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アンドロイドは涙を殺す方法を知っている  作者: 和本明子
第六章 クールVSナイツ
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-3- 「たすけて……だれか…たすけてよ!」

 暗闇が広がる地下通路に足音が響き渡る。

 数時間ほど前にクールがデンジャータワーへと目指して通った場所である。そこを再びクールはまだ気を失っているティアを抱えて走り抜けていた。


 その時、背後から一筋の光が放たれ、クールの左足を掠めた。


「ッ!」


 一瞬、熱いと感じた後、すぐに痛みが出てきた。

 それが原因でクールは足がもつれてしまい思わず転びそうになるものの、痛みを堪えて踏ん張り、体勢を整え足を動かし続けた。


 しかし、負傷で走るスピードが遅くなってしまい、ふと背後を振り返ると、辺りは暗闇だが黒い影が迫っているのが見えた。その影の正体は、ナイツだった。

 常人離れした脚力で、距離を大きく離して逃げていたクールに追いついてきていたのだった。


「もうきやがったのかよ!」


 クールは焦りを手にした砲銃をナイツに向けて撃ち放ったが、ナイツは身軽な動きで高速で飛んでくる弾丸を跳びかわす。


「たくっ、なんだよアレ!」


 砲銃の弾丸を直撃しても大したダメージを受けていない耐久度に加え、超人的の俊敏な動き。手から自由に放出されるレーザー光線。

 人型兵器のナイツの性能に、歯ぎしりをするしかなかった。ティアを抱えては逃げるのはままならず、距離が詰められていた。


 このままでは逃げきれない。先ほどみたくティアを人質として扱ったとしても、ほんの時間稼ぎにしかならない。

 それにティアがいるから攻撃をしてこないと思っていたのだが、ピンポイントでクールを狙ってきている。


「覚悟を決めるしか……うん?」


 ふと目の前に、モチ状の物質に包まれた機械を目撃する。それは、通って来た道中に襲ってきた戦車型ロボットだった。


「あの弾は、こいつじゃなくて、あいつに使うべきだったか……」


 動きを完全に封じたトリモチ弾は、試供品だったらしく一発しか貰えなかった。

 そうこうしていると戦車ロボットにナイツのレーザー光線が当たると、熱でモチ状の物質は膨らみ、やがて爆散した。


「いや……そうでもないな」


 もしトリモチ弾で動きを止めたとしても、今のように無効化されてしまうだろう。


「ティア様ーーーーーーー!」


 ナイツが叫びながら、高く跳びかかってきた。

 クールは銃口をナイツに向けて発砲したが、弾丸はナイツの左耳を掠めた。逸れてしまった弾丸は通路の支柱へと当たり爆発した。


 爆発の規模の割には通路全体が揺れる中、ナイツがクールの懐まで接近した。

 クールは再び砲銃をティアに向けようとしたが、ナイツにはたき落とされた。


「しまった!」


 続けてナイツは身体を捻り、回し蹴りをクールの腹へ食らわす。強い蹴りの威力に後方へと吹き飛ばされるクール。抱きかかえていたティアを思わず離してしまった。

 ナイツは、倒れていくティアを地面に触れる寸前の所でキャッチし、優しく抱き寄せた。


「ティア様……」


 その声がティアに聞こえたからなのか、そっと目蓋を開くいた。


「お…お兄ちゃん……」


 目覚めたばかりで頭が朦朧しており、ぼやけた視界にナイツの姿が映ると、自然と出た言葉だった。


「ティア様、ご無事ですか?」


「ティアさま? ふふ、へんなの。お兄ちゃんが私をそんな風に言うなんて……」


 エレベーターで頭を打った影響なのか、ティアにはナイツが“自分の兄”に見えていた。


「ああ…そうか……。約束通りに、あの本を読んでくれているのかな……だから、そんな風に言ってくれているのかな……」


 “あの本”

 当然の如く、ナイツは知らない。

 冷凍睡眠に入る前に、ティアが自分の兄に読んで貰いたかった本―姫と騎士の物語―

を。

 ティアの言葉を理解出来なかったナイツは、ただ黙って見守りつつ耳を傾けるしか出来なかった。


 一方蹴とばされたクールは壁に衝突し止まり、破片などと共に地面にずり落ちていく。


「ガハッ……ゲホッ……。くそ……なんて力だ……」


 強烈な一撃に上手く息が出来ず、悶え苦しむクール。

 倒れたままで、ナイツたちを伺う。


 肝心の荷物ティアはナイツの手の内にあり、何としてでも奪い返さなければならないが、力の差……この場合、性能の差とも言うべきなのか、とても敵わないと、さっきのたった一撃で身をもって知った。

 クールは、ティアに意識を向けているナイツに気付かれないように、四つん這いのまま地面に落ちている砲銃へと向かっていく。


「お兄ちゃん……あのね……。私、変な夢を見ていたの……。お兄ちゃんのことを忘れてしまう夢……」


 ティアは、そっとナイツの顔に触れる。


「もう…何処にも行かない……あっ!」


 触れているとティアは指先に異物を感じ取った。

 ナイツの顔の左目付近は、エレベーターでの一戦……クールの弾丸の爆発で皮膚が剥がれ、機械の一部が露出していたのだった。


 ティアは、それに気付いたのだ。

 目覚めたばかりで頭が朦朧しておりがハッキリとしていき、ティアの頭の中で浮かんでいた兄の顔とナイツの顔が重なった。


「お兄ちゃん……なの?」


「私は、ナイツです。ティア様」


「えっ……」


 戸惑うティア。兄に似たナイツが兄ではないということに。そして、むき出しになっている機械の部分に不安と恐怖を感じ、


「は、離して!」


 思わず口走ってしまった。

 ナイツはティアの言うとおりに抱きかかえていた手を離したのである。

 その光景を少し離れて見ていたクール。


 ナイツが側にいてはティアの奪取は不可だと判断して、最悪の選択をしなければならなかった。

 クールは砲銃を拾うと、銃口をティアに狙いを定め……引き金を引こうとしていたが、渾身の力を入れても指先を動かすことが出来ないでいた。


「ちっ……あの博士の言うとおりか……」


 クールは博士からティアと会う前に述べられた依頼と、忠告を思い返した。


   ***


『ティア様を私の国に連れていけば良い。だが、もし万が一、ティア様をデンジャーなどに取り返された場合、または取り返すことが不可能な状況になってしまったら、ティア様を殺してくれ』


『おいおい、物騒なことを……。まぁ、それが依頼なら仕方ないけど』


『ティア様を取り返されてしまったら、この依頼は失敗だよ。さて、それでティア様を殺そうとする時だが、直接手を下すことは出来ないから、そこは注意するんだ』


『うん? それはどういうことだ?』


『言葉の通りだ。来て欲しくはないが、もしその様な状況が来てしまったら……。ティア様に直接傷をつけることも出来はしない……が、ある方法でならば可能だ。それはだな……』


   ***


「直接、手を下すことは出来ない……。だが、間接的な死。つまり、事故死ならば殺すことが出来るんだよな」


 ティアを狙っていた銃口を上へと向けて、砲銃の引き金を引いた。

 放たれた弾丸は、それほど高くない天井に直撃し爆発する。


 ナイツとティアは音と衝撃に気を取られ一瞬硬直した。すぐ様、自分たちの下に天井から瓦礫の雨が降り注いだ。

 しかし、咄嗟にナイツは、ティアに覆いかぶさり瓦礫から身を守る。

 大小様々な瓦礫がナイツに直撃するも、その場から一歩も動かない。そのお蔭でティアに小さな破片すら当たらない。


「あ……」


 呆然とするティア。

 ナイツがその身を持って助けてくれたことがティアの記憶を揺さぶる。前にもナイツが身体を投げ出して助けてくれたことを。しかし言葉が出て来なかった。


 やがて瓦礫の雨が降り止んだ……その時だった。

 通路の奥から激しい轟音が響き、地下通路全体が激しく揺れた。


「なんだ?」


 もう一度天井を撃とうと薬莢を装填しようとしていたクールが、想定外の状況に思わず呟く。

 奇しくもこの時、デンジャータワーが爆破によって崩れ落ちたのと同時刻だったのである。


 巨大な建物が崩れ去る衝撃が地下通路にも伝わっていき、長い年月によって風化して耐久度が低下した地下通路が崩壊しだした。

 天井に大きな亀裂が走り、ティアたちがいた場所に特大の瓦礫の塊が落ちてくる。まるで、天井がそのまま落ちてくるようだった。


 クールは自身の危険回避能力に任せるがまま、その場を我先にと疾走で逃げる。

 だがティアとナイツは、その場に留まっていたのだ。

 ティアは現状の把握出来ずにまだ腰を落としており、ナイツはティアの“命令”で触れることが出来ず、抱えてこの場から動けないのであった。


 だからナイツは高々と両手を挙げ、落下してくる特大の瓦礫の塊を受け止めた。サイズ的に重さは何トンにもなる。それをナイツただ一人で持ち支えているのだ。

 しかし、強化された改造人間だとしても、その重さは限界と限度を超えていた。身体のあちらこちらから電気が迸り、ギシギシと不快な音が聞こえてくる。


 いつも冷静だったナイツの表情に苦しさが浮かんでくる。それでも耐えているのは、自分の側にティアがいるから。

 瓦礫の下敷きになるのは時間の問題だったが、ティアはその場から離れることもせずに、その場に座り込んでいた。腰が抜けていたのである。


「たすけて……だれか…たすけてよ!」


 震えた声で叫んだ。

 少しずつ重みに沈んでいくナイツ。このままではティア共々潰れてしまう。なんとかしたいが、ギリシア神話に登場する天球を抱えるアトラスかのように動くことが出来ない。

 絶体絶命の危機。その時――ティアの側に駆け寄った人物が現れた。

 それはクールだった。


(なんでだ? 身体が勝手に……)


 ティアの声が聞こえた途端、自分の意思とは反して……無意識の行動だった。

 低くなった天井に腰を屈ませつつ、ティアの元までやってきたのだ。

 クールはティアを抱きかかえると、片手に持っていた砲銃をナイツに向ける。


 ふとナイツと視線が合う。

 ナイツは黙ってクールを見る。クールもまた何も語らず。

 僅かな時間での出来事―――ナイツの瞳から強烈な光が放たれて、突如クールの機械の方の片目に高熱を感じて、クールは思わず目蓋を閉じた。


 膨大なデータが直接頭の中に流れ込んできた。

『……僕は、ずっとティアを守ってあげるよ……』

 “ある人物”が話している映像がフラッシュバックされて、脳裏メモリーに焼き付けるようだった。

 意識を失いかけたが、なんとかクールは我を取り戻す。


 ティアは、ナイツの名前を叫ぼうと口を開こうとした瞬間、クールは砲銃の引き金を引いた。

 銃口からは弾丸ではなく高圧なガスが噴射された。かつて高所から落ちたクールの命を救ったロケットの弾だった。ティアを抱えたクールはロケットの如く翔んでいく。


 凄まじい速さでナイツから遠ざかっていく。

 ティアはクールの腕の中で暴れたが、しっかりと抱きかかえられているため、ただ藻掻くしかできなかった。

 自然と涙が溢れる。


「ナイツッッッッッーーーーーーー!」


 今までで、一番大きな声だった。

 その叫び声がナイツに届いたのか、少しだけ微笑んだように見えた。

 クールとティアは崩落していない通路の方まで無事到達した。二人の視線の先……ナイツは巨塊の瓦礫の重さに耐えかねて、下敷きとなり潰れていった。


 砂煙が舞い、大きな揺れが生じた。その振動と衝撃が伝わったのかティアたちが居た場所も崩落が始まる。


「くそ! 急ぐぞ!」


「ナイツが! ナイツが!」


「そんなヒマは無いんだよ!」


 クールは泣いているティアに一喝し、ナイツへの別れの時間を与えず、抱きかかえたまま出口へと駆けていったのだった。

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