る気配がない。留守ならば仕方がない。今日いきなり連絡しても、あいつにだって都合ってモンがあるだろう。

 結局、俺たちだけで遊びに行く事にした。カベと遊びに行くなんて滅多にない機会なんだから、ちょっと名残惜しかったが……家にいないとなれば、あいつの行きそうなところなんて皆目見当が付かないしな……。俺は後ろ髪を引かれる思いで、身支度に取り掛かった。




 車庫から、やっぱり親父の趣味の車の、フィアット・ムルティプラを引っ張り出してきて、やや込み合った国道を走ること一時間、俺たちは異国情緒溢れる国際都市、横浜の市内へと入った。過ぎ去る夏を惜しんでいるのか、街中に沢山の人が楽しそうな顔で歩いていた。

 市内に入ってから、車は鈍亀のようにしか動かない。しかし、全席に姉妹達全員(ムルティプラは前後席共に三人がけ)、後席に俺が座ってわいわいやっていると、少しの渋滞も苦にはならない。俺はあまり会話に参加しないけど、その分姉妹達の仲の良さを、清々しく味わえる。顔を外に向けたまま姉妹達の他愛ない会話を聞く。姉さんの落ち着いた、すこし鼻に掛かった「せくしぃ」且つ優しげな声。美奈津のハスキーボイス。真理のちいさな、姉さんと似た声質。それらが全て愛しい。

「……そういえば美奈津、俺を起こしにくる前に、今日が夏休み最終日とか言ってなかったか?今日はまだ30日だぞ?」

「何言ってんの、31日は潰れるに決まってるでしょ?宿題で」

「ああ、そうか、なるほど。お前はそうなんだな」

「お前は……って何よ」

 美奈津はこちらを振り返り、怪訝そうな表情を浮かべている。まさか、こいつ……

「お前、ひょっとして俺も宿題やってないと思ってるのか?」

 生真面目で頑張り屋、宿題の類なぞ一度も忘れたことがない真理にその疑問は抱かないのは当然として……俺を自分と同じに思っていやがったのか。

「俺は毎日コツコツやってたんだよ。後で誰かさんみたいにゴタゴタするのなんてご免だからな」

 非常にちっぽけな優越感ではあるのだが、いつもやりくめられてるこいつに対しては、そんなものさえ貴重だ。

「うっ……」

 流石に言い返す言葉もないようだ。

「あ、あたしだって少しずつはやってたって!!ただ受験生だから宿題の量が多かっただけ!!」

「ま、そういうことにしておいてやろうか。言っておくが、俺は手伝ってやらないからな」

「ふんっ!!お兄に手伝ってもらったら、あたしの頭が急に悪くなったと思われちゃうもんね」

 確かに、俺だって定期テストは常に赤点ぎりぎりだから、俺も返す言葉がない。久しぶりに弁で圧倒してやったと思ったのに…… 

「美奈津、聖くん、それくらいにしておきなさい」

 姉さんが少し強い口調で言った。いいタイミングではあるが、結構迫力も備わっている。

窘められた俺達は、黙っているしかない。それを見た真理は、やれやれといった風で、冷房を少し弱めた。




 適当な駐車場に車を置き、中華街へ入る。辺りは色彩鮮やかな建物ばかりで、まるで自分が異国にまぎれてしまったかの様な錯覚に陥る。

疲れた頭にとって、こうした見慣れない風景は、与えられた情報を噛み砕くだけで余計なことを考える暇がなくなる。なかなかいいもんだ。

 美奈津が望んでいた通り、道で売っているほかほかの(夏の終わりとはいえまだまだ猛暑は続く見込みだが、こういう暖気なら大歓迎だ)、大きな肉まんを一個買って、四人で分け合った。何で一個なのかというと……もちろん、これからのメインに差し障りがあるからだ。特に真理と姉さんは、味見程度の一齧りだけで、大方は俺と美奈津の腹へと納まった。 俺と美奈津は体育会系だから、どちらかと言うと文科系の二人とは食事量が違う。

 そういえば、彼女らと暮らし始めた時、俺が弁当をこさえるのに、あまりに二人の弁当箱が小さくて目が点になったものだ。俺の弁当箱のおかずを入れる分よりも小さいんだから、人間のエネルギー消費量の違いってモンには驚かされる。

 あの時は、おかずを作りすぎて夕飯の支度が要らないほどだったっけ……もう、あれから一年以上か、早いもんだな。この一年、俺には色々な事がありすぎたからな。

「お兄ちゃん?」

「な、何だ?」

 真理に呼ばれて我に返る。見ると、真理は何だか眩しそうな瞳で俺を見ていた。いや、真理だけじゃない。美奈津も、由紀姉さんも、俺を見つめている。

「ど、どうしたのさ、みんなで俺を見つめちゃって。ひょっとして、俺に見惚れちゃった?」

 慌てた俺からは、明らかに自分のキャラと違う人格が出現した。

 姉さんは、優しく微笑んで

「聖くんがいい顔していたからよ」

「いい……顔?」

「ええ、とっても」

 そう言われると……照れてしまう。無論、自分でいい顔をしようとしていた訳じゃないんだが……楽しかったこの一年間を回想していた事も関係があるのかな。

「聖くんって、元々可愛い顔してるんだから、いつも口をへの字にしてないで、もう少し……そうね、自分で意識していつも微笑んでるくらいで丁度いいんじゃない?」

 17の男を捕まえて「可愛い」もないだろうが……まあ、褒め言葉だから好意的に解釈しておこうか。それよりも、同じような事を真理にも言われたな。いっつも余裕のない顔をしている、と。自分では、そんなに切羽詰って生きてるつもりはないんだがな。にしても、着眼点がさすがに姉妹、といったところか。

「ま、気をつけるよ」

 短く答える。それで十分納得したくれたのか、姉さんはもう、その事については何も言わなかった。




 それから俺達は、某有名中華料理店に入って、豪勢な食事を楽しんだ。美夏は最近界隈で増えてきたらしい注文式バイキングの店にご執心だったが、俺と美夏だけならまだしも、食が太い方でもない姉さんと、明らかに食の細い真理が居るのだから……と美夏を説得。その代わり食べ歩きを推奨させてようやく納得したようだ。まったく美夏は食うことは殊更貪欲で、姉さんも苦笑いしていた。それでもわががまを貫き通さないところがまた躾の賜と言えようか。

 さて中華料理屋ではお馴染みの円卓に通され一息ついてメニューを眺める。……が、正直どれもこれも美味そうな物ばかりということで、この際だからと値段は気にせずめいめいが最も食べたいと思う料理を一人頭2~3皿頼んで、それを全員でつつき合うというスタイルを取ったのだが……何しろ姉さんと真理があまり食わないもんだから、主に俺と美奈津が平らげる係になった訳だ。料理が美味いのはいいのだが、そのお陰で、全ての皿が綺麗に片付くまで箸が休まる暇がなかった。おまけに俺は、じいちゃんから「出されたものは残さず食べろ」という教育を受けている。もはや最後のほうは義務感から箸を動かしていたようなものだが……それでも、全てが腹に収まってしまうほど、料理が美味かったこともまた確かだった。




 もはや食後の茶も喉を通らない程腹の膨れた俺は、腹ごなしに山下公園で一服する事を希望した。まだ食い足りないという誰かさんには、路地の売店で中華風蒸しパンであるところのマーラーカオを買い与えて大人しくさせ、長陽門から中華街を後にする。

 ほんの少しだけ歩いて、公園通りを横切り山下公園に出ると、誰もがその名を知る氷川丸が俺達を出迎えてくれた。


 公園の中には勿論大勢の人が居て、思い思いに憩いの時間を過ごしている。と、気になったのが……俺の面がある程度割れているのか、はたまた俺と一緒に歩いている三人の女神があまりに美しすぎるのか……兎に角、俺たちは妙に注目を集めていた。

 姉さんを見ると、

(気にしないほうがいいわ)

 と目で語っていた。

 なるほど、既に承知済みだったか。ならば、俺も気にしない、気にしない。

 遥か遠方からやってくる潮風を胸いっぱいに吸い込み、手すりに身体を預ける。微かな潮騒と、人々の楽しげなざわめきが妙なマッチングを生んで、危うく立ったまま寝てしまうところだった。

 周りを見ると、姉妹たちも同じようにして遥かな海を見渡している……と言っても、ここからはベイブリッジと、工業地帯ぐらいしか見えないが……今日は夏にしては空気が澄んでいるようで、遥か向こうに鶴見つばさ橋も見えて気分がいい。

 気が付くと、俺の心のモヤモヤはいつの間にか晴れていた。前にも体験していた通り、腹が減っているロクな事を思いつかない。腹が膨れていると、それを消化する事に脳の活動が全部行ってしまうかのようだ。

 横を見ると、美しき姉妹達が、共に海を見つめていた。うわー、これは絵になるぞ。俺が写真を少しでも齧っていたのなら、その魅力を余さずフィルムに収めていただろう。やがて誰からともなく、氷川丸から逆方向へと歩き出した。至極ゆっくり、ゆっくり……。

 途中、ほんの少しだけ道に迷った俺たちは、再び中華街で冷たいものを飲みつつ、もうしばらく歩くことにした。そうこうしている間に、辺りはどんどんにオレンジ色に染まって行く。申し訳ばかりの雲などものともしなかったはずの盛夏の日差しは、暦の上からわかるようにもはやその勢いを失っていた。時計はまだ5時過ぎだが、日の短さが夏の残り時間を否応なく告げる。まるで家族全員が夏の一日が終わることを惜しんでいるかのようだった。

 入り組んだ中華街をようやく抜けたところで、目の前に見慣れた……とは言っても、県予選の準決勝と決勝で来た事があると言うだけなんだが……建物が目に飛び込んでくる。




 ……横浜……スタジアム。言うまでもなく、県予選決勝戦の舞台だ。ここで決勝戦を戦ってから……もう一ヶ月になる。俺はそこで思わず足を止めてしまった。姉妹たちがそれに気がついたのは、俺とずいぶん距離が離れてしまってからだ。

 俺は……来年、ここで再び決勝戦を戦い、そして勝利することが出来るんだろうか?初めの頃は、本当に甲子園なんてどうでも良かった。決勝まで勝ち進んだ結果、跡一戦で甲子園が見える所まで来たというだけに過ぎなかった。だが、テレビで俺たちと戦った伊東率いる横浜学院があっさりと全国制覇したのを見るにつけ、俺にもある程度はやれるんじゃないかという気持ちが日増しに強くなっていった。

 しかし、この秋季大会予選の結果が明らかにする通り、俺にはまだまだ足りないものが多すぎる。明日カベと相談して、あいつの目から俺に足りないものを教えてもらおう。そして……いつか立ってみたい。甲子園のマウンドに。そして、ホームを守るあいつのミットめがけて、渾身の力でストレートを投げてみたい。……きっと、その道は長く険しい。でも、カベと一緒ならどこまでも行けそうな気がしていた。

 「どうしたの、聖くん」

 気がつくと、姉さんが優しく微笑みかけてくれた。

「ん……いや、もう一回ここに来れるのかな、ってね」

「出来ると思う……と言いたいけれど、勝負は時の運もあるでしょうからね。でも……」

 姉さんは二人の妹の肩を抱き寄せ、

「私たちが付いてるわ」

 と、言ってくれたのだった。

「お兄ちゃん、私達に出来ることは何でも言ってね」

「そうそう、早く有名になって美味しいご飯をご馳走してもらわなきゃね」

 そう、彼女らは俺たちの心強い女神達。俺が不安に思うことなど何もない。

 俺とカベと幸運の三女神。

 これだけの要素があって、未来に不安を抱くなんて馬鹿げてる。今は只、自分の成すべき事をやる、それだけじゃないか。まぁ、それもカベに相談してからの話なんだが。

「任せておけよ。……ま、こう言うだけはタダだからな」

 俺は横浜スタジアムに背を向け、歩き出した。ここに来るのは来年、正確には11ヶ月後だ。それまでに俺は、今の欠点を克服して、カベの負担の少ない投手になってやる。絶対……絶対、自分と、そしてカベに日の目を見せてやるんだ。

 再び横浜スタジアムまで来、自分の想いを確認して、強烈な使命感が湧き上がって来る。腹の底から来るようなそれは、失いかけていた俺の中のモチベーションを再燃させるに足りていた。

 そう、俺には立ち止まっている暇などない。俺に残された時間は、あまりにも短いんだ。

 姉妹達を見つめ……俺も精一杯の微笑みで返した。正直に言って、自分の笑顔などに自信はないが……今までの事、これから起こる事全てを受け入れるという意気込みを、笑顔で示したつもりだった。

 その思いは十分伝わったらしく、姉妹達は顔を見合わせて笑った。

「さーてお兄、今日の晩御飯はどうするのかな?」

 美奈津が、おどけてそう言った。決意を固める時間はおしまい、という事らしい。

「お前な……もう晩飯の心配かよ……俺なんてまだ何も食いたくないのに」

「お兄ってば、だらしがないなー。体力つけるためにも、もっと食べたほうがいいんじゃない?」

「お前と一緒にするな!!……まあ折角だから、もう少しここで遊んで、晩飯も食っていく事には反対しないが」

 同意を求める為に姉さんと真理を見ると……そっくりな笑顔でうなずき合った。

「じゃ、決定という事でー!!」

 美奈津が飛び上がって喜ぶ。美奈津の奴……随分と嬉しそうだな。そんなに食事をしていくのが楽しみなのか?……ま、過ぎ去りし夏を惜しむというのなら、俺も同意するけど。

 「じゃあ、お土産物でも見に行きましょうか」

 姉さんは、姉妹二人の手を取って、今来た方角とは逆に歩き出す。俺は、横浜スタジアムを最後に一瞥してから、彼女達の後に続いた。




……来年、必ずここに来て、そして……



俺は密かに拳を握り締めた。





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