第03-01話
新チームになってから……三年生が引退してから初めての練習日。俺達は改めて部員の少なさを痛感していた。一、二年合計9名。三年4人が抜けてこの有り様だ。去就が心配されていたマネージャーの強羅さとみだが、元気な姿を見せていた。きっと、大塚さんが説得してくれたのだろう、俺達の力になってやってくれと。
「さて、取り敢えずこれからは、秋の大会に向けて練習を始める訳なんだが……」
新主将のカベが、全員の顔を見渡しながら口を開いた。こうして見ると、なかなかの貫禄があるように見える。まるで年期の入ったベテランみたいだ。くれぐれもカベの為に言っておくが、顔がオヤジ臭い訳じゃないぞ。あくまで貫禄が、だ。
「先輩が引退して空きポジションになったセンター、レフト、ファースト、サード。まず、ここを埋めなければいけない。ファーストとレフトに関しては、一年の浦永と、二年の愛沢が控えだったからそのまま入るとして、後は守備の要のセンターとサード……。誰か、練習してみたいって奴いるか?」
カベが言い終った後、しばらくの沈黙の後に……。
「はいっ!!俺、サードやる」
と、控え投手の影屋剛章が手を上げた。俺が途中入部したために、エースの座を追い出されてしまった奴だ。
「俺、野球をやってるからには試合に出たい。その為だったら、どんなキツい練習でもする覚悟だ。それに、リトルはサードでやってたから自信はある」
カベは、それを聞いて大きくうなずいた。
「分かった。じゃあ、今日からサードの練習を初めて貰おう」
カベの歯切れは極めて良い。大塚さんが引退した今、奴が野球部唯一の実力者だからな……。実質的に、GMと現場監督を兼ねているようなモンだ。表記上の監督、顧問の先生はというと……この場には姿を表していない。まあしょうが無えや、あの人は野球の素人だし。センターには、セカンドの控えで二年の黒沢が立候補した。何でも、前から外野をやってみたかったそうで、良い機会と考えたらしい。脚も早い方だし、カベも異存はない様だ。
てな訳で、我が県立五塚高校の陣容はこうなった。
投手:加藤 聖(2年)
捕手:真壁 大成(2年)
一塁:浦永 恭貴(2年)
二塁:新堀 竜志(1年)
三塁:影屋 剛章(2年)
遊撃:屋久 照延(1年)
左翼:愛沢 雄(2年)
中堅:黒沢 享(2年)
右翼:御曽 良太(2年)
控え選手……居らず。
取り合えず、柔軟体操からキャッチボール、そしてシートノックに移る……筈だった。ところが、いかんせん人数が足りない。監督がノックぐらい出来ればいいのだが……仕方無くカベがノッカーを買ってでた。
(こりゃあ……練習を工夫しないといけないな……)
一人でネットを相手に、ピッチング練習をしながらノックを見ていると、影屋の気合いの入り方が尋常ではない事に気が付いた。打球を弾きながらも、臆する事無く前に出て行く。その気迫に引っ張られ、気温三十五度近い炎天下にも関わらず、皆の動きは良かった。
所で、何故俺が一人だけ別メニューなのかと言うと、俺がカベに頼んだからだ。県予選で投げてみて、俺の課題ははっきりした。コントロールだ。ここ一番での、集中している時のコントロールには自信があるが、普段の、無駄球を投げない為のコントロールとなると、な…。県予選でだって、2イニングに1つ以上の割合で四死球を出しているんだから。
それと、もう一つ理由が有る。俺は途中入部だから、カベ以外の野球部員とあまり親しくないからだ。他の部員にしてみれば、新参ものがいきなり活躍したんじゃ面白い訳がない。特に、エースの座を追われた影屋の心中は穏やかじゃないだろう。何となく、奴からの視線が冷たい。時にははっきりと敵意を感じる事すらある。だから、みんなの輪の中に入りづらい。カベは意識し過ぎだって言うが……。何にせよ、こうやって一人で別メニューやってりゃあ、溝が深まる一方なのかも知れない……。
やがて、初日としては異例な程の厳しい練習も終り、用具を全員で片付けて……何せ、雑用を頼む後輩の人数も足りないのだから……解散となった。
その帰り道……
「なあカベ」
「ん?」
俺の近所のお好み焼き屋「蒼空亭」で、俺達二人は遅いおやつを堪能していた。中学時代からの、半ば……慣例だ。激しい練習や試合の後などには、必ずと言っていいほど立ち寄る。豚玉が絶品なんだ。生地はもちろんキャベツも多めなせいか、見た目にもボリュームがあって、俺達食い盛りには有難い。
「練習の合理化についてなんだけど……」
俺がそう言うと、カベはグラスに口を付けようとした姿勢のまま、しばらく固まってしまった。
そして俺の顔をじっと見ている。
(な、何だ何だ?)
お好み焼きの焼ける良い音が響く。ついでに良い香りも。
「初めてだよな、聖が練習に関して口を開くの」
「そ、そうか?」
「ああ。聖も、チームの事を考える様になったかって思うと、オレは感慨深いよ」
「大げさだなあ」
「大げさじゃねえよ……中学の時から、自分の事しか視野にない奴かと思ってたぜ」
「それは……俺が意見したって説得力がないからよ……。何たって、俺は皆と比べて野球経験が半分なんだぜ?そんな素人の言う事、誰が素直に受け入れるよ?」
そこでカベは、溜めいきを一つ大きくついた。
「分かってないな……今日の練習、何故皆が熱が入ってたと思う?」
「……分からん」
「オレ達には夢のまた夢だと思っていた甲子園に手が届きそうだからさ。優勝候補筆頭だった横浜学院相手に2対1だ。あいつら、口では甲子園なんて一言も言わないけど、本心は……な。高校野球をやってる者なら誰しも憧れてるんだよ。しかも、聖が入るまでは夢物語だったんだぜ。ところが、今は違う。手が届くかも知れないんだ。みんな、聖の足を引っ張りたくないから練習に熱が入ったんだよ」
「…………」
「お前の実力、野球経験が3倍の人間だって得られない様なドえらい代物なんだ。表面上ではつれなくても、実力のある人間の言う事は受け入れてくれると思うぜ……」
「……そんなもんかな」
自分の力をこんなにも誉められたのは、中学の時に名門校のスカウトと話をした時以来かな……。ちょっとくすぐったい。
「で、練習の合理化がどうしたって?」
「それそれ……今日の練習を見てて思ったんだけど、カベだけがノッカーやってたろ?あれを、どうにかして三ヶ所ノックぐらいに出来ないかと思ってな」
「確かに……ノックを受けてる人間以外の6人の時間がもったいない訳だな」
「そういう事だ」
カベはしばらく考えて……
「よし、ノッカーはローテーションにしよう。外野と内野を分ける位なら、場所的にも何とかなるだろうしな。ノッカーをやる事によって、打つ方にも好影響が出るかもしれないし。何より、他人の練習を只見てるだけじゃないのがいい」
カベは、俺の言わんとした事を全て分かってくれていた。
「じゃ、決まりだな。カベから皆に言っといてくれよ」
「いいのか?折角の名案を」
「いいんだ、カベから言ってくれた方がみんなも納得すると思うからよ」
「……またそんな事を……」
「いいんだよ……キャプテン」
「……聖がそう言うのなら」
再び、お好み焼きの焼ける音が二人を支配した。俺はグラスを手に取り、一気にあおる。それが咽に、胃に染み渡っていった。




