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FASTEST!!  作者: サトシアキラ
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第04-01話

 みーんみーんみーん……。

 蝉の鳴き声が否応なしに暑さをかきたてる。クーラーをしていても、だ。

 俺は、自分の部屋で甲子園のテレビ中継を見ていた。試合は、愛知代表の尾張高校対……神奈川代表の横浜学院。例の音楽に乗せてお国自慢のVTRが流れる……横浜なんて誰でも知ってるってーの。相手の尾張高校の有る名古屋もそう。

 サイレンと共に試合が始まった。テレビの解説や実況を聞いていると、横浜学院は春夏連覇を狙ってるそうで、伊東以外は……少なくともバッティングに関しては、そんな力量のある選手達とは思わなかったな。まあ高校野球なんて、よっぽど力量の有るバッターでもなければ、ちょっといい投手が出て来るだけで全然打てなくなっちゃうからな。

 後攻の横浜学院のピッチャーは、伊東じゃなく田子浦たごうらっていう二年だった。背番号は8を付けている。伊東はというと……センターを守っていた。つまり、俺達と戦っていた時とは、センターとピッチャーが入れ替わっているらしい。確か、あの時のセンターは珍しい名前だったから間違いないと思う。

 甲子園初戦に登板するとは、伊東よりもいいピッチャーなのだろうか。それとも、甲子園常連校の余裕の成せる技か?投球練習を見た限りでは、大した球は投げていない様に思える……。

 足が上がって第一球。

 投げた。

 ストレートが低めに決まってワンストライク。が……。

(お、遅い。)

 遅いと言っても130キロ後半は出てる。しかし、スピード、ボールの回転共に伊東の方が上に感じた。テレビのバックネット視点だからだろうか?

 二球目は、カーブが外れてカウント1ー1。

 三球目、外角のスライダーのようなボールを引っかけてサードゴロ。

 結局、この回は三者凡退。しかし、俺はそのピッチングに首を捻らざるを得なかった。伊東より変化球の種類は豊富(伊東はカーブのみ)。カーブにスライダー、チェンジアップにフォークか。だけど、正直言って球威は無いし、その球威をカバー出来るだけのコントロールも見受けられない。ま、1イニングだけで判断するのは早計というものだろうが。

 一回の裏、横浜学院の攻撃。

 まあ、何と言うか……説明のしようがない程鮮やかな連打でノーアウト一、二塁。三番がフォアボールを選んでノーアウト満塁。

 迎えるバッターは……

 四番、センター伊東。

 今大会……いや、高校ナンバーワンスラッガーらしい。カベも引けは取らないと思うが……その存在が全国区ではないから仕方がない。

 さて、初球はというと……アウトコース、明らかなボール。いくら何でも……。

 二球目も……やっぱり高めへのクソボール。まさか……。

 三球目、再び外角へのボール。嫌な予感がしてきた。既に、スタンドからはブーイングの嵐が巻き起こっている。満塁での敬遠という手段もあるにはあるが、初回からとは消極的すぎはしまいか。 伊東は、こんな場面には馴れっこなのか、平然としている。

 第四球……投じた球は、外角低めのストライク球。普通のバッターなら、まず見逃してカウント1ー3。これまた、そういう投球術も有り得る。


 が。


 相手は普通のバッターではない。孤高の最強スラッガー、伊東光なのだ。

 伊東は、待ってましたとばかりに、そのボールをライナーで右へ持って行った。歓声と悲鳴が入り乱れる中、打球は右翼線ギリギリを転々。

 結局、走者一掃のスリーベースヒット。アナウンサーの話に依ると、甲子園10号は次打席へ持ち越しらしい……って、凄いペースだな。まだ40打席も立っていないだろうに。あの清原だって、5期連続出場でようやく13本、確か殆どの年が準決勝以上まで勝ち進んでいるから、打席だって多い。しかもラッキーゾーン有りの時代のお話だ。ただでさえ高レベルの選手が揃う甲子園でのホームラン量産ショー。伊東も、長い甲子園伝説に語り継がれる様な選手になるのだろうか。

 伊東が五番バッターの犠牲フライでホームインした、その直後。

こんこん。

 と、ドアをノックする音。

「聖くん、電話よ。真壁くんから」

 ドアの向こうから、由紀姉さんの優しく落ち着いた声が聞こえた。

「ああ、今行く」

 テレビを消して、一階の廊下にある電話まで行く。この家、部屋数が多いのに子機がない。そのくせ、電話本体にはファックスやら何やら……俺ですら使い方の分からない機能がくっついている。きっと、親父が選んだものだろう。

 男の俺は、伏せるような内容の電話はしないけど、姉妹達は困るだろうな。女の長電話は、なにしろ相当なモンらしいから。

「もしもし?」

「おう、聖か。何してた?」

 電話の向こうでは、カベがいつもと変わらぬ口調で喋っていた。

「見てたよ……走者一掃の三塁打をな」

「ああ、外角低めの流し打ち、か?」

 どうやら、カベも甲子園中継を見てたらしい。

「カベなら、あの球をどう打つ?」

「そうだな……」

 少し考えて、

「あの球威とコースなら、引っ張りにかかるな。流したらファウルになり易い。折角バットの届く範囲に投げてくれたんだから、チャンスは物にしないともったいないしな」

 内角は流し、外角は引っ張る。通常教えられる「コース別の打ち方」とは逆だ。だが、それが常識のウソだと言う事に気づいている人は少ない。ボールのコースとファウルラインの角度、それにバッティングの要たる、「どこでボールを捉えたら一番強い打球が飛ぶか」を併せて考えてみればすぐに分かる。伊東の三塁打は右翼ファウルラインギリギリだった。あれがファウルにならないのは伊東の技術の賜であって、センター返しを心がけている結果だ。ひょっとしたら、打球をフェアゾーンへ運ぶのはカベの方が上手いかも知れない。

「はは、確かにな。で、まさかテレビを見てるか否かを確認しに電話をよこしたんじゃないだろ?」

「もちろん。こう暑くちゃかなわんから、三村屋にかき氷でも食いに行かんか?」

 三村屋とは、俺とカベが発掘した甘味処だ。主人がめったやたらな野球好き、特に高校野球ファンで、五塚高校の野球部の歴代監督とも顔馴染みらしい。部員の顔もチェックしてるらしく、県大会が終ってから、俺とカベが初めて立ち寄ったら、随分な歓待を受けて、記念写真とサインまで求められた。さすがにサインは辞退したけど……。そこで初めて、ちょくちょく練習を見に来るおじさんだという事を知った。カベを山本浩二にダブらせた人だ(ネクストバッターズサークルで、片膝をついて打順を待つ姿もまた、山本浩二の再来と言っていた)。

 熱狂的な野球好きでも、クドい感じがしないのは、多分その物静かな口調だからだろう。喋りはとても落ち着いたトーンで、声質も森本レオ風で味がある。でも、その聞いていて心地良い喋りでも、野球に掛ける情熱はひしひしと伝わって来る。

 さて三村屋かあ……。あのおっちゃんの事だ、どうせ店の中でも甲子園中継を掛けてるだろうし、どうせ同じものを見るなら……。

「そうだな、氷アズキでも……うん、いいな。行こう」

「よし、じゃあ現地集合だ、すぐに出て来いよ」

 電話を切り、姉さんに一言告げて外に出る。

 そこで俺は気づいた。

 そうだ、三村屋に行くまでが暑いんじゃないか!!オマケに三村屋は、カベの家から目と鼻の先。どうやら俺は、今までの欝憤……遅刻などの借り……をささやかに返してくれようとしているらしい。

 お蔭で三村屋に着く頃には、Tシャツが俺の背中に汗でべっちょりとくっついていた。

 がらりとガラス戸を開けると、カウンターの近くの席で、おっちゃんとカベが談笑している。外の客の姿は見えなかった。こんだけ暑いと、冷たいものを食いに来る気力もなくなるものなのか。カベは俺の姿を認めると、時計をちらりと見やって

「以外に速かったな」

 とだけ言った。

「さては……カベ、この店から電話よこしたな?」

 カベの座っているテーブルには、既に食べ終えたあんみつの皿が残っていたのだ。

「まあまあ……これで今までの借りはチャラにしてやるからさ。三村さん、オレ抹茶アズキね。ほら、聖は何にするんだ?」

 今までの借りと言われたら仕方がない、寝坊で迷惑を掛けたのは、全部俺の責任なのだから。

「……俺は氷アズキ」

 反論のしようもなく、カベの対面へ腰を下ろす。テレビを見ると、案の定、甲子園中継だった。歩いた約20分の間に、イニングは3回になっていた。得点は……6対1、横浜学院のリード。

「いや嬉しいよ、高校球界でも指折りのバッテリーがウチの店に顔を出してくれるんだから」

 主人である三村さんが、やや興奮した口調で言った。話をしていく内に穏やかになっても、俺達と話し始める当初には興奮を隠しきれないらしい。聞いたら、日本球史に名を残すかも知れない程凄いバッテリーと会話しているんだ、興奮もするよ、だって。そこまで言われると、なんだか背中がムズムズして来る。

「氷アズキに抹茶アズキね。ちょっと待ってね、今すぐ作るから」

 三村さんが厨房に入ってしばらくすると、がりがりと氷を削る音が響いてきた。この店は、手動の氷かきを使っている。何でも、こっちの方が風情が有るという理由だからだそうだが、俺もそれには賛成だ。最近は縁日でも見なくなったしな。ちょこっと中を覗くと、幾分ペイントの剥げかけた水色の氷かきのハンドルを、三村さんが必死に、氷を扱っているのに汗まみれになって回していた。いくらなんでも勢い良く回し過ぎなんじゃ…

「ああ、7点目だ……全くスキがないな」

 カベがつぶやく。丁度、横浜学院のスクイズが決まった所だった。石橋どころか、鉄橋の強度すら疑ってかかる様な作戦だ。5点なんて安全圏の内に入らないというのは、近代野球を見ていれば良く分かるけど、俺には自信のなさの現れにしか感じない。要するに、監督が選手達を信頼していないって事だ。仮にアメリカでそんな事をやったら、次の瞬間から、制裁としてのビーンボールの嵐が吹き荒れる事ウケアイだ。

 横浜学院がこの回3点目を取り、チェンジとなった所で、サービスなのだろう……大盛りのかき氷がやってきた。俺はそれを掻き込み……冷たいものを食べた時特有の頭痛を堪えた。

夏はまだ終らない。俺達も、伊東やつらも。


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