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アンドロイドは涙を殺す方法を知っている  作者: 和本明子
第二章 目覚めた完全人間
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-3- 「どんな夢を見ているのか」

「まさか、こんな地下があったとはな……」


 白い眉毛が垂れ下がっている博士は、黒尽くめの男たちを引き連れて、暗い通路を進んでいた。

 ここは、クールが見つけた研究施設の地下。そこに博士たちが既に来ていたのである。


 デンジャーはクールから得た情報を博士の元へと送信しており、先回りをさせていたのであった。デンジャーたちのヘリコプターは、まだ優雅に空を飛行していた。


「しかし、かなりキツイのう……」


 送られてきた情報を頼りに進んでいくが、辺りは瓦礫が散乱して足場が悪く、かなりの距離を歩いていた。老体の身には厳しい道のりだった。

 やがて、目的の場所まで辿り着く。

 クールが四苦八苦して開けた幾重の扉をくぐり抜けて、博士たちは広い空間に足を踏み入れた。


「おお!」


 博士は真っ先に目についたポッドへと駆け寄り、淡い光が漏れる小さな窓を覗き込んだ。そこには、あどけない少女が安らかな顔で眠っているのが見えた。


「おおっっ!」


 より一際大きな声をあげ年甲斐もなく興奮した。

 その反動か、心臓がギュッとキツく絞られ苦しくなってしまい、思わず自分の胸に手を当てて抑えては呼吸を整え、落ち着かせた。


「はぁ……はぁ……。ふぅ、本物だったか……」


 辺りを見回し、機器の状態を確認する。


「なるほど。情報通りに、すこぶる良好な状態じゃ。この装置は、IKW…ホットスプリング社の物か。大戦前、冷凍睡眠技術では最高峰だった所だな。なら中身は無事である可能性は高いな。解凍方法は、確かインプットしていたはず……。よし、オマエさんたち用意するんだ。丁重にな」


 博士は配下の男たちに指示を与え、調査の準備を始める。


「ふむ。さてと、あとはデンジャー様に連絡するだけか」


   ***


 デンジャーとクールを乗せたヘリは、上空を飛行していた。

 そのヘリの中。クールはデンジャーとは少し離れた席に座り、冷凍睡眠装置で眠っている少女が居た場所について話していた。


「それで地下通路の先に幾つものの扉が有ってだな。その奥に少女が眠っている冷凍睡眠装置が有ったんだよ」


「なるほど……。だが、その装置とかは、ちゃんと動いていたのか」


「ああ。機械とかにはなんの損傷も無かったし、ちゃんとそれには電気も通っていたぜ。中の人間も生きているようだったし……」


「そうか……うん」


 デンジャーの脇から電子音が鳴り響く。音の発生源は携帯電話機だった。慣れた手つきで携帯電話機を取り出し、受話口を耳にあてる。


「わたしだ。そうか、解った。作業を続けていてくれ、すぐに向かう」


 デンジャーの口元がニヤつき、チラッとクールに視線を向けた。


「……クール、とか言ったな」


「うん?」


「オマエさんの情報は正しかった。感謝する」


 首を傾げるクール。


「ただ、名も知らぬ者には不相応の礼だったかな。だから、オマエさんの名前を覚えてやろう。光栄に思い感謝しろ、クール」


「どういう……」


 言葉の真意を訊ねようとクールが立ち上がろうとした時、


――パカッ――


 クールの足元の床が突然開き、


「っ!? うわわわわわァァァァァァっっっっっーーーー!?」


 クールは大きな声を叫びながら、外へと落ちていったのだった。

 デンジャーは、その光景に高笑いをしつつ、クールが側に置いていた大金が入ったケースを手に取った。


「オマエさんにくれてやるより。オマエさんが見つけてくれた完全人間に有効活用した方が、この金も喜ぶだろう」


 再びデンジャーは笑った。

 ヘリコプターは目的地……少女が眠る場所に向けて飛行し続けた。



   ***



「どうだ、完全人間は?」


「はい、あちらです」


 デンジャーは少女が眠る冷凍睡眠装置がある空間……る研究施設の地下に辿り着いていた。博士に促されるまま、少女が眠る冷凍ポッドへと案内されていた。


「ほう……これが」


 ポッドの小窓から、中に入っている少女を覗う。


「保存時期や保存状態の方は?」


「レコードなどを解析した結果、この少女は“あの日”の直前に冷凍睡眠されたもので間違いありません。素体の状態の方は全く問題有りませんでした。それに機器の状態、密封状態も完璧で、汚染などの心配はございません。この少女は間違いなく、生きております」


「そうか」


 博士の報告に、デンジャーは満足気に頷いた。


「よくまぁ、電気系統などが無事だったな」


「ええ。ホットスプリング社製の冷凍睡眠装置の素晴らしい所は、そこですね。機器自体で自家発電を行なっているのです」


「ほう。発電するエネルギー源は?」


「放射能です」


「なに?」


「フィルターで、ろ過した放射能をエネルギーにしているのです。まるで“あの日”を想定したかのような設計ですよ」


 博士は科学者として先見制を評価したが、デンジャーにとっては冷凍睡眠装置で眠る少女の方が気にかかっていた。


「だとしたら、汚染の問題は? それに、これはちゃんと解凍は出来るんだろうな?」


「はい、その辺りも問題はありません。装置の中には放射能反応は一切無く、解凍のシークエンスも、問題無く順調に進行しております」


「そうか。では、丁重にな」


「はい、かしこまりました」


 博士はメインコンピューターの前に戻り、解凍作業の経過進捗を確認する。特に問題や異常などは発生していないようだった。

 一方、デンジャーはポッドの小窓から見える少女を眺め、小さく呟いた。


「どんな夢を見ているのか……。まぁ、起きたとしても、良い夢を見させてやる。私の為にな」


 小笑いしつつ、ポッドに背を向けた。あとは博士たちに任せて、自分は部屋から出ていったのであった。

 デンジャーの姿が見えなくなったのを確認してからか、博士は大きな息を吐く。すると助手の一人から呼びかけられた。


「博士、こちらに来てください」


「どうした?」


「解凍実行プログラムの中に、使途不明の動画データがあったのですが……」


「なに?」


 ヘタに操作して、解凍作業に何かしらの支障をきたすかも知れぬと、その動画データが何であるか確認するため、その助手の元へと赴いた。


   ***


 そこは、深淵の闇が覆われていて、何もかもが凍っていた。

 とても寒く、何も音がしない。暗闇と氷の世界。

 少女はそこに居た。


 自分自身も凍ってしまったような感覚だった。

 だから少女は、その寒さに堪えるために、少しでも温めるように身体を丸めて、眠っていた。


 ずっと―――

 ずっと―――

 永遠とも、刹那とも、言える時の中にいるようだった。


 だけど、ある時。目蓋から白い光を感じた。

 恐る恐る、重い目蓋を開くと……一筋の光が差し込み、世界を照らしていた。その暖かな光は、凍っていた世界を溶かしていく。


 溶けた水が滴下、小さな川となり、せせらぎ始める。

 真っ暗だった世界は、徐々に輪郭が浮かび上がってくるが、鮮明には見えず、霞んでぼやけていた。

 ふと誰かの声が聞こえてくる。


 辺りを見渡すと、遠くの方で誰かが立っているのが見えた。

 白衣を着た若い青年だった。


 どうやら、その青年が呼びかけ、何かを語りかけているようだった。

 やがて、その青年の顔が鮮明に見えてきたのと同時に、


「ティア」


 呼びかけられていた声がはっきりと聞こえた。

 その瞬間―――暗闇の世界に眩しい光が弾け、世界を包んでいった。


   ***


 少女は重い目蓋を少しずつ開くと、眩しい光が差し込んできた。


「っ!」


 思わず再び目蓋を閉じては、また恐る恐る開いた。

 目に映る全てのものが、真っ白だった。長年、眠っていたために一時的に視力が劣化しているのである。

 やがて、徐々に色を取り戻していき、辺りの光景が見えるようになった。


 そこは……心電図や計器などの機械類が設置されており、まるで実験室や研究室のような場所だった。


 少女は自分がベッドの上に寝かされていて、身体には色んなコードが付けられているのに気付いた。

 すると辺りから大きな声が響き渡ってきた。


「博士! 完全人間が目を覚ましました!」


「呼吸、心拍……共に正常です」


「至急、デンジャー様にご連絡を!」


 よくよく見ると、部屋の壁一面に大きな窓ガラスが張られており、その奥で幾人ものの人間が、こちらを覗っていた。


 その中の一人、頭のてっぺんの髪が禿げている老人が声をかけてきた。


『お目覚めかね。気分の方はどうだい?』


 少女は起き上がり、老人の問いに答えようとするも、


「あ……」


 身体はとても重く、自然と起き上がることはできず、発声も思うようにできなかった。


『うむ。まぁ仕方ないのう。今まで眠っていたのだから、身体機能が著しく低下しているようです。今は無理をせず、ゆっくりしときなさい』


 その言葉に従い、少女は無理せず起き上がらずに、そのままの姿勢を取った。いや、取るしか無かった。


 指を一本動かすにしても困難で、気だるく身体がとても重たかった。頭の中が真っ白で、今は何も考えられない状態だった。


 そうこうしていると窓ガラスの奥で、ある一人の男が姿を現すと、老人や周りにいた人たちは直立不動となり、老人が腰を低くしながら迎え入れた。


「デンジャー様、ようこそおいでくださいました」


「博士、話しは聞いた。目覚めたらしいな」


「はい。あちらをご覧ください」


 デンジャーはガラス越しから少女の様態を覗う。


「で、どうなんだ?」


「やはり、身体能力などが著しく低下しております。それに骨密度などもかなり低い数値でして、栄養なども投与しないといけませんね。ですが、長期冷凍睡眠した後で、よく見られる症状です。適切な栄養補給などの治療を行いつつ、リハビリをしっかりやれば、三ヶ月で体調などは回復して、通常の生活をすることができるかと思います」


「そうか。ならば、それまでは、あの“計画”を行うことは出来ぬか」


「そうですね、あんまり無理をさせては。貴重な素体ですので」


「解っておる。その辺りは任せた」


「かしこまりました」


 デンジャーと博士が話す中、少女は二人の奥にいる人物に視線が止まっていた。


「あ……れ……は……」


 黒い服をまとってサングラスをかけた男性……ナイツを見ていた。

 おぼろげながらも、その男性の姿が先ほどの夢で見た青年と重なった。だが、それが誰なのか……今の少女には解らなかった。


 デンジャーが立ち去ろうとした足を止め、博士の方に振り返る。


「そういえば、あの素体について何か解ったことはあったか?」


「あの冷凍睡眠装置などに残っていたレコードを解析した所、正確な保存日や素体の名前や年齢などは解りました」


「名前?」


「はい。名前は、ティア・グランハート。冷凍された時の年齢が八歳で……」


「なら、あれはティアと呼ぶことにするか。それじゃ、後は任せた」


「了解しました」


 デンジャーは背を向けて立ち去っていく。デンジャーにとって、名前などの情報はどうでも良かった。

 あの少女ティアが、消失の日の前の人間で問題無く生存してくれれば良かったのだ。


 去っていくデンジャー。その後を黒服の男たちが付いていく。そして少女……ティアは、それを目で追いかけた。

 ナイツの姿が見えなくなると、ティアは言い様もしない不安が心を覆った。が、その事に気付いたのは誰もいなかった。

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