序章
高校野球を軸に、義妹に対する複雑な感情を募らせてゆく青春作品です。
野球描写があるので、ある程度の知識と、野球への興味がある方に特にお勧めいたします。
ストレートだ。
俺は握りをバッターに見せ、次の一投の球種を宣言した。
もっとも、さっきはスライダーの握りでストレート、その前はカーブの握りで フォーク……と、握りの通りに投げていないから、バッターは相当混乱している筈だ。 しかし、苦心して投球の組み立ててくれている、キャッチャーのあいつにしてみれば、 余計な小細工に他ならないのだろうが。
(それにしても暑いな……) ここは炎天下のマウンド上。辺りには、陽炎らしきものも立ち昇っている。 俺は額の汗を拭い、一息ついた。イニングは9回の表、得点は2対0。俺達、 五塚高校のリード。2アウトで、ボールカウント1エンド2。 後1球、後1球でこの灼熱の戦場からおさらばだ……今日のところは。
要求されたコースは、内角高め。振りかぶり、コントロールに好影響を与えるという、青みのかかったキャッチャー ミット目掛けて投げ込む。
…………数秒後、大歓声と共に、俺達五塚高校の勝利が決まった。
投球内容:
9イニング完投
投球数 138
被安打 3
与四死球 2
奪三振 13
失点自責点 0
それが、全国高校野球選手権大会・神奈川県予選準決勝第二試合、 県立五塚高校 対 私立光陽学園の俺の成績だった。
「加藤君、今日の試合の内容についてなんだけど」 「加藤君、一言でいいからお願いします!!」 「横浜学院の伊東くんのライバル宣言については?」 試合後、待ち構えていた記者団の質問を適当にやりすごし、球場外へと脱出する。 太陽は沈みつつもその光は未だ強烈で、疲れている俺はいい加減うんざりしていた。 その眩しさに目を細めていると、
「もうインタビューは終わったのか?」 と、逆光でシルエットだけになった大男が声を掛けて来きた。
「ああ、あんなもん適当でいいだろ」
そいつが誰なのかすぐに判った俺は、駅方面へと歩を進める。大男も、俺の後に 黙ってついてくる。
「マスコミのインタビューくらいまともに応対したらどうなんだ?……オレが言っても 説得力まるでないだろうが」
大男が俺の後ろから言った。
「そんな事はどうでもいいんだよ」
マスコミに知ってもらいたいのは、俺の事じゃないからだ。かといって、あまりに露骨に そいつの事を持ち上げても、きっといい顔はしてくれないだろう。
「大体、俺達は高校生だぜ?プロ意識をもつ義務なんて無ぇ」
「そういうもんかな……ま、それもお前らしいか」
俺は肩をすくめた。で、後はしばらく無言のままである……。俺達は極端に無口だ。 それこそ、ケンカでもしているのかと誤解されるほどだが、二人にはそれが普通なのだ。 所詮、他人には理解できない関係だろう。
「じゃあな、明日こそは早起きしろよ」
と、別れぎわに大男が釘を差す。
「任せろよ、明日はこっちから迎えに行ってやるから」
大男は、俺の言葉を信用していないらしく、大仰に肩をすくめ、茶化してみせた。
「じゃあな、聖」
そして、最後にそう俺の名を呼び、道の向こうへ消えていった。俺は、その姿が 見えなくなるまで見送ってから、自宅へと足を向けた。