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FASTEST!!  作者: サトシアキラ
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第06-01話

 日は過ぎて、いよいよ来期を見据えた戦斗が始まろうとしている。

 手始めは、秋季大会。俺たち五塚高校は、先の夏季大会準優勝の実績も相まって、この大会で好成績を収めれば、いよいよ春の甲子園も夢ではないところまで来ていた。

 伊東率いる横浜学院は、あの後圧倒的な内容で勝利を重ね、危なげなく全国制覇を成し遂げてしまった。去年から夏の大会連覇、って訳だ。伊東は、前回の優勝にも一年生四番として貢献している。奴はその甲子園の二大会で、既に9本塁打を放っている。このまま来春と夏の甲子園に出場したら、あの清原和博の11本という甲子園本塁打記録を抜く事は確実視されている。そんな凄い奴と、この大会の決勝辺りでで再びまみえるかもしれないのだ。 自身の投球術の幅の広がりに加え、他の部員たちの練習の充実振りをみれば、それも空想ではないような気さえしていた。

「お兄ちゃん、がんばってね」

 相変わらず、真理は泣きそうな顔をして、俺を送り出した。どうして、こいつはこうも試合を大事と捉えたがるのか。とは言ったものの、真理にとっては、大事おおごとなのかも知れない。そう考えると、そんな泣き顔も愛しく思えるから不思議だ。全体的に小ぢんまりとした弁当の包みを受け取って、会場となる、私立東和吉第一高校グラウンドへと向かった。



 ……待ち合わせ時間には、既に部員全員が集結していた……

「もう少し早く起きる気にはなれんのか?聖よ」

 カベが、相変わらずの不機嫌そうな顔で言った。



「おい、最近何だかやけにご機嫌だな」

 試合前のストレッチ中、俺の対面で同じくストレッチをしているカベが、急にそう言った。

「そう……うっ……かな?」

 立位体前屈の姿勢だったから、思わず声が途切れ途切れになる。

「ああ……いつものしかめっ面と比べれば、格段の差だな」

 いかんいかん、ついつい自分のピッチングに自惚れそうになってしまう。日々成長を是とする俺にしてみれば、慢心など何の価値も無い。表情に出るくらいだから、今の俺は相当に緩んでいる筈だ。しかし、いくらそう戒めてみたところで、俺の速球をまともに弾き返せる打者など、この近辺の公立高校には居ないのも事実だった。




 一回の裏、俺がまっさらなマウンドに立つと、相手の県立神野高校の面々が息を呑んだ。さらに、ここは私立高校のグラウンドだけに観客席も設けてあり、そこの観客まで、おまけに静まり返ってしまっている。カベがこの前、俺にそっと仄めかしたのだが、俺の名声は既に県中に鳴り響いているらしい。

「当たり前だろ?あの伊東を完璧に封じた上に、150キロオーバーの速球で二桁奪三振の山。その内容はスポーツ紙にもデカデカと掲載された……これでお前は一躍時の人、って訳だ」

 自分でも派手な売名行為しちまったかな、とは思うが、改めてこういう相手の反応を目の当たりにすると、なんだか複雑な……我ながら理解し難い感情が、胸の中に渦巻く。




「プレイボール!!」

 球審の右腕が上がった。

 いつもの様に、カベのサインはMAXのストレート。

 MAX速球なんて要らないんじゃないのか?ともかく、女房様に逆らう訳にも行くまい。

 俺はマサカリのモーションを起こし、第一球を投げ込んだ!!



 どっしーん!!



 我ながら惚れ惚れするような球威だ。連投に連投を重ねた夏の県予選からしばらく経過して、休養も十分に取れていたのか、球筋の伸びも文句なし!だ。



 ただひとつ、問題があるとすれば……



 先頭の右打者の遥か外角、左打者ならデッドボールになっている位に外れて着弾していた件だ。

 カベは苦笑い一つせずに、黙って返球してよこす。

 ま、俺のコントロールの悪さは今に始まったことじゃないからな……

 気を取り直して、二球目のサインは……再びストレート。要求コースも一球目と同じ、ど真ん中で良し、か。

 二球目を投げ込んだ俺は、自分のピッチングの異変に気が付いた。要するに、



 今日はコントロールが異常に悪い。



 無論、二球目は高めにすっぽ抜けている。折角の150キロに迫る速球も、コントロールなしでは宝の持ち腐れだ。返球するカベの目が光った。こういう時こそ、カベの腕の見せ所だろう。

 三球目は……またもやストレート。コースも同じ。どうやらカベは、ストライクが入るまで同じ球を要求する気らしい。

 自らの一人相撲で試合を壊したくなかった俺は、無意識のうちにボールを置きに行った。いや、無意識なのだから、自分が認識できるはずもないのだが……



かきいいぃん!!



 易々と弾き返されたのだから、そう思うしかなかった。

 打球は鋭く、サードとショートが飛びつこうとも考えない速さで抜けていった。

余りに打球が鋭すぎて、レフトからの返球がセカンドに返ってきたところでようやく、バッターランナーが一塁を駆け抜けた程だ。

 ノーアウトランナー一塁。カベの肩を考えれば盗塁の心配など無いが、一応はセットポジションで投げなければならない以上、球威の減少は避けられない。それでも俺は、130キロ後半の速球を投げる自信はあるが。

 二番打者は、お約束のバントの構えを最初からしている。さて、カベならどういう方針を採るか?決まっている。バントなど好きにやらせ、打者を一人一人抑える、だ。下手にバント封じなんかやったら、俺のコントロールでは不安が残る、ということだろう。

 初球、サインは内角ストレート。兎にも角にも、フォアボール連発の一人相撲では話にならない。俺は細心の注意を払って、クイックで投げる。細心の注意を払ったつもりだったが……それがボール自体に正確に伝播するとは限らないわけで……



かきっ!!



 あっさりとバスターヒッティングの餌食にあった。



 打球は広く開いた一二塁間を割り、これまた鋭くライト前へ到達。

 まずい。どう考えても、俺のパターンが読まれている。普段のコントロールなら、ピンチになれば速球頼みでも良いかもしれないが、今日はその速球のコントロールが滅茶苦茶だ。相手は、これまでファーストストライクを積極的に打っている事から診るに、とにかくボールを良く見て、コントロールが乱れたところで、ストライクを置きにきた球を逃さない、という一貫した方針を採っているんだろう。

 バッターは三番。相手がそういう方針だとすれば、俺の軍師さまはなんと采配を揮う?

 さあカベの要求するボールは……

 やはりストレート。

 思わず脱力しかけた俺は、たまらずタイムをかけてカベを呼び寄せた。

「何だ」

 カベはまるで、俺の言わんとすることがてんで分かっていないかの様に、つっけんどんに言った。

「何だ、じゃないだろ?ストレートが決まらないんだったら、他の球のサインを出してくれよ」

 俺が苦笑いして言うと、

「駄目だ」

 ぴしゃりと、一言だけ。

 そして、本来の自分の持ち場へと踵を帰した。

 俺はといえば、唖然としてそれを見送るのみだ。カベがキャッチャーボックスに腰を下ろして、ようやく我に帰る。俺は当然腑に落ちなくもないが、あのカベがやる事だ。きっと、深い意味が込められているに違いない。もともとカベから、「俺の出すサインに疑問を持ってはならぬ」と、中学時代にしつこく言い聞かされた俺だから、気持ちを切り替えて、いきなりのこのピンチを切り抜けることに専念しよう。

 さて、気を取り直しての第一球。

 それは、この試合初めて頭に思い描いたとおりのコース、すなわち右打者の外角低めへ決まった。この三番バッターも、今までのノーコンっぷりとは明らかに異なる球筋を見せられ、動揺の色を隠せない。

 続いて第二球。サインは……あくまでストレート。コース、内角低め。

 一球ストライクが入って安心したのか、この球も見事に決まってストライクツー。無論、並みのバッターに手が出る球威じゃない。

 三球目もストレート。これがコースは甘めながら、打者のスウィングの上を行く球威で唸り、空振り三振に切って取った。

なんにせよ、俺は乗りやすい単純な性格らしく、こうしてストライクが入ってくれば、自然と気分が高揚してくる。その後、俺は四番を三振、五番をファーストゴロに押さえ、ピンチを脱したのだった。

 ベンチへ下がりかけたところで、足腰が異様に重いことに気づく。朝から奇妙なテンションが続いていたためか、俺は1イニングで投げた球数以上に疲れていた。

 ベンチに帰り、椅子に腰掛け汗を拭いたところで、ようやく回りの状況を確認できる余裕が生まれた。

 流石に私立校のグラウンドだけあって、両翼は100メートル、簡単な観客席や証明設備まである立派なもんだ。観客は、両校の生徒のほかに野球好きと見える一般人も入っていて大盛況だ。横浜スタジアムの満員の前で投げていた俺にとって、この程度の人の入りなど大した事ではないのかもしれないが、その時より観客が間近に見える分、見られる快感も倍増する。つくづく、俺には目立ちたがり屋の素質が備わっているんだと思う。





 回は進んで4回の表。それまで両校とも、ランナーは出すのだが、決定打に欠けていた。……つまり、俺も結構な数のランナーを出している。その度に、カベは強気なリードで速球を要求し続けた。ここまで速球で押す意味が、なんとなく分かり掛けてきているんだが……今はどうでもいい。

 それより、わが五塚も、神野高校の背番号一番を攻めあぐねていた。まあ実力的には取り立ててこれといった事もない。何といっても速球は俺より遥かに遅いし……俺と比較するのがそもそもの間違いなんだが……、ともかく、カベが鋭い打球を放ったかと思っても、それが正面を突いてしまう。他の打者も、その特徴のない投手を、なんとなく攻めあぐねている様に見えた。もっとも、これに関しては不思議でもなんでもない。率直に言って、俺とカベだけが全く違う次元の野球をしているからだ。俺達二人以外は、やはり普通の公立高校の普通の野球部員に過ぎない。こんな考え方など、人前で口にできるものではないが、純然たる事実でもある。

 打順は六番から。スウィングを見た限りでは、到底俺の速球を弾き返されるような打者には見えない。当然、カベのサインはストレート。今まで投げた丁度50球の内、40球がストレートだ。

 ……

 それにしても多い。普段の俺の球種は、6割がストレートで1割がカーブ。1割がスライダーで、残りがフォークとその他の球だ。

 いかにストレート三昧の意図が分かり掛けてきているとはいえ、こうも連続では、タイミングを合わせてポテンヒットを落とされかねないから、もう少しカーブを混ぜた方がいいんじゃないかと思うんだが……。

……

 と疑問を抱きながらピッチングをしていたからか、俺はまたもや連続してフォアボールを出し、初回と同じ状況を意図せず作り出してしまった。ポジティヴに受け止めると、こういうピンチをどう切り抜けるのかの練習をしている……という事になるのだろうけど……それじゃいくらなんでも楽観的過ぎるか。今は、一敗も許されぬ本番の試合なのだから。

 それはそれとして、今度のサインもまたストレート。さしずめ、何とやらの一つ覚えならぬ、賢者(カベの事だ)の一つ覚えか。

 ちらりと一塁ランナーを目で牽制してから、クイックで速球を放る!!

 と、その時。

 一塁ランナーがスタートした気配がした。

 俺のコントロールが定まらないのを見て、仕掛けどころと踏んだ様だ。

 しかし……俺という人間は本当にひねくれもので、こういう時ばかり制球が定まる。投球はやや高めに行き、バッターは支援のためというより、魅入られたようにふらふらとバットを出した。無論空振りなのだが、その後が凄かった。予想していた事とはいえ、カベは迷うことなく三塁へと素早く送球。そのフォームの無駄のないことといったら、最早プロ級と言っても過言ではないかもしれない。……無論スタートした二塁ランナーはタッチアウト。局面は1アウトランナー二塁へと転じた。

 俺のほうはといえば、この後バントされてもそれほど気にする必要はなく、フォアボールの一個を出したところで余計守りやすくなるだけだから、非常に助かった。本当に俺はカベに依存する割合が高い。もし俺の球を受けるキャッチャーがカベでなくなった時のことを考えると……寒気すらする。

 それでも、次のバッターもバントを転がした。この試合では珍しい変化球……球種は、小さく曲がるスライダー……を投げたところだから、当てるのは簡単だったろう。果たして転がった球はキャッチャー前に。余りにも芯を食わなさすぎだったのか、カベが即座に捕球し、内野手と見間違うほどの華麗なフィールディングで三塁へ。哀れ二塁ランナーは、三塁ベースの遥か手前でタッチアウトと相成った。

 カベを見ると、さも当然という様な、気にしていないという様な……要するにいつものポーカーフェイスでマスクを被り直している。そうだった、そうだった。俺にはカベがいてくれるから、目の前のバッターに集中すればいいんだっけ。分かりきったことなんだが、ついつい忘れてしまう。

 結局、このイニングも無失点で切り抜ける事が出来、俺の一人相撲での失点などという間抜けな結果にはならずに済んだ。 ……一つ間違えれば大量失点というケースばかりではあるが。

 ……それにしても今日も暑い……。曇り空で気温は低めだろうが、湿気がそれを打ち消している。投げたのは4イニングながら、投球数の多い内容だけに、ちょっと疲れ気味だ。もともと、今日の体調もいい方じゃない。それらの要因が重なっての今日の不調なのかもしれない。  まあ、それらの要因があったとしても好投するのが、真のエースといういものなのだろうが。 ともかく日はまだ高く、この暑さがまだまだ続くことに正直うんざりしながらマウンドを降りた。 



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