-3- 「どんな夢を見ているのか」
「まさか、こんな地下があったとはな……」
白い眉毛が垂れ下がっている博士は、黒尽くめの男たちを引き連れて、暗い通路を進んでいた。
ここは、クールが見つけた研究施設の地下。そこに博士たちが既に来ていたのである。
デンジャーはクールから得た情報を博士の元へと送信しており、先回りをさせていたのであった。デンジャーたちのヘリコプターは、まだ優雅に空を飛行していた。
「しかし、かなりキツイのう……」
送られてきた情報を頼りに進んでいくが、辺りは瓦礫が散乱して足場が悪く、かなりの距離を歩いていた。老体の身には厳しい道のりだった。
やがて、目的の場所まで辿り着く。
クールが四苦八苦して開けた幾重の扉をくぐり抜けて、博士たちは広い空間に足を踏み入れた。
「おお!」
博士は真っ先に目についたポッドへと駆け寄り、淡い光が漏れる小さな窓を覗き込んだ。そこには、あどけない少女が安らかな顔で眠っているのが見えた。
「おおっっ!」
より一際大きな声をあげ年甲斐もなく興奮した。
その反動か、心臓がギュッとキツく絞られ苦しくなってしまい、思わず自分の胸に手を当てて抑えては呼吸を整え、落ち着かせた。
「はぁ……はぁ……。ふぅ、本物だったか……」
辺りを見回し、機器の状態を確認する。
「なるほど。情報通りに、すこぶる良好な状態じゃ。この装置は、IKW…ホットスプリング社の物か。大戦前、冷凍睡眠技術では最高峰だった所だな。なら中身は無事である可能性は高いな。解凍方法は、確かインプットしていたはず……。よし、オマエさんたち用意するんだ。丁重にな」
博士は配下の男たちに指示を与え、調査の準備を始める。
「ふむ。さてと、あとはデンジャー様に連絡するだけか」
***
デンジャーとクールを乗せたヘリは、上空を飛行していた。
そのヘリの中。クールはデンジャーとは少し離れた席に座り、冷凍睡眠装置で眠っている少女が居た場所について話していた。
「それで地下通路の先に幾つものの扉が有ってだな。その奥に少女が眠っている冷凍睡眠装置が有ったんだよ」
「なるほど……。だが、その装置とかは、ちゃんと動いていたのか」
「ああ。機械とかにはなんの損傷も無かったし、ちゃんとそれには電気も通っていたぜ。中の人間も生きているようだったし……」
「そうか……うん」
デンジャーの脇から電子音が鳴り響く。音の発生源は携帯電話機だった。慣れた手つきで携帯電話機を取り出し、受話口を耳にあてる。
「わたしだ。そうか、解った。作業を続けていてくれ、すぐに向かう」
デンジャーの口元がニヤつき、チラッとクールに視線を向けた。
「……クール、とか言ったな」
「うん?」
「オマエさんの情報は正しかった。感謝する」
首を傾げるクール。
「ただ、名も知らぬ者には不相応の礼だったかな。だから、オマエさんの名前を覚えてやろう。光栄に思い感謝しろ、クール」
「どういう……」
言葉の真意を訊ねようとクールが立ち上がろうとした時、
――パカッ――
クールの足元の床が突然開き、
「っ!? うわわわわわァァァァァァっっっっっーーーー!?」
クールは大きな声を叫びながら、外へと落ちていったのだった。
デンジャーは、その光景に高笑いをしつつ、クールが側に置いていた大金が入ったケースを手に取った。
「オマエさんにくれてやるより。オマエさんが見つけてくれた完全人間に有効活用した方が、この金も喜ぶだろう」
再びデンジャーは笑った。
ヘリコプターは目的地……少女が眠る場所に向けて飛行し続けた。
***
「どうだ、完全人間は?」
「はい、あちらです」
デンジャーは少女が眠る冷凍睡眠装置がある空間……る研究施設の地下に辿り着いていた。博士に促されるまま、少女が眠る冷凍ポッドへと案内されていた。
「ほう……これが」
ポッドの小窓から、中に入っている少女を覗う。
「保存時期や保存状態の方は?」
「レコードなどを解析した結果、この少女は“あの日”の直前に冷凍睡眠されたもので間違いありません。素体の状態の方は全く問題有りませんでした。それに機器の状態、密封状態も完璧で、汚染などの心配はございません。この少女は間違いなく、生きております」
「そうか」
博士の報告に、デンジャーは満足気に頷いた。
「よくまぁ、電気系統などが無事だったな」
「ええ。ホットスプリング社製の冷凍睡眠装置の素晴らしい所は、そこですね。機器自体で自家発電を行なっているのです」
「ほう。発電するエネルギー源は?」
「放射能です」
「なに?」
「フィルターで、ろ過した放射能をエネルギーにしているのです。まるで“あの日”を想定したかのような設計ですよ」
博士は科学者として先見制を評価したが、デンジャーにとっては冷凍睡眠装置で眠る少女の方が気にかかっていた。
「だとしたら、汚染の問題は? それに、これはちゃんと解凍は出来るんだろうな?」
「はい、その辺りも問題はありません。装置の中には放射能反応は一切無く、解凍のシークエンスも、問題無く順調に進行しております」
「そうか。では、丁重にな」
「はい、かしこまりました」
博士はメインコンピューターの前に戻り、解凍作業の経過進捗を確認する。特に問題や異常などは発生していないようだった。
一方、デンジャーはポッドの小窓から見える少女を眺め、小さく呟いた。
「どんな夢を見ているのか……。まぁ、起きたとしても、良い夢を見させてやる。私の為にな」
小笑いしつつ、ポッドに背を向けた。あとは博士たちに任せて、自分は部屋から出ていったのであった。
デンジャーの姿が見えなくなったのを確認してからか、博士は大きな息を吐く。すると助手の一人から呼びかけられた。
「博士、こちらに来てください」
「どうした?」
「解凍実行プログラムの中に、使途不明の動画データがあったのですが……」
「なに?」
ヘタに操作して、解凍作業に何かしらの支障をきたすかも知れぬと、その動画データが何であるか確認するため、その助手の元へと赴いた。
***
そこは、深淵の闇が覆われていて、何もかもが凍っていた。
とても寒く、何も音がしない。暗闇と氷の世界。
少女はそこに居た。
自分自身も凍ってしまったような感覚だった。
だから少女は、その寒さに堪えるために、少しでも温めるように身体を丸めて、眠っていた。
ずっと―――
ずっと―――
永遠とも、刹那とも、言える時の中にいるようだった。
だけど、ある時。目蓋から白い光を感じた。
恐る恐る、重い目蓋を開くと……一筋の光が差し込み、世界を照らしていた。その暖かな光は、凍っていた世界を溶かしていく。
溶けた水が滴下、小さな川となり、せせらぎ始める。
真っ暗だった世界は、徐々に輪郭が浮かび上がってくるが、鮮明には見えず、霞んでぼやけていた。
ふと誰かの声が聞こえてくる。
辺りを見渡すと、遠くの方で誰かが立っているのが見えた。
白衣を着た若い青年だった。
どうやら、その青年が呼びかけ、何かを語りかけているようだった。
やがて、その青年の顔が鮮明に見えてきたのと同時に、
「ティア」
呼びかけられていた声がはっきりと聞こえた。
その瞬間―――暗闇の世界に眩しい光が弾け、世界を包んでいった。
***
少女は重い目蓋を少しずつ開くと、眩しい光が差し込んできた。
「っ!」
思わず再び目蓋を閉じては、また恐る恐る開いた。
目に映る全てのものが、真っ白だった。長年、眠っていたために一時的に視力が劣化しているのである。
やがて、徐々に色を取り戻していき、辺りの光景が見えるようになった。
そこは……心電図や計器などの機械類が設置されており、まるで実験室や研究室のような場所だった。
少女は自分がベッドの上に寝かされていて、身体には色んなコードが付けられているのに気付いた。
すると辺りから大きな声が響き渡ってきた。
「博士! 完全人間が目を覚ましました!」
「呼吸、心拍……共に正常です」
「至急、デンジャー様にご連絡を!」
よくよく見ると、部屋の壁一面に大きな窓ガラスが張られており、その奥で幾人ものの人間が、こちらを覗っていた。
その中の一人、頭のてっぺんの髪が禿げている老人が声をかけてきた。
『お目覚めかね。気分の方はどうだい?』
少女は起き上がり、老人の問いに答えようとするも、
「あ……」
身体はとても重く、自然と起き上がることはできず、発声も思うようにできなかった。
『うむ。まぁ仕方ないのう。今まで眠っていたのだから、身体機能が著しく低下しているようです。今は無理をせず、ゆっくりしときなさい』
その言葉に従い、少女は無理せず起き上がらずに、そのままの姿勢を取った。いや、取るしか無かった。
指を一本動かすにしても困難で、気だるく身体がとても重たかった。頭の中が真っ白で、今は何も考えられない状態だった。
そうこうしていると窓ガラスの奥で、ある一人の男が姿を現すと、老人や周りにいた人たちは直立不動となり、老人が腰を低くしながら迎え入れた。
「デンジャー様、ようこそおいでくださいました」
「博士、話しは聞いた。目覚めたらしいな」
「はい。あちらをご覧ください」
デンジャーはガラス越しから少女の様態を覗う。
「で、どうなんだ?」
「やはり、身体能力などが著しく低下しております。それに骨密度などもかなり低い数値でして、栄養なども投与しないといけませんね。ですが、長期冷凍睡眠した後で、よく見られる症状です。適切な栄養補給などの治療を行いつつ、リハビリをしっかりやれば、三ヶ月で体調などは回復して、通常の生活をすることができるかと思います」
「そうか。ならば、それまでは、あの“計画”を行うことは出来ぬか」
「そうですね、あんまり無理をさせては。貴重な素体ですので」
「解っておる。その辺りは任せた」
「かしこまりました」
デンジャーと博士が話す中、少女は二人の奥にいる人物に視線が止まっていた。
「あ……れ……は……」
黒い服をまとってサングラスをかけた男性……ナイツを見ていた。
おぼろげながらも、その男性の姿が先ほどの夢で見た青年と重なった。だが、それが誰なのか……今の少女には解らなかった。
デンジャーが立ち去ろうとした足を止め、博士の方に振り返る。
「そういえば、あの素体について何か解ったことはあったか?」
「あの冷凍睡眠装置などに残っていたレコードを解析した所、正確な保存日や素体の名前や年齢などは解りました」
「名前?」
「はい。名前は、ティア・グランハート。冷凍された時の年齢が八歳で……」
「なら、あれはティアと呼ぶことにするか。それじゃ、後は任せた」
「了解しました」
デンジャーは背を向けて立ち去っていく。デンジャーにとって、名前などの情報はどうでも良かった。
あの少女が、消失の日の前の人間で問題無く生存してくれれば良かったのだ。
去っていくデンジャー。その後を黒服の男たちが付いていく。そして少女……ティアは、それを目で追いかけた。
ナイツの姿が見えなくなると、ティアは言い様もしない不安が心を覆った。が、その事に気付いたのは誰もいなかった。




